インフラツーリズムとは、公共施設や巨大構造物のダイナミックな姿や精緻な構造を間近に観察したり、通常はなかなか立ち入ることのできない施設や現場を見学したりして、日常生活では得られない視覚的・感覚的な体験を味わう小さな旅のスタイルである。

遠出をしなくても、都市のすぐそばにある“日常の外側”へアクセスできるのも魅力だ。
本コラムでは、筆者が実際に現地へ赴き、歩き、見て、感じたインフラツーリズムの現場を紹介していく。

2026年1月18日の日曜日。

神奈川県川崎市で建設が進む道路「尻手黒川線」のトンネル工事現場が一般に公開された。昨年(2025年)10月に続く2回目の公開で、今回は貫通を数日後に控えたタイミングでの実施。会場には朝から多くの市民が訪れて、お祭りのようなムードだった。

トンネル内部では、子ども向けの“パルクール鬼ごっこ”や3人制サッカーなどの催しも行われていた。完成前のトンネルを歩ける機会は珍しい。訪れた人は皆楽しそうで、現場は終始にぎやかな空気に包まれていた。

○尻手黒川線のトンネル工事とは

このトンネルは、住宅地の小さな丘を貫く比較的短いものだ。

工法は、大規模トンネルや地下鉄工事などで用いられる大型マシンを使ったシールド工法ではなく、地山をドリルで掘削し、ボルトや吹き付けコンクリートで段階的に補強しながら形を整えていくタイプである。

完成後は日常の風景に溶け込んでしまうであろうその空間も、工事の最終局面にある今は重機や仮設設備が並び、生々しい土木工事現場としての姿を現している。

尻手黒川線は、川崎市の東西を横断する都市計画道路だ。
市内を細かく分断してきた地形や既存市街地を縫うように結び、生活道路と幹線道路の役割を併せ持つ路線として位置づけられてきた。

計画決定は終戦翌年の1946年にさかのぼるが、一度にすべてが完成する道路ではなく、数十年にわたって区間ごとに整備が進められてきた。住宅地の拡大や交通量の変化、周辺環境への配慮といった経年変化する条件を踏まえながら、区間ごとに段階的な事業化が進められてきた経緯がある。

今回公開されたのは全長約290メートルのトンネルの東側工事現場だ。市街地と丘陵地が入り組むエリアを、安全に車や人を通行させるためのトンネルで、道路計画全体の中では限られた距離ながら、重要な役割を担うポイントである。

この区間でトンネルが採用されたのは、周辺がすでに住宅地として成熟しているため。地上に新たな道路を通せば、家屋の移転や環境への影響が避けられないので、道路を地下に通し、地上の土地利用や景観への影響を最小限に抑える方法が採られたのだそうだ。

○NATM工法による施工と現場の設備

トンネル内部に入ると、最奥部までそれほど距離がないことに気づく。

イベントのにぎわいを感じながら進んでいくと、工事現場特有の構造や設備、パネル展示などが目に入り、都市計画道路としての尻手黒川線が、どのような工程を経て形づくられているのかを目の当たりにすることができた。

トンネルは半円に近い形状だが、床面は円の直径よりやや下に設けられており、結果として上部にゆとりのある馬蹄形に近い印象を受ける。

トンネル掘削の先端、切羽(きりは)にはすぐに辿り着いた。ここをあと少し掘ると、向こう側で施行している部分とつながる予定なのだ。


トンネル掘削で採用されている工法は、NATM(新オーストリアトンネル工法)だ。掘削した部分にコンクリートを吹き付けて早期に安定させ、さらに岩盤の奥深くまでロックボルトを打ち込むことで、岩盤とコンクリートを一体化させる。地山そのものが持つ保持力を利用しながら、トンネルを支えていく工法である。

現場での施工は昼間のみで、1日に掘り進める距離はおよそ1~2メートルだという。会場に展示されていた「エレクター付き吹付機」は、アーチ状に加工した鋼材を所定の位置に建て込みながら、同時にコンクリートを吹き付ける装置で、この工法を象徴する存在だった。

トンネル内にはそのほかにも、掘削用の油圧ショベルや削岩機など、さまざまな重機が並んでいた。

「ドリルジャンボ」は、地山にロックボルトを打ち込むための下穴をあける装置で、NATMに欠かせない機械である。

加えて、大型の集塵機「ダストコレクター」も目についた。削孔や吹き付け作業で発生する粉塵を吸い込み、ダクトを通して外部へ排出する装置だ。粉塵を除去すると同時に、トンネル内には常に新鮮な空気が送り込まれ、安全な作業環境が保たれている。

○やがて生活道路になっていくトンネル

見学した1月18日の時点で、トンネルの掘削は東側189.5メートルのうち、およそ180メートルまで進んでいた。一方、反対側は山岳トンネルではなく、地上から掘り下げて構造物を築き、上部を埋め戻す“開削トンネル”として施工されており、1月21日に貫通する予定となっていた。


尻手黒川線は、都市の外縁を一気に貫くバイパスのような派手な道路ではなく、生活圏の中を連続的につないでいく道である。その一部であるこのトンネルも、完成後に特別な存在として意識されることはほとんどないのだろう。

多くの利用者にとっては、日常の移動の中で意識せずに通過する、生活道路の一部となるはずだ。そうした使われ方こそが、この道路、そしてトンネルに求められている役割である。

一般公開で目にした重機や仮設設備は完成とともに撤去される。舗装と内装が整えば、トンネル内部は均質な空間となり、施工の過程が意識されることもなくなる。日常的に利用されるインフラとは、そのように成立するものだ。

貫通直前の段階で内部に立ち入れたことで、このトンネルが「工事現場」から「道路」へと移行する、その過程の一端を見ることができた。数日後にトンネルは貫通し、来年(2027年)4月に予定されている完成後は、日常の移動を支える道路として供用される。

佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000~2009年は「smart」編集長。
カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドア、デュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)、『山の家のスローバラード 東京⇆山中湖 行ったり来たりのデュアルライフ』(百年舎 2023)ほか編著書多数。新刊『いつも心にパンクを。Don't trust under 50』(集英社)は2025年8月26日発売。
『いつも心にパンクを。Don't trust under 50』はこちら。
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