2024年に『R-1グランプリ』史上初となるアマチュアファイナリストとなり、大きな注目を集めたどくさいスイッチ企画。同年3月に会社を辞め、5月に関東へ移住、そして今年8月にアミューズに所属した。
『R-1』決勝進出を機に人生が一変したどくさいスイッチ企画にインタビューし、影響を受けた芸人やネタに関するこだわりなどを聞いた。

――どくさいスイッチ企画さんといえばスーツ姿ですよね。

もともと会社員をやりながら活動していたので、会社に行く格好でできるネタばかり作っていて、会社を辞めてからもそのままそうしているという感じです。

――スーツに関してこだわりがありましたら教えてください。

ネクタイはずっとこの青いネクタイにしています。ピン芸人のルシファー吉岡さんへの憧れがあって、その方も青いネクタイをしているので。2020年頃に1人コントをやり始めたんですけど、そこから基本的にこの形を続けています。

――ルシファー吉岡さんに憧れたきっかけは?

現役で1人コントをやっている方の中で、ルシファー吉岡さんがすごく面白くて。YouTubeで吉岡さんがコントの作り方について話している動画があって、それをかなり参考にさせてもらいました。

――具体的にどんなことを取り入れたのでしょうか。

講義形式の動画で、セリフの返し方などについて説明してくれていて。ネタの作り方は人によりますが、そういった細かいテクニックを参考にさせていただきました。


――ほかにも影響を受けた芸人さんや憧れの芸人さんがいましたら教えてください。

バカリズムさんや劇団ひとりさん、あと鳥居みゆきさんにすごく影響を受けています。1人でやろうと思ったきっかけは、鳥居さんの影響が大きいです。

――鳥居さんからどんな影響を受けたのでしょうか。

私が大学に入った頃に鳥居みゆきさんがテレビで活躍されていて、当時コンビの芸人さんが多い中、1人でこういうことをしていますというのがはっきりわかる芸風で、しかも割と過激な芸風で、それが地上波で受け入れられているというのがすごいなと思ったし、暗い部分でお笑いをやっていいんだなとも思いました。

――鳥居さんきっかけにコンビではなくピン芸人になろうと思われたのですね。

そうですね。当時はコンビを組んで漫才をやるのがお笑いの当たり前の形だと思っていましたが、鳥居さんとかを見てピンでやるという方法もあるんだなと思い、1人でやってみようと思いました。

――先ほど「暗い部分でお笑いをやっていいんだなと思った」とおっしゃっていましたが、鳥居さんの影響でご自身も暗い部分をさらけ出したお笑いに?

初期はかなりそういうネタばかりやっていました。

――年齢や経験を重ねて、ネタはどのように変えてきていますか?

最初は暗いネタばかりでしたが、広くウケるようにしようと思うようになりました。例えば、限定した単語を使わないとか、固有名詞を使わないとか、特定の芸能人の話をしないとか、そういうことを心がけて、より共感してもらえるものにできたらと思っています。あと、基本的に1人でできることに特化しようと思っていて、音を鳴らしたり、明かりをつけたり消したりしてもらうというのもないように。
道具もあまり使わないようにしています。

――1人でできることに特化しようと思った理由とは?

もともと会社員だったので、会社の後に舞台に出ていて、そうすると道具を持っていくのも大変だし、着替えを持っていくのも面倒だし、音響や照明のために早く入って打ち合わせすることもできないということで、最小限でできるネタをやっていて。今はその方が作りやすいですし、着替えたりしなくていいので1人で60分とか続けてできるというのもあって、1人に特化して頑張ろうと思っています。

■どくさいスイッチ企画
1987年9月生まれ、神奈川県川崎市出身。大阪大学経済学部卒業。大学では落語研究部に所属し、古典落語の改作「動物園」で第7回全日本学生落語選手権・策伝大賞を受賞。社会人となって以降もアマチュア落語家「銀杏亭魚折」として活動し、社会人落語日本一決定戦で優勝。2020年より「どくさいスイッチ企画」として本格的に一人コントを開始。2023年に「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」で優勝、2024年『R-1グランプリ』ではアマチュアとして初のファイナリストに。ショートショート作家としても書籍化を果たしている。現在アミューズ所属唯一の芸人。12月18日に東京・渋谷ユーロライブでお笑いライブ「どくさいスイッチ企画 presents『スイッチ』」の第1回を開催する。
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