あらゆる業界で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)の波。当然、製油所も例外ではない。
製油所でDX化が進むとどうなるのか。コスモエネルギーホールディングスが本社に設置した統合モニタリングルームを取材してきた。

コスモエネルギーホールディングスはかねてから、データの統合・可視化、デジタルツイン構築、AIを活用した予兆保全といった製油所におけるDXの高度化に取り組んできた。今回は国内にある3つの製油所の状態を監視する統合モニタリングルームを本社内に開設し、報道陣に公開した。統合モニタリングルームの設置は千葉製油所に続く2カ所目となる。

AIなどのデジタル技術により、製油所の効率や働き方はどのように変化するのだろうか。
製油所DX高度化の背景に人材獲得競争?

現在、国内で稼働中の製油所の多くは建造から40年~50年が経過し、老朽化が課題となっている。コスモ石油 取締役常務執行役員の岩瀬智さんによれば、製油所は「いろいろな不具合が見つかっては補修を行う、いたちごっこのような状況」にあるそうだ。コスモエネルギーグループの中で石油精製業を担うコスモ石油も例外ではないという。

そんなコスモ石油が重視しているのは製油所の稼働率だ。一般的な国内の石油精製業の場合、販売量よりも石油精製能力の方が若干高い「精製余剰ポジション」であることが多い。一方、コスモエネルギーグループにおいては石油精製能力が販売量に対して若干足りていない状態、つまり、常に最大稼働することが収益に直結する状況をキープしている。


製油所の稼働率向上が大きなテーマとなる中で、懸念しているのは将来的な働き手不足だ。

従来、製油所では安全性の観点もあり、「現場・現物・現実」の三現主義を重視して、人の手によるアナログな業務を遂行してきた。

しかし、今後10年で15歳~64歳の「生産年齢人口」が約1割も減るとの予想がある中で、コロナ禍を経てリモートワークが普及した結果、新卒就活生の間ではリモートワークが可能な企業を重視する風潮が強まりつつある。

こうした現状を踏まえ、コスモ石油 工務部 保全戦略グループの吉井清英さんは、「製油所の現場は、リモートワークをフル活用できる職場環境ではありません。それでも、AIなどのデジタル技術を用いたDX化によって少しでも状況を改善し、学生から選んでもらえるような職場環境を作っていく必要があります」と話す。

AI活用で製油所の何が変わる?

それでは、コスモエネルギーグループはどのように製油所DXの高度化を進めているのか。

吉井さんによれば、「デジタルツイン」プロジェクトがキックオフしたのは2023年11月のこと。そこから約6カ月をかけて、AIを活用したデータの統合を進めた。

「我々の設備は23万アイテムもあり、それに紐づくデータは膨大な量です。それらの統合を人力で進めるとなれば、相当な時間を要します。そこで今回は、AIの『OCR』という技術を使ってデータを紐づけることで、効率的なデータの統合が可能になりました」

その後、2024年5月にデータ統合基盤を社内に開放、同年11月には千葉製油所内において保全専用の統合モニタリングルーム「RCoE」を開設し、2025年1月からAIを活用した「予兆保全」を開始した。

予兆保全とは機械や設備の振動、温度といった状態をセンサーで常時監視し、AIが分析することで故障や劣化の予兆を検知して、機械や設備が故障してしまう前のタイミングでメンテナンスを行う保全手法だ。


予兆保全を強化する仕組みとしては、四日市製油所と堺製油所のデータをリアルタイムで収集するとともに、その全てを千葉製油所に設置した「RCoE」で見られる状態にした。これにより、千葉製油所の熟練エンジニアによる、3つの製油所のデータ監視が可能となった。つまり、機能集約をしてデータを統合しつつ、人も集約したわけだ。

保全専用の統合モニタリングルーム「RCoE」の「R」は「Reliability」(設備の信頼性)、「CoE」は「Center of Excellence」で「エクセレンス」(卓越性)の集約という意味を持つ。

これについて吉井さんは、「DX化は設備の信頼性を上げるために取り組むものですが、やはりベテランエンジニア、あるいはスキルの高いエンジニアは少しずつ減ってきています。そういったスキルの高い方に、より高度な業務で、その人にしかできない仕事を集約していきたい。そういう意味も込めてCenter of Excellenceという言い方をしています」と説明する。

DX活用で数億円の損失リスクを回避?

では、RCoEにより製油所の効率や働き方はどのように変わるのか。吉井さんは千葉製油所内のタンクミキサーに発生したトラブルを早期発見し、大事になる前に未然に防いだ「ファインセーブ案件事例」を取り上げ、次のように説明した。

これまで、原油のタンクミキサーはおよそ半年に1回、振動計を持って振動測定を行い、そのデータを見て異常があるかどうかを確認していたそうだが、現在はIoTセンサーを活用し、24時間連続でデータを取得しているという。

「IoTセンサーだけでも数千カ所あるため、24時間を通して人が監視し続けるのは不可能です。そこで、AIに監視させて、異常が出たタイミングでメール通知をさせています。
これにより、膨大なデータをAIに効率よく評価させ、人に気づきを与えることで予兆保全につなげる仕組みを構築しました」

原油タンクは直径90m近くある巨大な設備で、ステーションの中にはそれが何基も設置されている。広大な土地の中を歩いて点検していくわけなので、実際にオペレーターが点検に行けるのはせいぜい1日に2回か3回が限度だ。ところがRCoEなら、24時間の連続監視が実現できる。これにより、早いタイミングで不調に気づくことができたという。

「タンクミキサーのトラブルは過去に数回経験していますが、仮に振動が上がってメカニカルシールと呼ばれるパーツが故障してしまうと、タンクの中身を1度空にしてミキサーを取り外し、メンテナンスをしてから元に戻すという作業が必要になります。その際の損失額は、機会損失と合わせると数億円規模に及びますが、それを未然に防ぐことができました」

コスモエネルギーグループでは、こうしたDXの取り組みを「経営」「IT部門」「現場」「プロジェクトマネジメントチーム」「パートナー企業」が一体となって進めている。吉井さんによれば、5つの組織の中でもやはり主役は現場で、「とにかく現場はどうしたいのか、何に困っているのかを最初に吸い上げた上で、DX施策につなげています」とのことだった。

安藤康之 あんどうやすゆき フリーライター/フォトグラファー。編集プロダクション、出版社勤務を経て2018年よりフリーでの活動を開始。クルマやバイク、競馬やグルメなどジャンルを問わず活動中。 この著者の記事一覧はこちら
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