2025年11月1日、アイロボットジャパンの社長が挽野元氏から山田毅氏へとバトンが引き継がれた。ロボット掃除機「ルンバ」は今もカテゴリーを象徴する存在でありながら、市場全体は伸び悩み、中国勢の台頭もあって競争環境は一段と厳しさを増している。


そんな局面で舵取りを任された新社長は、何を「最大の課題」ととらえ、どこを突破口にしようとしているのか。そして、前社長・挽野氏は10年の日本法人をどう振り返り、どんな未来を山田氏に託したのか。新旧社長同席のもと、家電スペシャリストの滝田勝紀がインタビューした。

「市場が伸びない」本当の理由は何か

―― まず、今のアイロボットを巡る最大の課題を、どうとらえていますか。

山田氏:一番の課題は、やはり「市場が成長していない」ことです。コロナ禍の巣ごもり需要や給付金による特需が終わったここ2年ほど、市場は低迷し、その間に中国系メーカーが一気に台頭しました。結果として、家電業界でありがちな「スペック競争」に陥っているのが現状だと思います。

高性能・多機能な製品は増えましたが、「それは本当にお客様のニーズを満たしているのか」という視点が弱くなっている。これはロボット掃除機業界全体の課題であり、アイロボット本来の強みである「お客様のニーズをとらえ、着実に製品に落とし込むリズム」が、さまざまな出来事の中で少し崩れた面もあると感じています。

本来、市場全体が伸びていれば、プレミアムブランドとしての戦い方はいくらでもあります。しかし今は、市場が伸びないまま価格・スペックで下方に引っ張られている一方で、普及率はまだ低い。このギャップが大きな問題です。


だからこそ日本では、「ロボット掃除機とはそもそもどうあるべきか」というインサイトを、もう一度ゼロベースで見直したいと思っています。日本のお客様にきちんと刺さる価値を定義し、その声を世界に届けていくことが、いまアイロボットに求められている役割だと考えています。

―― 今回の社長就任にあたって、本社から日本市場に対してどのような期待や要請がありましたか。

山田氏:日本はアメリカに次ぐ「世界2位の市場」ですが、その価値は単に“規模が大きい”というだけではありません。最大の特徴は「顧客の質が非常に高い」ことです。日本では、コアなファンの方々に対してていねいに価値を伝え続けてきた結果、ブランドへの信頼が積み上がってきました。短期的な売上ではなく、「ブランドを守りながら成長させる」ことが重要だという文化があります。

最終的にすべては「お客様の体験」に行き着きます。本社から我々に求められているのは、日本のお客様をどうエンパワーするか、それを具体的な施策として形にすることです。これは今始まった話ではなく、長年仕込んできた取り組みがあり、来年以降少しずつ形になっていく予定です。

また、競争が激しい今だからこそ「地域最適」が欠かせません。日本ならではのニーズをしっかりとらえ切ること――それこそが、私たち日本法人の最大のミッションだと思っています。


「ハードの技術」だけでは勝てない。ルンバの本当の差別化

―― 中国勢が存在感を増す中で、「ルンバとしてここだけは負けない」と考えている強みはどこでしょうか。

山田氏:正直に言えば、ハードウェア技術の領域では中国メーカーが今もっとも勢いがあり、世界トップクラスの実力を持っています。それは認めざるを得ない事実です。

ただ、アイロボットの最大の強みは「お客様を深く理解していること」にあります。長年蓄積してきた顧客データや、販売・サポート・修理拠点まで含めた360度の顧客接点。オンラインの販売や簡易なサポートが中心のメーカーとは、ここが大きく違います。

最終的にはすべてが「顧客体験」に集約されます。期待を裏切らない製品・サービスを提供し続ける――。これは簡単に真似できるものではありません。だからこそ、中国勢の台頭がある中でも、日本では長期的に6割前後のシェアを維持できています。

もちろん、現在は価格競争・スペック競争が激化し、とても難しい局面です。
それでもなお、機能だけで見れば優位な製品が増えている中で、私たちを選んでくださるお客様がこれだけいる。この“信頼の厚さ”こそが、アイロボットの最も大きなアセットだと考えています。

―― シェアは守れている一方で、市場全体は伸びていません。なぜ市場が「頭打ち」に見えるのでしょうか。

山田氏:まだ仮説の段階ですが、市場が広がらない理由は大きく2つあると考えています。

1つ目は、「取り切っている層」と「まだ届いていない層」の二極化です。年収や家族構成、首都圏など、特定セグメントではすでに高い普及率に達している一方で、外側には思ったほど広がっていない。そのギャップが市場の伸びを止めている可能性があります。

2つ目は、「買い替え需要が本格化していない」こと。ロボット掃除機の寿命は6年~7年と比較的長いため、カテゴリーとしてリピートフェーズに入る前に、一定数の方が“離脱”してしまう状況があります(編注:使わなくなる)。本来であれば買い替えが起こるタイミングを迎えているはずなのですが、そこにまだ入れていない。

背景には購入後のフォロー不足もあると感じています。
毎日スケジュール設定をして動かしているユーザーは長く使ってくださる一方で、週に1~2回手動で動かすだけだと、だんだん使用頻度が下がり、最終的には使わなくなるケースが多い。ロボット掃除機の価値は「頻繁に動かせること」にあるのに、その“共存の仕方”を十分に伝えきれていなかったという反省があります。

新規獲得に注力してきたぶん、使いこなしのコミュニケーションが不足していた。ここを改善しない限り、カテゴリーとしての成長は難しい――、それが今の私の仮説です。


「ルンバと暮らすと自分が変わる」体験をどう増やすか

―― ルンバは「ユーザーの行動も変えてくれる」と感じています。毎日決まった時間に動く前提で暮らすようになることで、自然と片付けの習慣まで生まれる。こうした“共存の価値”は、どう広げていきたいですか。

山田氏:おっしゃる通りで、ロボット掃除機は“どう使いこなすか”で価値が大きく変わります。洗濯機や食洗機に“使い方”や“付き合い方”があるように、ロボット掃除機にも本来は最適な共存の方法があります。

山田氏:私たちはこれまで「どうすれば快適に長く使ってもらえるか」という情報発信が十分ではありませんでした。ロボット掃除機の価値は“頻繁に動かすこと”で初めて最大化されるにもかかわらず、前提となる暮らし方や工夫を十分に伝えきれていなかったと思います。

カテゴリーをもう一段成長させるためにも、「共存の仕方」「暮らしの中での活かし方」をていねいに伝えていくことは、これからの大きなテーマだと考えています。


―― 近年、ルンバはライフスタイル寄りの訴求が増え、テクノロジー企業としての存在感がやや薄れたようにも感じていました。とはいえ、最新機種を使ってみると、技術の進化はむしろ加速していると感じます。ブランドのコアを改めて“テクノロジー”へ戻す方針について、どう考えていますか。

山田氏:私たちはラグジュアリーブランドではなく“メーカー”です。メーカーの本分は、やはり「良いモノをつくる」ことに尽きます。これまでは、既存モデルの延長線上で改善ポイントを積み重ねる発想が強く、開発現場にもさまざまな前提や制約がありました。その結果として、どこか“自分たちの事情”が中心になっていた面は否めません。

しかし、グローバルの経営体制が一新され、新しいものづくりの仕組みに切り替わりました。2025年4月に発売した新製品は、「もう一度、しっかりとお客様に向いたイノベーションを起こす」という強い意思のもとで開発されたものです。

山田氏:メーカーはイノベーションがなければ成長できません。だからこそ今は、「お客様のインサイト」や「本当に求められる価値」を中心に据え直している最中です。現在高く評価いただいている最上位機種『Roomba Max 705 Combo ロボット + AutoWash 充電ステーション』は、その象徴的な成果だと思います。


自分たちの延長線ではなく、“お客様が明確に良いと思えるものを提供する”。メーカーとして、ようやくその本来の姿に戻りつつあり、ここからさらに加速させていきたいと考えています。
「掃除機5台に1台をルンバに」―― 野心的な目標はどう決まったか

―― 一方、2025年4月に米国本社のCEO、ゲイリー・コーエン氏が来日したとき、グローバルの挽野さんが壇上で「日本の掃除機の5台に1台をルンバにする」と宣言されました。かなり攻めた数字に聞こえましたが、あの目標はどのように決まったのでしょうか。

挽野氏:もともと2018年に「Roomba e5」を発売した際、「世帯普及率10%」という目標を立て、それを実際に達成できたのが2023年です。そこから「次のゴールをどう設定するか?」という議論を、社内でずっと続けていました。それは本社から「いつまでにやれ」という期限付きの指示があったわけではありません。

だからこそ、それなりに野心的なゴールを自分たちで設定しようと考えました。一筋縄ではいかないけれど、狙うべき数字としてどこがふさわしいのか。議論を重ねた結果、「5台に1台=20%」という数字に落ち着きました。

山田氏:むしろ「もう少し野心的な数字にしようか」という話も出ていたくらいです(笑)。

挽野氏:最終的には、「ルンバの存在感を市場でしっかり示していく」という意味で、「20%くらいはやらないとダメだろう」という結論になり、「5台に1台」という目標を掲げた――、というのが実情です。

―― 世帯普及率10%を達成したのは大きな成果ですが、「5台に1台=20%」となると、インパクトは桁違いです。この目標を、山田さんはどの程度現実的だと見ていますか。

山田氏:「掃除機5台に1台=20%」という目標は、決して非現実的ではありません。むしろ、ここまでロボット掃除機の普及が伸びていない国は日本くらいです。

中国では一時的に世帯普及率が3割に達し、アメリカや欧州でも掃除機市場の20%前後がロボット掃除機です。日本でも、年収600万円以上・4人家族といった一定のセグメントでは、すでに普及率は3割近くあります。つまり「市場がない」のではなく、今の訴求方法や提供の仕方が十分にフィットしていないだけだと見ています。

ラインナップの拡大で価格的なハードルも下がっており、届け方さえ工夫すれば20%という数字は十分に狙える水準です。もちろん、すぐ達成できるとは思っていませんが、海外ではすでに達成している国もあります。人口規模が大きく、世界2位の市場である日本には、まだ大きな伸びしろがあります。したがって「5台に1台」は、十分に射程圏内の目標だと考えています。


今後の3~5年で重視したい「掛け算」とIoTのかたち

―― 今後3~5年の成長ロードマップを描くうえで、日本市場で特に重視したい領域はどこでしょうか。AIナビゲーション、スマートホーム、サブスク、B2Bなど、いろいろなキーワードがあると思います。

今後の日本市場で特に重視したいのは、「ペット領域との掛け算」です。猫砂が散らばったらルンバが自動で掃除する、見守りカメラと連動するなど、“生活の悩み”を複合的に解決する価値は非常に大きいと考えています。

ポイントは、単なる「アプリ操作のIoT」で終わらせないことです。照明・空気清浄機・ロボット掃除機などが自然につながり、生活の中で“気づいたら便利になっている”状態をつくることが理想です。国内メーカーで、冷蔵庫とレンジを連携させるためにアプリが複数必要だった例がありますが、これは“お客様の価値”ではなく“会社の都合”です。

本来メーカーが目指すべきは、室温が上がったときに「ワンちゃんがいるのでエアコンをつけますか?」と自動で提案が出るような、“お客様にやらせないIoT”。だからこそ、日本の生活者が何に困り、どんな価値を求めているかを深く理解し、それを本社に伝えていく──。それがアイロボットジャパンの最大の使命だと考えています。
「会社が好きな社員」が残った10年をどう次につなぐか

―― ここからは組織とカルチャーについて伺います。新社長として、アイロボットジャパンを今後どのような組織にしていきたいと考えていますか。

山田氏:まず大切にしたいのは「アイロボットらしさ」です。日本法人は数十名ほどの小さな組織ですが、変化の大きかった数年間を乗り越えて社員が残ってくれているのは、「この会社が好きだ」という思いが強いからだと感じています。このカルチャーは守っていきたい。

そのうえで強化したいのは、「お客様の声をもっと早くビジネスに反映する」ことです。たとえばコールセンターでどんな相談が寄せられているのか、KPIだけでなく“中身”をきちんと把握する。リージョン拠点として、お客様のリアルな声を正しく汲み取り、製品やサービスに反映するスピードを上げることが、これからの重要な役割だと考えています。

日本法人10年で見えた「2つのターニングポイント」

―― 2017年の日本法人立ち上げから長く舵取りをされてきた挽野さんにも伺います。この10年間で「最も成果を感じた瞬間」や、「ターニングポイントだった出来事」は何でしょうか。

挽野:来年の2026年3月でアイロボットジャパンは創設10年目を迎えます。この10年は大きく2つのフェーズがありました。

最初の3年間は、日本の組織が総合代理店から完全子会社へ移行する「ポスト・マジョインテグレーション期」。前者は0→1に強いメンバーが多くいた組織に、私のような1→100の役割を持つ人材が入り、チーム作りを進めた時期です。その中で2018年の「ルンバ e5」、2019年の「ルンバ i7」「ルンバ m6」など、市場に大きな影響を与えた製品を生み出せました。

次の3年間は2020年以降のパンデミック期。世の中の混乱の中でも、会社が好きな人が多く価値観が共有されていたことで、リモート中心でも事業を回し続けることができました。巣ごもり需要も追い風となり、世帯普及率10%を達成したのもこの時期です。この2つのフェーズが、私にとっての大きな転機でした。
5年後、「ロボット掃除機の会社だったんだっけ?」と言われたい

―― 最後に、5年後のアイロボットジャパンの理想像を伺います。挽野さんにとって「山田さんに引き継いで本当によかった」と思える姿とはどんなものか。そして山田さんにとって、「自分が引き継いだからこそ、ここまで来られた」と思えるゴールは何か。それぞれ教えてください。

挽野:僕の理想は、「アイロボットで働きたい」と思う人が増えている状態です。もちろん「製品を使いたい」というお客様が増えることも大事ですが、「この会社、おもしろそうだから働いてみたい」と思う若い人がたくさんいて、応募が殺到して「さすがに全員は採用できません」と言えるくらいになっていたら、とてもうれしいですね。

山田氏:私はもう少し具体的に言うと、「アイロボットって、ロボット掃除機のメーカーだったんだっけ?」と言われるくらいの状態を目指したいと考えています。

つまり、ロボット掃除機だけでなく、それ以外の領域でもお客様の生活に自然に溶け込んでいるブランド。B2CだけでなくB2Bの領域でも、さまざまな場面でお客様の役に立っているブランドになっていたい。「いつの間にか、いろいろな場面でアイロボットにお世話になっているよね」と言われるような存在になっていたら、理想的だと思います。

山田氏は、猫・犬・ハムスターと暮らす“ペットオーナー”としての視点を持ち、「ペットトイレとルンバを連動させる」といった生活起点の発想を自然に語っていた。こうした“ユーザーのリアル”を基点とするアイデアこそ、今後のアイロボットジャパンがグローバルに発信できる価値であり、次世代のロボット掃除機像を形づくる力になると感じた。

一方で、中華勢が「価格×スペック」で攻勢をかける現状は厳しい。正面から消耗戦を挑めば勝機は薄いだろう。だからこそ、山田体制が掲げる“スペック競争から体験価値へ戻る”という方針は、アイロボットだけでなく日本の家電業界全体への示唆にもなる。

市場は成熟し競争環境も厳しいが、山田氏が最後に語った「もう一度お客様に向き合うところからやり直す」という言葉には、確かな手応えがあった。今回のインタビューを通じ、アイロボットが次に向かう方向性が少しだけ見えた気がしている。家電スペシャリストとして、そして一人のユーザーとして、その挑戦をこれからも追いかけていきたい。

家電スペシャリスト : 滝田勝紀 たきたまさき ConnectBeyondのファウンダー兼スーパーバイザー。ユース世代向けのライフスタイルカルチャーweb「Beyond magazine」を立ち上げる。 電子雑誌「デジモノステーション」の元編集長。All Aboutの家電ガイドとして活動中。楽天のショッピングSNS「ROOM」の家電公式インフルエンサーを務め、フォロワー数は56万人以上を抱える。ベルリンで毎年開催される世界最大の家電見本市「IFA」ほか、海外取材の経験も豊富。 最新の動きでは、スタイリスト窪川勝哉氏と、インテリアデザインとの調和を意識する家電をメーカーと協業開発するユニット「inCadenza(インカデンザ)」を組む。 この著者の記事一覧はこちら
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