世間一般において、「年収1000万円」という数字は一つの到達点であり、成功者の証だ。国税庁のデータを見ても、このラインを超えるのは給与所得者の上位6.2%に過ぎない。


「これだけ稼げば、将来安泰で優雅な生活が待っている」――多くの人がそう信じているかもしれないが、現実はそう単純ではない。「高年収貧乏」という言葉が囁かれる昨今、稼いでも稼いでも資産が増えない人々が大量に存在しているからだ。

一方で、ごく普通の会社員からスタートし、一代で莫大な資産を築く「本物の富裕層」もいる。この両者を分かつものは何なのか。

今回は、不動産賃貸業と不動産投資教育事業を手掛ける傍ら、YouTubeチャンネル『小原正徳の不動産アカデミー@YouTubeキャンパス』を運営する、総資産30億円の不動産投資家・小原正徳氏に、富裕層とそうでない人の「決定的な思考の差」について話を伺った。
○年収1000万円でも給料日前は金欠…タワマン住人の意外な実情

「年収1000万円」と聞いて、どのような人物像を思い浮かべるだろうか。都心のタワーマンションに住み、週末は高級車でドライブ、食事は三ツ星レストラン──。

いわゆる「勝ち組」の象徴であり、経済的な不安とは無縁の存在というイメージが強いかもしれない。これだけの収入があれば、多少の贅沢をしてもお釣りがくる。そう考えるのが庶民の感覚だろう。しかし、小原氏はこの一般的な認識を「大間違い」と断言する。

「私は現在、不動産鑑定士として活動しながら、総投資額30億円規模の不動産投資を行っています。
元手100万円からスタートしましたが、かつては私も『年収1000万円なんて自分には縁がない』と感じていました」(小原氏)

元手100万円から巨万の富を築いた小原氏。彼が富裕層の世界に足を踏み入れ、実際に目の当たりにしたのは、私たちが抱く優雅なイメージとはかけ離れた実態だったという。
「実際にその世界や人々と接してわかったことがあります。外資系コンサルタントや大手商社マン、あるいは開業医といった、世間が羨む高属性の人たちであっても、給料日前には『お金が足りない』と嘆いている現実があるのです」(小原氏)

高年収だからといって、必ずしも資産家というわけではない。一方で、年収自体は1000万円に届かなくても、純資産1億円以上を達成している人も確実に存在する。

この残酷なまでの差は、「いくら稼いでいるか」ではなく、「お金をどう使っているか」という一点のみによって生まれているのだ。
○年収アップでむしろ貧乏に。「ラチェット効果」という罠

稼いでいるのにお金がない。にわかには信じがたい話だ。収入が増えれば、生活レベルを据え置くことで差額はすべて貯蓄に回せるはず...。多くの人がそう考えるだろう。

「お金がない」と嘆くのは、単に家計管理が杜撰なだけではないのか。
あるいは、高年収者特有の贅沢な悩みなのではないか。そうした疑念に対し、小原氏は行動経済学の観点から、人間の抗いがたい心理メカニズムを指摘する。

「理屈のうえでは、収入増=貯蓄増となるはずです。ところが、人間はそれほど合理的ではありません。年収が増えていくにつれて、基礎的な生活水準もそれに伴って上ていってしまいます。」(小原氏)

もっと広い家に住みたい、もっと便利で楽な生活をしたい、子どもに良い教育を与えたい、余暇を楽しみたい…。こうしたちょっとした欲求に従い、安易に生活水準を上げてしまうことが、地獄への入り口となる。

「一度上げてしまった生活水準は、収入が減っても、容易には下げることができません。これを経済学用語で『ラチェット効果』と言います。「ラチェット」とは「歯止め」のことで、一方向にしか進まないようになっている部品のことです」(小原氏)

自分では気づかぬうちに、経済的な自由を失っていく人々。小原氏はこう続ける。

「私が主宰する『不動産アカデミー』にも、年収1000万円以上を稼ぎながら、資産をまったく持っていない人が数多く相談にきます。彼らは『自分に見合った生活』をしているつもりが、いつの間にか抜け出せない泥沼にハマっているのです」(小原氏)

○年収1500万でも"老後破綻予備軍"に? エリート貧乏の末路

「ラチェット効果」という言葉には説得力があるが、それでもなお、高学歴・高収入のエリートたちが、そこまで無計画な生活を送っているとは考えにくい。
「自己投資」や「教育」といった名目で、賢くお金を使っているはずだ、という反論もあるだろう。だが、小原氏が明かす実例は、あまりにも生々しい。

「一人目は、大手金融機関に勤める30代前半の男性です。年収は1000万円を超え、金融のプロである彼ですが、驚くべきことに資産はゼロでした。都心のタワーマンションの家賃、交際費、服飾費…華やかな生活を維持するために、手取りのほぼすべてを毎月使い切っていたのです」(小原氏)

もう一人は、大手企業で中間管理職を務める50代の男性だ。年収は1500万円。しかし、定年前の金融資産はわずか1000万円しかなかった。老後資金としてはあまりに心許ない数字だが、なぜこうなってしまったのか。

「彼の場合、派手な遊びはしていませんでしたが、『年収が上がったから』と広い家に住み替え、『子どもの教育には糸目をつけない』と教育費を際限なくかけた結果、固定費が家計を圧迫し続けていたのです」(小原氏)

彼らに共通するのは、稼いだ金額分だけ生活コストも膨張させてしまったことだ。これでは、いくら年収が高くても「消費のラットレース」から一生抜け出せない。

「私は彼らのような人を『小金持ち』と呼んでいます。小金持ちは、無自覚に日常の支出を増やしていってしまうのです」(小原氏)
○100万円の使い方で決まる、"小金持ち"と本物の富裕層の差

年収1000万円でも、将来が自動的に約束されるわけではない。
だからといって、「ギリギリの節約生活を送りなさい」という話では、働く意味を見失ってしまう。

人生を豊かにするための収入アップが、逆に生活を縛る鎖になってしまう...。このジレンマに対し、小原氏は「お金の定義」を変えるべきだと説く。

「禁欲生活を送れということではありません。重要なのは、その支出が『消費』か『投資』かを見極めること。小金持ちで終わる人が無自覚な支出、つまり「消費」を増やす一方、富裕層になれる人は将来のリターンを得るために貯めたり使ったりする、つまり「投資」します」(小原氏)

「投資には多額の元手が必要」と諦めるのは早い。小原氏は自身の経験から、それをきっぱりと否定する。

「私自身、会社員時代に100万円を元手に不動産投資を始め、30億円まで増やしました。もしあの時、高級時計や旅行に『消費』していたら今の私はいない。お金は『使う』ものではなく『育てる』ものなのです」(小原氏)

富裕層になれる人は、収入が増えても生活水準を安易に上げない。その代わりに、株式やインデックス型の投資信託、配当株、不動産、将来の収入につながるスキルや資格、信頼できる人との関係づくりなど、「お金を生む土台」に資金を振り向けている。

結局、年収という「フロー(流れ)」の数字ばかりを追いかけているうちは、真の豊かさにはたどり着けない。
高年収ゆえのゆとりがむしろ足かせとなり、将来の自由を自ら手放しているとしたら、これほど皮肉な話はないだろう。

「いまだ『年収1000万円あれば安泰』という幻想を抱いている人もいるかもしれませんが、収入増に合わせて生活水準を上げてしまえば、待っているのは『なぜかお金が貯まらない』という焦燥感だけです」(小原氏)

真の富裕層への道は、稼いだお金をいかに育てていくかにかかっている。「いくら稼ぐか」よりも「どう使うか」が、人生の明暗を分けるのだ。

もし今、自由に使える100万円があったら、あなたはどう使うだろうか。その答えの中に、数年後のあなたの姿が、すでに映し出されているのかもしれない。

西脇章太 にしわきしょうた 1992年生まれ。三重県出身。県内の大学を卒業後、証券会社に入社し、営業・FPとして従事。現在はフリーライターの傍ら、YouTubeにてゲーム系のチャンネルを複数運営。専門分野は、金融、不動産、ゲームなど。公式noteはこちら この著者の記事一覧はこちら
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