経営者やリーダーは転機をどう乗り越え、生かしてきたのか。転機を乗り越えていくには、変化への柔軟な対応力、忍耐力、そして変化を乗り越えるための強いリーダーシップやビジョンが求められる。
本連載「わたしの転機」では、人生における重要な変化や、会社の成長・衰退の節目となる出来事についてお聞きすることで、生きるヒントを見出していく。第1回は、古民家の再生・活用を軸に地方創生や文化資産の継承を目指していく株式会社NOTEの代表・藤原岳史氏に話を伺った。

――まずは、学生時代に打ち込まれたことを教えてください。

地元の兵庫県篠山(ささやま)市(現 丹波篠山市)を出て、大学に進学しました。大学では、食品工学を学んでいたんですが、勉強以外では先輩が始めたアウトドアサークルの活動に力を入れてましたね。キャンプやバスツアーなど、最初は少人数で始めて、だんだんと規模が大きくなっていきました。最終的には300人規模になって、最初は「自分たちが楽しむためにやろう」だったのが、気づけば「もっと多くの人に楽しんでもらいたい」と思うようになって、参加者をどんどん増やしていったんです。運営は手配や準備でとにかく大変で疲れたんですけど、自分の関心、興味を突き詰めていったら、事業というかイベントも含めて人が集まって、そこで何かが生まれるというのは当時から感じていました。

――1997年に大学を卒業した後は、外食産業の会社に就職されました。3年ほど在籍していたそうですが、どのような業務を担当していたのですか?

日中は企画や店舗開発を担当するスーパーバイザーのような業務に従事していました。会社での勤務時間が終了すると、夜は店舗を回るという生活で。1日で20~23時間働くような日もありました(笑)。
もちろん大変ではありましたが、その中で多くのことを学ばせてもらったと思います。

様々な形態の飲食店を500店舗くらい展開していた会社で、その売上データがドットプリンタで出力された紙の資料を見て経営会議をしている。ABC分析のような形で、売れ筋商品を並べて、逆に売れていない商品はメニューから外す、という判断もされていました。でも当時は、それが本当にマーケティングなのか? という疑問もありました。現場の感覚とシステム上の売上データをうまく結びつければ、もっと見えてくるものがあったはずなのに、それがなかなか見えてこなかったんです。今であれば、CRM(顧客関係管理)などを使って、顧客の動向や購買履歴をもとに管理していくのが一般的ですが、当時はそういった仕組みはまだ存在していませんでしたから。その頃から、「これからはITの時代が来るんじゃないか」と感じ始めていましたね。

○IT時代の到来を予感してアメリカ留学へ

――そこでアメリカ留学に繋がるんですね。

そうですね。当時はまだダイヤルアップ接続の時代で、ISDNなどが使われていました。 日本では旧来の電話会社の回線を利用するのが一般的だったのですが、アメリカに行ってみると、すでにブロードバンドが普及し始めていて、その速度は日本の回線のだいたい1,000倍くらいありましたね。アメリカは進んでいたので、実際にこの目で見てみようと、ニューヨークに行って1年間情報学を学びました。


英語は全然できなくてゼロから。行ったらなんとかなるという気概で(笑)。NYではシェアハウスに住んでいたんですけど、ボロボロの古い建物なんですよ。でも、その家にはすでにモジュラージャックがいくつもあった。ストレス無くインターネットができる環境があったんです。

――2001年に帰国された後は、アメリカでの1年間の経験を生かしてIT企業に就職されます。

最初はゲームエンジニアとして仕事をしていました。お客さんと話していると、「実はこんなことで困っているんだよ」という声をよく聞いていて、それに対して「それなら、こういう仕組みで解決できるんじゃないですか?」と提案しているうちに、だんだんとプロジェクトマネジメントの方向へシフトしていきました。

ユーザーのニーズや課題を聞いて、それに応じたシステムを設計・導入する。まさにシステムインテグレーションの仕事ですよね。 その経験が、今の仕事にもつながっていると思います。なければ作ればいい、改善できるなら改善すればいい、という視点は、外食企業で感じた疑問や改善の経験とも重なっていて、自分の強みになっているのだと思います。
普通の人は「自分がこうなりたい」というのがまずあって、そこを目指していると思うんですけど、私の場合は目の前にある課題に没頭して、突っ込んでいく習性があるのかもしれないですね。

――その課題に向き合う姿勢は、地方創生の事業に繋がるところもあるのでは?

地方創生の"創"、創るとは何かというのを学べたというか。何かを作るときには、「どんな順番で進めるのか」「誰と一緒にやるのか」「コストやマネジメントをどうするのか」といったことが、すごく重要だと思うんです。 やっぱり、そういう部分には基礎となる考え方が必要ですし、もちろん一人では作れないので、いろんな仲間が関わってくる。中には、こちらから巻き込む人もいれば、自然と巻き込まれていく人もいる。 そうやって、いろんな人の力を借りながら、ひとつの"こと"が生まれていくんですよね。そういうプロセスの中で、自分自身が経験を通して教えてもらったこと、気づかせてもらったことがたくさんありました。

○上場を機に会社を退職

――IT企業には8年間勤務された後、独立して2009年に一般社団法人ノオトに参画されます。きっかけや経緯について教えてください。

8年目くらいになると、もう自分でも仕事を回せるようになってきますし、後輩たちもついてきてくれるようになって、チームを引っ張っていくようなポジションになっていました。 そうなると、「このまま会社員として、ずっと上を目指していくのってどうなんだろう?」と、ふと考えるようになりました。

2007年に会社が上場したんですが、気づけば、僕の中ではその「上場」が目的になってしまっていたんですね。
本来なら、上場はあくまでプロセスであり、手段のはずなのに、いつの間にかそこに向かって邁進してしまっていた。 自分は一度集中すると、一直線に突き進んでしまうタイプなので、気づいたときにはもうその流れの中にいた。それで、「じゃあ、これを機に次は何をやるべきか?」と考え始めました。

――そこで地元・篠山に目を向けると人口減少が続く地方の現実があった。

久しぶりに実家に帰った時に「あれ? ここ、本当に自分の知っている場所だろうか」と思ったんです。なんというか、雰囲気がまるで違っていて。子どもの頃は、たしかに田舎ではあったけれど、それなりに人もいて町にも活気があった。豊かさというか、賑わいがあったんですよね。 でも、久しぶりに帰ってみると、空き家が目立っていて、人の気配も少ない。「ああ、10年くらいでこんなに変わってしまったのか」と、強く感じました。
たまに帰省はしていたのに、その変化に気づけなかった。 それで、「一体、何が起きているのだろう」と思って、いろいろ調べ始めたんです。
調べていくうちに分かってきたのは、日本全体では2008年に人口がピークを迎えて、そこから減少が始まっているけれど、地方ではそれよりもずっと前から、人口減少が進んでいたということでした。

特に篠山のような町には大学がないので、高校を卒業した若者たちは進学とともに町を離れてしまう。 今になって思えば、それは当然の流れで、社会の構造として仕方のないことだったのかもしれないけれど、当時の自分は、そうしたことに課題意識を持つこともなく、気づこうともしなかったんだと思います。

地方の課題というのは、単なる統計やニュースの話ではなくて、自分のふるさとが、少しずつ、でも確実に失われていくという現実なんですよね。 僕にとっても、それはとても寂しいことだったし、きっと同じように感じている人は他にもたくさんいるんじゃないか。
○「集落丸山」のプロジェクトに参加

――人口減少や失われた街の活気……自分の故郷で直面した課題をどう解決すればいいのか、考えるようになったわけですね。

「具体的にどう進めていくか」という点についてはまだ明確ではなかったんですが、地元の商店経営者の方から一般社団法人ノオトの方を紹介していただいたことがきっかけとなって、2009年に「集落丸山」のプロジェクトに参加して、空き家を再生して一棟貸しの宿泊施設として営業する事業をスタートさせました。

村人の方々が運営するというスタイルだったんですが、村の人はパソコンを使える人が1人もいなかったので、来月オープンなのにホームページもない、クレジットカード決済も「怖い」という理由で躊躇している状況で。「じゃあ僕がやります」って感じでIT回りと広報・宣伝を担当することに。本来ならば村の人々に覚えてもらわないといけないはずですが、慣れない部分は「できる人がやればいい」という考えに至りましたね。

集客については、篠山市の宿が当時は単価6,000円から7,000円という中で、「集落丸山」は単価が1泊5万。普通にプロモーションしていたら、お客さんは来ないだろうと考えて、「この村の住民になりませんか?」というコンセプトで、"この村が限界集落を迎えていて、このままでは村が消滅するかもしれません。
でも毎日泊まりに来てくれたら村が存続するかもしれません"という発信をしていきました。宿の見せ方も"泊まる"ではなく"体験する"を打ち出していきました。

「集落丸山」は、ボランティアベースで進めたある意味1つの実験でした。その中で得た知見の1つは、観光資源がなくても人が来るということと、なんでもない古民家や空き家でも、お客様への伝え方を工夫して、しっかりとしたプログラムの体験として売れば、泊まりに来てくれるということが分かったことですね。

――「集落丸山」の後は順調に事業を拡大させていったのでしょうか。

いえ、この取り組みをビジネスモデルとして成り立たせるにはどうすればいいかという課題がありました。「NIPPONIA」というブランドができるのが2016年ですから、約6年間は試行錯誤の時期だったわけです。その間は、地域の物産イベント、レンタサイクル事業、婚活イベントなど、町作りに関することは色々と試しました。多い時は20プロジェクトくらいを同時並行で進めていて。どの事業が地域にとって一番効果があるのか、持続可能性があるのかを探っていた6年間でした。

その中で、地域に対する波及効果が一番高いのが、やはり古民家再生ではないかと辿り着いたんです。古民家再生は、シンプルに言うと"不動産開発"なんですが、資金が必要になりますよね。当時は地域がどんどん衰退していって誰も投資しない状況だった。だから、逆に投資が始まれば活性化できるんじゃないかと。「貴重な建物だから残しましょう」から「古民家再生はちゃんと事業として成り立ちます」という形に転換して、事業に携わった人は給料として報酬がもらえることで人とお金が回っていく仕組みを作ろうと考えたんです。
○「NIPPONIA」事業が10周年 3つの戦略

――そこで2015年に分散型ホテル「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を開業されるわけですが、資金はどのように工面されたのでしょうか。

金融機関からの融資を引き出すのは難しかったですが、事業計画をしっかりと提示していくうちに話を聞いてくれるようになって、融資を受けられるようになりました。自治体からの補助金はほぼ入れずに民間の金融機関の資金だけでリノベーションを実現できたんです。「篠山城下町ホテルNIPPONIA」は分散型ですから、上がった収益を再投資して宿泊棟を増やす。そうやって客室を増やしていきました。

――「篠山城下町ホテルNIPPONIA」のビジネスモデルを他の地域でも展開することで「NIPPONIA」事業を確立していきます。

「篠山城下町ホテルNIPPONIA」が軌道に乗ったことで、最初は門前払いだった銀行や自治体から相談を受けるようになったので、「NIPPONIA」というものを1つのまちづくりブランドにして、これまでに得た知見を活かして他の地域にも派生させることができるんじゃないかということで2016年に株式会社NOTEを設立することになりました。

――現在までに全国33地域で計約180棟の歴史的建築物を再生し、昨年で「NIPPONIA」事業も10周年を迎えられました。今後の展望をお聞かせください。

これまでは古民家を旅館や飲食店などの商業施設に再生する事業を進めてきたわけですけど、今後はその「居住版」を作りたいと考えています。今は人々の暮らし方にも様々なスタイルがあります。ホテルライクなサービスを受けながら、1年間で1カ月だけ住めるといったサービスとか。最初から住居用にしてしまうとなかなか持続しないので、一時的に宿にしていますが、元々民家だったわけですから住めるんですよね。実際に「宿泊施設」として運営していたものが、住みたい人が現れて居住用に戻るケースもあります。観光と居住は本来別の領域のように見えて、実はつながっている。観光業界と不動産業界は、コロナ禍を経てその違いがより鮮明になった一方で、両者の間に一本のラインがあり、互いに連続していることが見えてきています。

2つ目は、ホテルの「オペレーション」についてです。 現在は、いろんなプロの事業者や地域の人たちにお願いして施設の運営をしている部分が多いのですが、本格的にやるのであれば「NIPPONIA」としてのプロフェッショナルな運営会社を作る必要があるのではないかと思っています。そうしないと、地域にとっても「泊まってみたらすごく良かった、じゃあここに住もう」というような体験を提供できない。普通のホテルでは、そういう柔軟な対応はなかなかできませんからね。「部屋はありません」と言われて終わってしまう。でも、もししっかりとしたオペレーションを持つことができれば、もっと地域に根ざした新しい形の滞在や居住の可能性を広げられるはずです。

そして、3つ目は「ファンド」。事業を運営するにあたって資金調達に苦労するケースが多いと思います。ソーシャルインパクトボンドやESG投資などがありますが、社会的投資が十分に生まれているわけではありません。結局、儲かるところに資金が集まるのは当然ですが、本来であれば、海外のように社会的意義がある取り組みに対して大きな寄付や投資が集まる仕組みが必要だと思います。そうした領域も含めて、「お金を出して社会的意義のあるものを支援したい」という人たちを集め、資金を必要とする地域に投資を仕掛けるようなファンドを作る必要があるのではないでしょうか。僕らとしても、きちんと"リターン"をお返ししつつ、「何のために投資しているのか」という価値を明確にすることを大切にしています。投資してくださった方に「あなたの出資によって、この地域が守られ、残っているんですよ」と伝えると、とても喜んでいただけますし、社会に貢献している実感を持っていただけます。これまでのNOTEは金融の専門会社ではないため、資金を持ち込まれても対応が難しく、お断りをしてきましたが、最近は体制が整ってきており、新しい取り組みとして始めてみようかと考えています。
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