サントリーは、同社の山崎蒸溜所(大阪府島本町)にて、「『現代の名工』ブレンダーによる『響』テイスティングセミナーおよび山崎蒸溜所ものづくり見学・取材会」を開催した。

本取材会では、サントリー山崎蒸溜所における通常の製造工程に加えて、ブレンダーが日々業務を行う「ブレンダー室」を特別に公開。
さらに、今年度「現代の名工」に選ばれた主席ブレンダーの輿石太氏による、ブレンダーの仕事についての紹介が行われた。
○日本のウイスキーのふるさと・山崎蒸溜所

サントリー山崎蒸溜所は、1923に着工、1924年に竣工された日本最古のモルトウイスキー蒸溜所。約100年前となる当時、アイルランドやスコットランド以外の国では本格的なウイスキーは作れないと考えられており、さらにウイスキーは蒸溜した原酒が製品になるまでに5年、10年と長い年月が必要となるビジネスであったことから、サントリーの創業者である鳥井信治郎がウイスキービジネスを始める際は、周囲の全員に反対されたが、「それでも鳥井信治郎は、日本で本格、本物のウイスキーが作りたいとの思いでこのビジネスをはじめたという。

山崎の地がウイスキーづくりに選ばれた理由について、サントリー山崎蒸溜所 工場長の有田哲也氏は、ウイスキーづくりにとって水の品質が最終製品の品質を決めるところから、「山崎はウイスキーづくりにとって重要な素晴らしい水が得られる場所」であることを第一の理由として挙げる。古くは千利休も茶室・待庵を構えた場所であり、現在でも“離宮の水”として全国名水百選にも選ばれる名水の里である山崎は、ウイスキーづくりに最適な水を探し求めて日本各地を踏破した鳥井信治郎がたどり着いた土地だったという。

そして、もうひとつの理由が立地環境。山崎は、桂川、宇治川、木津川の三川が合流する場所であるため、深い霧がが立ち込めやすく、日本ならではの湿潤な環境が、ウイスキーづくり、特に貯蔵に適した土地だったという。

100年にわたり、ウイスキーづくりを続けてきたサントリーは、その創業時から熟成・美味品質への強いこだわりを持ち続けてきた。異国のスコットランドで学んだウイスキーづくりを日本の地に持ち込むために、いかにして日本の地で日本人の味覚にあったウイスキーづくりをできるかを探求し、徹底した「つくり分け」と「つくり込み」に挑戦することで、熟成・美味品質を追求してきた。

そして、山崎蒸溜所でのウイスキーづくりも、熟成・美味品質向上に向けての挑戦の連続。単に生産能力や効率を高めるのではなく、伝統的製法の中に潜在する美味しさづくりの要素を見出し、それを活用し、「へこたれず、あきらめず、しつこく熟成・美味品質を追求するという、まさに“やってみなはれ精神”を実践してきた百年」だと言及する有田工場長は、1980年代後半の木桶発酵槽や直火蒸留の再導入、直近ではフロアモルティングの再導入などがその代表的な事例になっているという。

■「つくり分け」と「つくり込み」

スコッチウイスキーでは、蒸溜所間で製造した原酒を交換するという習慣があるが、日本ではあまり一般的ではない。
そのためサントリーでは、ひとつの蒸溜所で様々な原酒を“つくり分け”ることに古くから取り組んできた。例えば、材質や形状の異なる樽を用いたり、原料、製造条件を変更したりすることで、多彩な原酒をつくり分け、これによって同じ味の再現や違った香味の設計が可能となっている。

一方、「つくり込み」については、蒸留直後ではあっても美味しく、そして熟成とともに美味が深まっていく……そんなウイスキーをサントリーは目指しているが、それを実現するために、各製造工程ごとに様々なこだわりを持ったウイスキーづくりが行われている。

「原料・原料加工」の工程では、徹底した原料品質の管理やフロアモルティング製法で作られた麦芽などが挙げられる。そして、「仕込」工程では清澄麦汁、「発酵」工程ではビール酵母の併用、「蒸溜」工程では直火蒸溜、「貯蔵」工程では樽材の選別などを行うことによって、熟成をすることでより美味しくなる原酒づくりを目指し、日々細部にこだわった取り組みが行われている。

このような「つくり分け」「つくり込み」にこだわってつくられた高品質で多彩な原酒が、ブレンダーの丁寧かつ巧みな熟練の技によって掛け合わされるが、このような取り組みの結果として、毎年ロンドンで行われている「ISC(インターナショナルスピリッツチャレンジ)」においても、 2003年に「山崎12年」が金賞を獲得して以来、その品質が世界でも高く評価されてきており、直近では、 2023年に「山崎25年」、2024年に「山崎12年」、2025年も「山崎12年」が全部門最高賞を受賞。3年連続で同一ブランドが受賞するのはICS史上初の快挙だという。
○山崎蒸溜所における各製造工程を紹介

■「原料・原料加工」工程

ウイスキーの原料は「水」と「麦芽」と「酵母」。それぞれ品質がしっかりとしたものを使うことが極めて重要となる。「水」は、山崎の地が名水が取れるということで非常に大切にされている要素。麦芽は、基本的には海外産だが、厳しく選別されて輸入されている。

■「仕込」工程

麦芽を粉砕し、お湯と混ぜて糖化。
清澄麦汁をつくる工程。麦は天然物なので、クロップごとに同じ様に粉砕しても、粉砕割合がバラバラになる。ハスク(殻)の部分は、糖化のステージで下に沈み、これが濾層となって麦汁を上澄みさせる役割を担うため、粉砕割合が狙い通りにならないと、品質の良いウイスキーをつくることができない。

■「発酵」工程

麦汁に酵母を入れて、糖分を分解してアルコールをつくる工程。酵母も多くは海外から輸入されているが、オペレーションをする人が、ひとつひとつ品質を確認しており、麦汁が透き通っており、酵母の状態がよいと泡立ちもよいが、麦汁が少し濁っていたり、酵母の状態が悪いと泡立ちも悪くなる。実際に現場でも、日々、現物確認が行われている。

発酵させる時間は約3日。3日ほど経つと、アルコール度数が約7%の“もろみ”ができあがる。写真の発酵槽は木製だが、山崎蒸溜所ではステンレス製の発酵槽も使用されている。また、多くの蒸留所では、糖をアルコールに変えることをメインとした酵母のみが使用されているが、サントリーでは、ビール酵母など複数の酵母を使用することで、より複雑な味わいをつくりだしている。

■「蒸溜」工程

発酵させたもろみを蒸溜してアルコール度数を高める工程。蒸溜は2回に分けて行われており、アルコール度数は、1回目の蒸溜(初溜)で約21~24%、2回目の蒸溜(再溜)で約70%になるという。


山崎蒸溜所では、初溜において、バーナーを使って加熱する「直火蒸溜」が採用されている。「直火蒸溜」の場合、蒸留釜は1,100~1,200度くらいで加熱されるが、一般的な「間接蒸溜」は、蒸気を使って加熱するため、だいたい120~130度程度と大きな差がある。「直火蒸溜」を採用している蒸溜所は非常に少ないが、直火による反応によって、より複雑な味わいをつくりだせるという。ただし、温度コントロールやメンテナンスの難しさから、「直火蒸溜」を行っている蒸溜所は世界的にも非常に少なく、「間接蒸溜」が現在の主流となっているが、サントリーでは品質へのこだわりから「直接蒸溜」を採用しているという。

■「貯蔵・熟成」工程

蒸留工程にて抽出された液体を加水した後に樽に詰めて熟成される工程。サントリーでは、山崎蒸溜所のほか、山梨県の白州蒸溜所や滋賀県の近江エージングセラーに貯蔵庫を持っている。

樽の中で熟成させると、年月が経つにつれて、液体の量が減り、色が濃くなっていく。樽の中では、1年でだいたい2%程度が蒸発。つまり、20年経つと、40%程度が蒸発してしまう。また、時間が経つほど、樽の成分が溶け込んでいき、さらにエステル反応などが起こることによって、より深い味わいがつくり出されていく。なお、量が減ると、同じような蒸溜年数の樽の中身を、ひとつの樽にまとめる作業なども行われている。

またサントリーでは、材質や大きさなど様々な種類の樽を使用。
樽の大きさが違うと熟成スピードが異なり、材質が違うと異なるフレーバーが付与される。樽は海外から輸入されたものが多く使用されているが、近江エイジングセラー内の近江クーパレジでも樽の製造が行われている。

樽で熟成されたウイスキーが世に出るのは、5年、10年、20年先の話。そのため、将来、どんなウイスキーをつくりたいかというところから逆算して製造する必要がある。つまり、20年後につくりたいウイスキーをイメージし、それに必要な原酒をあらかじめレシピから設計することになるため、蒸溜所では10年、20年規模のカレンダーが用意されているという。

○ブレンダーの仕事

今回の見学会では、一般の見学ルートには含まれず、場所も秘匿されている「ブレンダー室」も特別公開された。サントリーのブレンド技術のノウハウが詰まった「ブレンダー室」を案内してくれたのは、ブレンダー室 主席ブレンダーの輿石太氏。2024年に「大阪府優秀技能者表彰(なにわの名工)」、2025年には「卓越した技能者(現代の名工)」を受賞した、サントリーが誇る名ブレンダーである。

サントリーのこだわりである原酒の「つくり分け」について、「多彩な原酒の存在がブレンドに有利に働く」と説明する輿石氏。例えば、サントリーの「角」の場合、かつては水割りで飲まれることが多く、水で割っても“腰砕けにならない調整”が行われていたが、ハイボールが全盛の時代となり、後口のキレを大事にした調整”が行われるようになったという。つまり、多彩な原酒が“つくり分け”が、時代にあったブレンドのシフトを可能としている。

そして、「ブレンドだけでは、品質の高い製品は作れない」という輿石氏。
あくまでも、ブレンドする原酒が高品質であることが重要であり、各原酒の品質が高ければ高品質の製品ができるところから「つくり込み」の大切さを説く。

ウイスキーの製造工程において、ブレンダーが主に関わるのは「貯蔵・熟成」工程と、最後の「ブレンド」工程。この工程における“品質管理”が重要な役割となっている。そして、「ウイスキー原酒の評価」「ウイスキー原酒のブレンド」「ウイスキー原酒の在庫マネジメント」の3つが、ブレンダーの主な業務内容となっている。

「ウイスキー原酒の評価」では、微細な香味の違いを判別・評価し、それぞれの原酒の個性を見極め、用途先を決定する。「ウイスキー原酒のブレンド」では、テストブレンド(試作)を繰り返すことでレシピを決め、目指す製品の香味を実現する。そして「ウイスキー原酒の在庫マネジメント」では、製品の長期販売計画に基づいて、原酒の使用計画や製造計画を管理する。

ウイスキーをブレンドする際、実際の飲用シーンまで意識した製品の中味を設計。ブレンダー室のバーコーナーでも、ジョッキを使って、実際にハイボールにして飲んでみることもあるという。また、サントリーのブレンダー室には、約10名のブレンダーが在籍しているが、「ブレンダーはチームで活動するのが重要」であり、チームでテイスティングして、議論して、各原酒の熟成・美味品質を見極めることが、ブレンド品質の向上に繋がるとの考えを示す。

特に「角」のような定番製品の品質維持・向上への取り組みにおいては、原酒の品質チェックを重視している。サントリーでは、約160万樽の貯蔵原酒を保有しているが、その品質確認は、高酒齢やスパニッシュオークなどの特別な素材の樽の場合、品質がばらつきやすいため、全樽を数年おきにチェック。
一方、スタンダードと呼ばれる、6~8年程度の原酒は、非常に数が多いこともあり、代表樽を毎年ロットごとにチェックしている。

また、定番製品の安定供給と品質を両立させるために、年間で数十回の配合見直しが行われている。実際、同じスペックで熟成しても、原酒には必ずばらつきがある。このばらつきを無視して、そのままレシピ通りに配合してしまうと、想定通りの製品ができあがらないため、必ず配合を見直し、長年愛されている美味品質の維持・向上に努めているという。

先述のとおり、樽の中のウイスキーは毎年2%ほど蒸発して量が減少するが、さらに6年目以降は、製品として使用され始めることから、例えば最初に10,000樽あるとすると、17年目には200樽程度にまで減ってしまう。そして、使用が開始する6年目に、使用する原酒と将来に向けて残す原酒を決めるのがブレンダーの仕事。残すか残さないかの判断は、将来に向けて残しておかなければならない数の問題もあるが、将来的に品種がさらに良くなるかどうかも大きな判断基準となり、名工ブレンダーである輿石氏も「この判断は相当難しい」と打ち明けた。
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