相続の場面で、借地権が関係するケースは決して少なくありません。一方で、「借地権は相続できるのか」「地主の承諾がないとダメなのでは」「相続を理由に契約を解除されないか」といった誤解も非常に多く見られます。


そこで今回は、借地権の相続について、まず押さえておくべき“法律上の基本”について、借地人・地主双方の立場を踏まえながら整理します。

そもそも「借地権」とは何か?

借地権とは、建物の所有を目的として土地を利用する権利をいいます(借地借家法1条、2条)。法律上は、次のいずれかに分類されます。

地上権(民法265条)

土地賃借権(民法601条)

現在の実務では、ほとんどが土地賃借権としての借地権であり、これが借地借家法によって強く保護されています。
借地権は相続できるのか?

結論から言うと、借地権は、相続により当然に承継されます。これは、

相続による権利承継が「法律上当然に生じる包括承継」であること
借地権が一身専属的な権利ではないこと

によるものです(民法896条、借地借家法の趣旨)。したがって、相続の発生そのものについて、地主(賃貸人)の承諾は不要です。
第三者に対する対抗要件には注意が必要

相続により借地権を取得した場合、地主との関係では承諾や登記は不要ですが、第三者に対して借地権を主張するには、対抗要件が問題になります。

具体的には、

借地権が地上権であれば→地上権設定登記

土地賃借権であっても→建物の所有権保存登記

が、第三者対抗要件として重要になります(借地借家法10条)。

相続後に建物の登記名義を放置していると、第三者との関係で不利益を被る可能性があるため、この点は注意が必要です。
相続人が引き継ぐのは「権利」だけではない

相続人が承継するのは、借地権という“権利”だけではありません。借地契約上の義務も、そのまま引き継ぐことになります。


たとえば、

地代の支払義務
使用方法や用途の制限
修繕・管理に関する義務
建替え・増改築に関する制限

つまり、相続によって、相続人は借地契約の当事者になるという点を正しく理解しておく必要があります。
相続を理由に、地主が契約を解除することはできるか?

結論として、相続があったこと“だけ”を理由に、地主が借地契約を解除することはできません。借地借家法は、借地人の地位を強く保護しており、相続そのものは解除事由になりません。

もっとも、契約違反があれば直ちに解除できる、というわけでもありません。判例上は、賃貸借契約における解除には「当事者間の信頼関係が破壊されたといえるかどうか」が重要な判断基準になります(信頼関係破壊の法理)。

したがって、

地代の長期滞納
重大な用途違反
無断増改築が継続している

といった事情が重なり、信頼関係が破壊されたと評価される場合には、解除されることになりかねません。
相続があった場合、地主への連絡は必要か?

法律上、相続発生そのものを地主に通知しなければならない、という明文の義務はありません。

しかし、借地契約は継続的な契約関係であり、契約上または商慣習上、相続の事実を通知することが強く求められます。

具体的には、

継承した借地人や地代の支払者を明確にする
今後の連絡窓口を整理する
不信感や不要な紛争を防ぐ

といった意味で、早期の通知は、借地人側のリスク管理として極めて重要といえるでしょう。
借地契約書の確認は“最優先事項”

相続が発生した場合、まず確認すべきなのは借地契約書の内容です。
確認先としては、

地主本人
地主が委託している不動産管理会社

に問い合わせるのが、実務上最も正確です。特に重要なのは、

契約期間・更新条件
更新料・承諾料の有無
建替え・増改築の条件
譲渡・転貸に関する制限

これらは、将来の建替え・売却・相続対策に直結する要素となります。

借地人が単独で相続した場合の法律関係

本稿では理解を整理するため、相続人が1人の場合(単独相続)を前提としています。この場合、

借地権はそのまま承継
契約条件に変更なし
地主の承諾は不要

という形で、法律関係は比較的シンプルです。

しかし、相続人が複数いる場合(共有相続)は複雑になり、生じる問題については、次回(第16回)で詳しく解説する予定です。
借地権相続の基礎で最も重要なポイント

ここまでの内容を整理すると、借地権相続の基礎は次の点に集約されます。

これらを正しく理解していないと、不要な承諾料を支払ったり、不利な条件変更を受け入れてしまうケースも少なくありません。

借地権の相続は、「難しい」「揉めやすい」という印象を持たれがちですが、法律の基本構造自体は非常に明快です。

相続で借地権は消えない
契約はそのまま引き継がれる
地主の承諾は不要。ただし、通知と契約条件の確認は不可欠

まずはこの基礎を正しく押さえたうえで、次回は、相続人が複数いる場合に、なぜ一気に問題が複雑化するのかを法律面から掘り下げていきます。

佐嘉田 英樹 さかた ひでき アテナ・パートナーズ株式会社 代表取締役。1991年に東京大学卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行、主に融資営業・マーケティング戦略企画に携わる。その後不動産・建設業界に身を転じ、建売分譲、賃貸アパート、介護福祉施設等の企画開発・売買などに従事し、2023年8月に独立。地主・不動産投資家・中小企業の不動産活用コンサルティングやプロジェクト・マネジメント、テナント企業の開業支援を行う。
宅地建物取引士、不動産コンサルティングマスター、2級建築士、FP2級など幅広い専門知識を駆使し、総合的な視点からクライアントの課題解決にあたる。
アテナ・パートナーズ株式会社:https://athena-ptr.co.jp/
アテナ・パートナーズ株式会社は、お客様のニーズや目的を詳細にヒアリングして、物件や市場の調査を行った上で、所有不動産の有効活用、開発、建て替え、リノベーション・用途変更、売却、交換など、多角的・戦略的な企画提案・マネジメントを行う。企画計画から資金調達、テナント誘致、設計、工事、引き渡しまで一貫してプロジェクトをマネジメントすることで、独自のビジネスモデルを展開する。 この著者の記事一覧はこちら
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