高齢ドライバーによる事故のニュースをよく見かける。免許返納の制度を利用する人も増えてきたようだが、生活にクルマが必須という人もたくさんいるわけで、難しい問題だ。
高齢ドライバーの安全対策について、昔から「安全性」を看板に掲げてきたボルボはどう考えているのか。

ボルボと言えば、安全性にこだわるブランドとして多くの人に知られている。同社の安全部門で30年近くも研究開発を続けてきた担当者が来日したので話を聞くと、さすがはボルボという内容の連続だった。
日本の交通事故死者数の推移に変化が

日本の交通事故死者数の推移が、これまでとはちょっと違う状況になっていることをご存じだろうか。警察庁の統計によれば、減少傾向から横ばいに転じているのである。クルマの安全対策は進んでいるのに、死者は減っていない。

さらに、2025年上半期の死亡事故の発生状況を見ると、75歳以上の高齢運転者による死亡事故は増加しており、事故の類型では車両単独の比率がもっとも高く、75歳未満の約1.7倍に達している。

日本はこのような状況になっているが、海外はどうなのか。とりわけ欧州は我が国同様、高齢化が進んでいるうえに、日本よりも前にクルマが大衆に普及した地域であり、同じような悩みを抱えているのではないかと勝手に思っていたのだが……。
ボルボで30年! 安全のエキスパートが語る

ボルボのインポーターであるボルボ・カー・ジャパンは先日、「高齢ドライバーの安全運転」をテーマにしたメディア向けセミナーを開催。講師を務めたのは、スウェーデンの「ボルボ・セーフティセンター」で約30年にわたり安全分野の研究開発を担っているエキスパートのトーマス・ブロバーグ氏だ。

1968年生まれの同氏が高齢ドライバーの安全を考える理由は、「自分の将来を考えているから」だという。
多くの人がそのうち高齢ドライバーになることを考えれば、説得力のある言葉だ。

ボルボは創業時から、クルマは安全でなければならないと明言してきた。その結果として始めたのが、実際の交通事故を調査するという取り組みだ。半世紀以上前の1970年から始め、現在までに5万件、8万人の調査を実施してきたという。

ブロバーグ氏が所属しているセーフティセンターの開設は25年前。こちらは実際の事故状況を再現するために作られた衝突試験施設で、クルマだけでなくトラックとの衝突など、いろいろな実験でボディの変形を調べている。路面はガラス張りになっており、下からも衝突による変形の様子を観察できるようになっているという徹底ぶりだ。
多彩なテストから導き出された高齢者の特性

高齢ドライバーについては、日本もスウェーデンも交通事故死者における割合が高いという統計が出ている。その理由としては、高齢者は骨折しやすく治癒に時間がかかり、入院するとなかなか退院できないことを指摘した。また、ドライビングポジションやシートベルトのフィットが適切ではない人が多いことにも言及した。

続いてブロバーグ氏は、高齢者を対象とした2つのテスト結果を紹介した。

ひとつめは「アイトラッカー」という器具を使っての視線分析。
ここでは、高齢者は首が回りにくくなり、交差点の左右確認に影響が出ていることや、若い人は動く物体、高齢者は静止した物体を重視する傾向がわかったという。

もうひとつは、72歳以上のドライバーに45分運転してもらい、その後に実施したインタビューの内容だ。運転の結果、直線道路であっても適切な速度調節に苦労する傾向があること、交差点では注意力に関連するミスが発生することなどがわかった。ここからの仮説として、歳を重ねていくと視野が狭くなることや、周りの人の邪魔になりたくないという気持ちが出てくることなどが導き出された。

さらに、ドライバーにはいくつかの類型があることにも触れ、自分の運転を過小評価する人は、自ら移動を制限することにつながり好ましくないが、逆に過大評価する人は危険性が高いことも指摘した。このような人は言い訳をする傾向があり、運転支援技術を受け入れにくいことも付け加えていた。

こうした研究から得られた高齢ドライバーの典型的な特徴としては、複雑な交通状況では認知・判断・操作の時間を確保できないほど速い速度で走行してしまうこと、交差点での視覚的注意に課題があることなどを挙げていた。

加えて、こうした態度の裏に、「交通の流れを妨げている」と思われたくないという意識があるのではないかとも語っていた。
「マニュアル車の方が安全」は本当?

日本では以前から議論されている「運転免許の返納」については、クルマは個人の移動手段として重要であり、運転をやめざるを得なくなった際に、大きな問題が生じることを懸念する声がインタビューで多数出たという。

つまり、運転免許返納の理由は健康上の問題と考えられており、年齢ではなく、身体や認知などの状況で判断するべきとのことだった。

では、自分の親などの運転に不安を感じるようになった場合はどうするか。この点については、いきなりキーを取り上げたりするのではなく、日常会話の中で他の交通事故の話をしたりするなど、兆しを捉えて少しずつ話をしていく必要があると話していた。


また、我が国の一部の人による「3ペダルMT(マニュアルトランスミッション)のほうが安全」という主張は、はっきりと否定した。ATのほうが判断や操作の数が少ない分、気持ちに余裕が生まれ、それが安全につながるという説明だ。

ちなみに逆走については、スウェーデンでは少ないとのこと。その理由として、1995年からインフラで対策をしていることを挙げていた。対面通行ではワイヤーフェンスを入れたり、ラウンドアバウトを増やしたりしているそうだ。

最後にブロバーグ氏が紹介した、高齢ドライバーが安全に運転するための10のポイントを紹介しておこう。

1.速度を控えめに
2.焦らず意図をはっきり伝える
3.周囲への注意を高める
4.運転の練習を続ける
5.カップルや夫婦の場合は運転を交代で担当し、どちらも練習できるように
6.交通量の少ない時間帯や昼間に走る(渋滞や夜間は避ける)
7.事前にルートを計画する
8.安全性能の高いクルマを選ぶ
9.正しい着座とシートベルト
10.駐車は支援機能を活用

自動車メーカーとしては、安全装備が充実した車種を買ってもらうことが大事になりそうだが、同氏が挙げた10項目のほとんどは、ドライバーについての内容で占められている。さすがはボルボだと感心した。

森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。
著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら
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