いまの場所にたどり着くまでに、どんな選択があったのか――。この連載では、道を切り開き始めた次代の担い手たちに、歩んできた決断の背景と、その先に見据える未来を聞いていく。
それぞれの選択がどのように現在をつくり、次の挑戦へつながっていくのかを、記録していく試みだ。

本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ エバース。NSC東京校(お笑い養成所)の21期生で、ボケ担当の佐々木隆史さんは1992年11月6日生まれ(宮城県出身)、ツッコミ担当の町田和樹さんは1992年4月24日生まれ(神奈川県出身)。2年連続となるM-1グランプリ決勝進出を決めた翌日、東京都渋谷区にある渋谷よしもと漫才劇場にて、ライブの待機時間に楽屋を訪ねた。

○お笑い芸人を目指した原点

――お笑い芸人を目指したきっかけについて教えて下さい。

佐々木隆史さん(以下、敬称略): 学生の頃から、お笑いは結構見ていました。芸人のやっているラジオも好きで、そのなかでもダイアンさんのラジオにハマり、毎週聞いてました。ラジオって個人のプライベートな部分も話すじゃないですか。そこでお笑い芸人のリアルを知ったというか。

町田和樹さん(以下、敬称略): ボクは、お笑い番組をめちゃ見ていたわけではないです。ロンハー、アメトーーク!とか、みんなが見ているバラエティを同じように見ているだけでした。中卒で車屋さんで働いていたんですけど、「なんか1発やってみるか」という感じでお笑い養成所に入ったんです。


――お笑い芸人になることに周囲は反対しましたか?

佐々木: 母親には結構、反対されましたね。あらかじめ、それは想像できていたので、はじめに父親を説得して味方につけてから、母親を説得しました。最終的には「まぁ、好きなことをやれたら良いんじゃない」というところに落ち着きました。

町田: うちは両親とも高校の先生なんです。ボクが高校中退して中卒になって、就職して、そのあと芸人になると打ち明けたとき、母親には「あなた、もうちょっと意味不明ですね」と敬語で言われる感じ(笑)。反対とかじゃなくて「もう良いんじゃない」って。父親には「頑張れば良いじゃないか」って言われました。

――芸人以外になりたかった職業は?

町田: そうですね、営業になったらどこまで稼げるか? 自分に向いているのは配達系か? なんて考えたときもありました。

佐々木: ボクはずっと野球をやってきたんですが、身体が小さいので野球で食べていくのは無理だなぁと思っていて。その当時、競艇選手を題材にした「モンキーターン」という漫画が好きで、その影響から競艇の選手になることも考えたんです。でも調べてみたら筆記試験がめちゃ難しいらしく、倍率も高すぎで、それで断念して(笑)。結局、野球推薦で大学に進学しました。
うちは兄貴2人と、従兄弟も野球をやっていて、男に生まれたら野球をやるのが当たり前、という環境で育ちました。
○"眼の前にずっと壁があった"日々

――相方を選んだ理由は?

佐々木: もともとは、お互い別の相方と組んでいて、NSCのネタ見せの授業に出ていたんです。そのときに、めちゃくちゃ、ずば抜けてスベっていたのが町田だったんです。

町田: オイやめろよほんとに...

佐々木: 本当にずば抜けてスベってたんです、見ているこっちに共感性羞恥が働いちゃうくらい。その頃、こっちも相方がNSCを辞めることになって、お詫びに新しい相方を紹介してくれるというので新宿駅で待ち合わせることになって。そうしたら、向こうからコイツが歩いて来るんですよ(笑)。「うわ、一番スベってた奴だ」と、「こいつでない奴であってくれ、お願ーい」と思っていました(笑)。そうしたら、俺の前に立ち止まって。

町田: やめろよ、理由になってねぇんだよ...。ボクは、その一番スベってた授業で、ボクたちの前で一番ウケてたのが佐々木のコンビだったので、「一番ウケてた奴じゃん!ラッキー」と思いました(笑)。

佐々木: NSCって、コンビを組んでいないとネタ見せの授業に出られない、どんどん置いていかれる、という環境なんです。だから、そこまで深く考えていなかったのもあるかも。
「一番スベってた奴だけど大丈夫か? 」くらいな感じでした。それで町田とネタやったら、やっぱりスベりましたけどね。町田と組む前はあんなにウケてたのに、組んだ瞬間からめっちゃスベるじゃん、みたいな(笑)。

――エバースを組んでから、どんなことに壁を感じてきましたか?

町田: NSCでは選抜クラスにも入れませんでした。同期にも知られていない、目立たないコンビでした。調子が良いときもなく、眼の前にずっと壁があった感じです。

――ある時期まで、2人で一緒に住んでいたんですね?

佐々木: はい。コロナ禍があり、もともと少なかったお笑い芸人としての仕事もなくなると、アルバイトでしか稼げなくなりました。神奈川の実家に住んでいた町田も、都内じゃないとUber Eatsの注文が入らないということで、バイクで頻繁に都内に来るようになって。夜、うちに来てネタ合わせして、そのまま泊まって、という日が増えてくると「結構、俺ん家にいるな」となって「こんないるんだったら、家賃を半分払えよ」と言うと、町田も「半分払うなら、毎日いないと勿体ない」となって。

町田: まぁ、そうですね(笑)。だいぶ気持ち悪く、ぬるっと同棲が始まったと言いますか。


――お二人での生活はいかがでしたか?

佐々木: それまでコンビで4年やってて、ある程度はどんな奴かも分かっていたので、衝突とかはなかったですね。町田って、本当にズボラでムカつくところも多いんですが、「こんなことでムカついてたらこっちが損だ」と思ってからはムカつかなくなりました。

町田: ボクは、あまり不満はなかったですね。普段は、ボクの部屋に佐々木が来ることが多かったです。っていうか、佐々木の部屋に行くと「ノックしてから返事があるまで入るな」とか言われるんですけど、俺の部屋にはノーノックでバーンって入ってくることがあって。文句を言うと「いや俺がネタ作ってるから」とか意味わかんない反論をされる、ってことはありましたね。

佐々木: っていうか、こっちの部屋に「入ってねぇよ」とか言い張って、コイツ実は入ってたことがあって(笑)。これもう泥棒の心理なんです。入ったなら、入ったって言えば良いのに。挙げ句の果てに「いやマジ入ってないんだけど」とか逆ギレしてきて、なんなんだって言い争って。そうしたら、ボクの部屋にあった電池を勝手に持っていってたことが分かって。

町田: まぁ、お互い気を遣いながら生活してました(笑)。

○自分たちのスキルがようやくネタに追いついた

――これまで、お笑いを辞めようか迷ったことはありますか?

佐々木: ...迷う、まではないですかね。「何年までに結果が出なかったら」とかはありましたけど、途中から、絶妙に結果が出始めたので...。この年でM-1に3回戦まで行けた、ギリ続けても良いんじゃないか、みたいな感じです。次の年には準々決勝にも行けて。

町田: ボクもまったく同じで、「今年はこうしよう」の結果は、毎年越えてこれたかなと思っています。だから「辞めよう」とかはなかったですね。

佐々木: ブレイクしたことはありませんが、本当に毎年、ちょっとずつ結果が出ている感じ。ネタを作っている本人としては「まだM-1で結果を出せていない=ネタを作っている奴が悪い」と思っているので、仮に町田以外の奴とコンビを組んでいたとしても同じこと。これは単純に自分の実力不足です。

結果が出ないと、普通なら漫才の形を変えてみたり、みんな模索すると思うんです。でも自分たちは、こねくり回さなかったのが逆に良かったのかも。はじめは漫才の技術もなくて、めっちゃ下手だったんですが、自分たちのスキルがようやくネタに追いついたのかな。
自分たちの年齢、関係性、空気感、が追いついてウケるようになったのかも知れないです。
○"自分が気に入っているネタ"にこだわって

――仕事において、どちらを選択したら良いか迷ったとき、最終的には何で判断しますか?

佐々木: その仕事をほかの誰かがやっているのを見たら、自分はどう思うか、ってことを考えますね。自分が尊敬する人、面白いと思う人がそれをやってたら残念だな、って思えたらやらない。頭のなかで1度、そんな変換をしています。

町田: 仕事の選択で、迷ったことはないです。取り敢えずやっちゃえ、という感じ。めっちゃ怖いですよ。めっちゃ怖いんですが、「そりゃミスるだろう、俺みたいな奴なら」って開き直っているので。直感を信じるというか、まぁ、あまり考え過ぎないようにしてますね。

――ネタ選びで迷うことはありますか?

佐々木: 賞レースで言えば、ネタ選びで迷うこともあります。劇場ではウケるけど自分ではあまり気に入ってないネタって、大事なときにウケないイメージがあって。町田に「お前はどっちのネタが良い? 」と聞くこともあります。結局、町田がノッてこないとパフォーマンスにも支障が出るので。昨年(2024年)のM-1決勝は、ボクが「こっちが良い」と思ったネタに対して町田が「いや、こっちの方が...」と言ってきたので、めちゃくちゃ理詰めで説得しました。

町田: 初めてのM-1決勝でした。基本的に、どのコンビも準決勝を通ったネタをかけるじゃないですか。でも佐々木が違うネタを提案してきたので、そこで変える勇気がなくて。もし結果が出なかったら「あの準決勝のネタやれば良かったじゃん」ってなりますよね。絶対にウケないといけない状況で、ネタを変えられる決断がすごいと思いました。

佐々木: そのときのネタが「もし自分だったら棺桶の中に何を入れるか」というネタだったんです。漫才を見慣れている人たちにはネタの1つに過ぎないので、ちゃんと内容に入り込んでもらえるんですが、でもM-1決勝に初出場の奴らがテレビに出てきて、そんなネタをやってたら聞きたいか? と思って。片方は結構、見た目もキモいですし、嫌悪感もあるじゃないですか。

町田: いや、たしかにいかついけども。

佐々木: それで話の内容もキモかったら、って思ったのでネタを変えました。「昔、初恋の女の子と約束してて、その約束の日がもうすぐなんだけど...」という話の方が、食いついて見てくれるかなと思ったので。このときのM-1決勝で知名度が上がって、このとき回避したネタは2025年のABCお笑いグランプリの1本目にかけることができました。順番的にも、これで良かったのかなと思っています。

――ネタをつくるときのルーティンはありますか?

佐々木: ルーティンはないんですが、こまめにネタのタネをメモるようにはしています。生活のなかで「いまのアイデア、漫才でいけそうだな」なんて、パッと思いついたことを書き残してて。あと人間って1時間とか2時間とか、マジで集中したら漫才のネタって意外につくれたりするもんなんです。芸人なんて一番サボる人種なので、ダラダラしちゃいがちですが。今年の単独ライブのネタは、大阪行きの2時間半の新幹線の中で書きました。追い詰められたから集中もできた。夏休みの宿題みたいな感覚なんですかね、今日は時間があるけど明日は時間がないから、じゃあ明日追い詰められた状態で書こう、ってこともあります。

――エバースとして「これだけはやらない」と思っていることは?

佐々木: たとえ単独ライブでも、初見の人も笑えるネタをやれるように意識しています。なんか2人だけでワチャワチャ楽しんでいて、ファンだけが笑うような、そんな内輪のネタはやらないですし、お笑いファンにしかウケない通ぶったボケもしないように心がけています。

町田: 佐々木が持ってくるネタで「これはできないよ」ってことはなかったですね。10年やっているので、俺ができることも分かっていると思うし。たとえば、めっちゃ明るいキャラは演じられないので、佐々木もそんなネタは書いてこないです。まぁ基本的にしゃべくり漫才なので、佐々木と町田でやっているので。これがコントだと、演技力が求められるので大変でしょうね。

○全国、何処で漫才してもウケる存在を目指す

――エバースにとって、賞レースとは?

佐々木: 賞レースがあるおかげで、こうしてご飯を食べさせてもらえています。お笑いで唯一、一番を決めるもの。そういう大会があるおかげで、自分たちも頑張れます。本当にありがたいです。

町田: 賞レースがある時代に生まれて良かったです。なかったらどうなっていたか、本当に分からない。あと賞レースの緊張感を味わったら、もう何でも平気になりますね。特に今年のM-1は落ちるわけにはいかなかったんで、結果が発表される直前は、緊張感から具合が悪くなりそうでした(笑)。

佐々木: えらい大病を隠しているんじゃないかと疑うくらい、町田のえずきがすごかったですね。昨年はM-1決勝に呼ばれない可能性もありました。心境的には五分五分で「落とされててもおかしくない」「でも行けるだろう」のせめぎ合いでしたが、今年はネタが終わった時点でお互い「大丈夫だろう」とは思っていたので、発表時にそこまで緊張感はありませんでした。

――今後の目標について教えてください

町田: 全国、何処で漫才してもウケる存在になりたいですね。結構、地方に行くこともあるんですが、まだまだなので。地方でも大爆笑がとれる先輩方もいるので、そんな存在に追いつきたいです。

佐々木: ずっと漫才でご飯が食べていけるよう、頑張っていきたいですね。

――エバースのおふたりの相性の良さ、心地良い距離感みたいなものが感じられるインタビューでした。お疲れのところ、ありがとうございました。

取材:葉山澪
構成/撮影: 近藤謙太郎

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※追加出演者あり/出演者変更の可能性あり
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