インフラツーリズムとは、公共施設や巨大構造物のダイナミックな姿や精緻な構造を間近に観察したり、通常はなかなか立ち入ることのできない施設や現場を見学したりして、日常生活では得られない視覚的・感覚的な体験を味わう小さな旅のスタイルである。
遠出をしなくても、都市のすぐそばにある“日常の外側”へアクセスできるのも魅力だ。
東京・武蔵村山市。
青梅街道から都道55号「所沢武蔵村山立川線」へと入り、多摩湖・狭山湖方面へと北上していくと、ほどなく車道脇にぽっかりと口を開けた、不思議な佇まいの小さなトンネルが現れる。
坑口の上には「横田トンネル 自転車道」の表示。軽自動車ならなんとか入りそうな幅だが、入り口には車止めが設置されており、ここが自転車と歩行者だけのための道であることがわかる。
○東京の外れで出会った不思議なトンネル
周囲には、「武蔵村山市立歴史民俗資料館」や「野山北・六道山公園(あそびの森)」、休業中の公営温浴施設「かたくりの湯」などがあるが、観光地のような華やかさはなく、ごく普通の、いや、ちょっと寂れた東京郊外といった雰囲気だ。
丘陵地帯と街区の境目に位置するため、住宅と雑木林が入り混じり、いかにも“東京の外れ”らしい、のどかな風景が広がっている。
「横田トンネル」は短く、入る前からもう、まっすぐ先に出口の光が見えている。
トンネル内に入ると、ふいに空気が変わった。
冬でもはっきりわかるほど、空気が一段冷たいのだ。夏なら、なおさら冷気が濃く感じられるに違いない。内部は薄暗いが照明が施されていて、自転車のライトをつけなくても足元は十分に見える。
「横田トンネル」を抜けるとすぐ、次の坑口が現れる。「赤堀トンネル」だ。
2つのトンネルの間隔は数十メートルほどで、一つを出たと思えば、もう次の入り口が迫ってくるような距離感である。
「横田トンネル」と同じくらい短い「赤堀トンネル」も、白く淡い照明が一定の明るさを保ち、路面はきちんと整備されている。
平日の昼間、人通りはほとんどないが、出口がすぐ先に見えるためか、閉塞感や気味悪さは小さい。むしろ、壁に反射して響く自転車の走行音に包まれながら、一人で進んでいく時間が心地よく感じられる。
○小さなトンネルが次々と現れる
「赤堀トンネル」を抜けると、緩いカーブの先に、またすぐ次の坑口が見えてくる。ほんの少しペダルを回すだけで近づいてくる、次のトンネル入り口の上に示されていたのは「御岳トンネル」。その名だけを見ると山奥のトンネルのようだが、ここも住宅地のすぐ裏手にある。
先の2本と同じく短い直線の「御岳トンネル」を一気に駆け抜け、出た先の路上にはたくさんの落ち葉。わずかに山へ近づいた気配がする。
「御岳トンネル」を出てすぐのところには小さな池、「番田池(ばんたいけ)」がある。
池を左手に見ながら車道を越え、また少し進むと、その先に4本目の「赤坂トンネル」が現れる。
山奥を思わせる“御岳”の次が、東京都心を連想させる“赤坂”。このギャップに、思わず一人で、ふっとほくそ笑んでしまった。
「赤坂トンネル」はこれまでで一番長いようだが、自転車ならやはりあっという間に抜けてしまう。
そして、トンネルを出た瞬間に目に入ってきた風景は、これまでとは少し違っていた。自転車道の両脇に、住宅はもう見当たらない。樹木の気配がぐっと濃くなり、急に山奥の林道へ踏み込んだようだ。
ここで自転車道は終わりとなる。その先は舗装が途切れ、細い山道のような道へと姿を変えていた。Googleマップで方角を確かめ、分岐を左へ歩いていく。道幅はさらに狭まり、もはや歩道というより獣道に近くなってくる。
蜘蛛の巣が行く手に張り出し、森の奥からはさまざまな野鳥の声が響いてくる。左右から枝が伸びて道をふさぎ、足元には倒木も転がっていたが、それでも慎重に進む。
○封印された第5号隧道へ
とはいえ、そんな道のりもほんの数分だ。やがて道の奥に5本目のトンネル、「第5号隧道」の入り口が見えてくる。
それは、これまでの4本のトンネルとは様相がまるで違っていた。
坑口は金網で厳重に閉ざされ、“警告 これより先 進入禁止”“特別警戒実施中”という注意書きが掲げられている。何人も寄せつけないような雰囲気なのだ。
坑口の形から、これも先の4本と同じ目的で造られたものだろうと想像はつく。だが、人影もない雑木林の奥に封印されたトンネルは、説明しがたい禍々しさを漂わせていた。
「第5号隧道」の入り口で引き返し、自転車道の終点まで戻る。止めておいた自転車にまたがった。さあ、帰ろう。
行きの「横田トンネル」から「赤坂トンネル」までは、自転車で1本ずつ様子を確かめながら進んだ。トンネルを出るたびに止まり、周囲の様子を観察。振り返ってトンネル出口の写真を撮り、次のトンネルの名前を確認してからまたペダルを踏んでいたので、それなりに時間がかかった。
しかし帰りは、「赤坂トンネル」、「御岳トンネル」、「赤堀トンネル」、「横田トンネル」と一気に駆け抜けてみた。
すると、スタートからゴールまでかかった時間は、たったの3分45秒。4本の小さなトンネルが連なるこの自転車道は、ごく短い区間でしかなかったのだ。
このくらいのスケール感で遊べる“非日常的なアドベンチャー”が東京の片隅にある、という事実がおもしろく感じられた。
そして改めて、このトンネル群の成り立ちについて想いを馳せる。
○東京を潤すための巨大プロジェクト
東京・武蔵村山市に連なるこれらのトンネル群には、東京の歴史の物語が秘められている。20世紀に入るころ、都市化と人口増加の進む当時の東京市は深刻な水問題に直面していた。
一つは水質の悪化である。生活排水が傷んだ木製水道管に入り込み、既存の井戸の8割が飲用に適さなくなっていた。
政府は水道の容量拡張のため、貯水池の建設計画を進めた。多摩川から大量の水を引き込み、狭山丘陵の谷地に巨大な貯水池を築く案が具体化し、村山貯水池(上池・下池、通称・多摩湖)と山口貯水池(通称・狭山湖)が造られることになった。工事開始は1916年(大正5年)。多摩川・羽村取水口から取り入れた水を、トンネルと水路を組み合わせた導水渠で狭山丘陵に導く、大規模事業だった。
この工事には、膨大な資材が必要だった。セメント、砂利、木材、鉄材、機械、燃料などを現場へ運搬するために敷設されたのが、軽便鉄道「羽村・村山線」と「羽村・山口線」である。
軽便鉄道は、大正から昭和前期にかけて、村山貯水池の導水渠工事、山口貯水池堰堤の敷設工事、さらには戦時中の堰堤防衛工事(嵩上げ工事)に資材を運ぶ路線として断続的に運行された。レールは導水路に沿って敷かれ、多摩川の砂利採取場や青梅鉄道・福生駅近くの資材置き場から材料を運び込み、トンネルや暗渠工事で発生した土砂を運び出すなど、常に稼働していた。
○資材を運んだ小さな鉄道 - 軽便鉄道の役割
軽便鉄道とは、幹線鉄道より規格が小さく、開通に必要な設備条件が大幅に緩和された鉄道である。
線路は、多摩川から山口貯水池までを最短距離で結ぶように敷設された。武蔵村山市付近では、地形が武蔵野台地のなだらかな平坦部から狭山丘陵の起伏へと変わっていく。
このため線路は、小さな尾根や斜面をまっすぐ貫く必要に迫られ、切り通しや短いトンネルが連続して造られた。こうして第1号隧道(現「横田トンネル」)から第4号隧道(現「赤坂トンネル」)、さらに現在は閉鎖されている第5号隧道と、立入禁止区域のため現地確認不可の第6号隧道が築かれた。
現在「野山北公園自転車道」として整備されているのは、この廃線跡の一部である。東側終点付近の、狭山丘陵にさしかかる最終区間にトンネル群が連なっている。つまりこのトンネル群こそ、「羽村山口軽便鉄道」が平地を抜け、狭山丘陵の腹へともぐり込んでいく、そのラスト区間に築かれた構造物というわけだ。
多摩川寄りの羽村側には「神明緑道」として整備された区間もあり、廃線跡の一部は遊歩道や自転車道となって市民に開放され、いまも静かな散策・サイクリングルートとして親しまれている。
自転車で1本ずつたどった横田から赤坂までの4本のトンネル、そして徒歩でしかたどり着けなかった第5号隧道――。それらはかつて、資材を満載した小さなディーゼル機関車が狭山丘陵へともぐり込んでいった最終区間の名残である。東京の水を支えた工事の記憶は、静かなトンネルと細い自転車道のかたちで、いまも風景の中にひっそりと息づいている。
佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000~2009年は「smart」編集長。カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドア、デュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)、『山の家のスローバラード 東京⇆山中湖 行ったり来たりのデュアルライフ』(百年舎 2023)ほか編著書多数。新刊『いつも心にパンクを。Don't trust under 50』(集英社)は2025年8月26日発売。
『いつも心にパンクを。Don't trust under 50』はこちら。
この著者の記事一覧はこちら











![[USBで録画や再生可能]Tinguポータブルテレビ テレビ小型 14.1インチ 高齢者向け 病院使用可能 大画面 大音量 簡単操作 車中泊 車載用バッグ付き 良い画質 HDMI端子搭載 録画機能 YouTube視聴可能 モバイルバッテリーに対応 AC電源・車載電源に対応 スタンド/吊り下げ/車載の3種類設置 リモコン付き 遠距離操作可能 タイムシフト機能付き 底部ボタン 軽量 (14.1インチ)](https://m.media-amazon.com/images/I/51-Yonm5vZL._SL500_.jpg)