東京都では「チルドレンファースト」の社会の実現に向け、子どもの笑顔に繋がるさまざまなアクションを展開する「こどもスマイルムーブメント」を推進している。この取り組みの一環として1月27日、東京都足立区にある第十三中学校ではアンバサダーの伊集院光さん、尾木直樹さんによる特別授業が公開された。


テーマは「本が心を育てる」。そこでは、前のめりに聴く子どもの姿が見られた。

○伊集院光さん、尾木直樹さんが特別授業を実施

東京都では令和7年度に「こどもスマイルムーブメント」のアンバサダーによる特別授業を全5回の開催を予定している。当日は、足立区立第十三中学校の1年生から3年生が聴講した。

まずは伊集院光さん、続いて尾木直樹さんが登壇。それぞれ本との親和性が高く、伊集院さんは『名著の話 僕とカフカのひきこもり』(KADOKAWA)、『名著の話 芭蕉も僕も盛っている』(同)といった文学にかかわる本を上梓している。尾木さんは22年間、国語の教師をしていたことを背景に、2023年4月1日に東京都立図書館名誉館長に就任しているなど、本とのかかわりが深い二人である。
○伊集院さんは『の』を朗読

特別授業の1コマ目は「絵本の読み聞かせ」。伊集院さんが持参したのは『の』(作・junaida/福音館書店)だ。言葉と言葉の間にある助詞「の」に着目した絵本で、「の」により物語が時間・空間を越え思わぬ方向に広がっていく。伊集院さんが「文字がすごく少ないので、絵をいっぱい楽しんでほしい」と話すように、細部までディテールにこだわったイラストが、1ページ1ページていねいに描かれている。

伊集院さんは朗読しながら、「ポケットをよく見ると、お城の絵が描いてあります」「ベッドに青い布団がかかっているんですけど、このあおい布団がアップになり、海のように見えてきます。
さあ、想像の世界の中に入っていきましたね」などと、そのつど子どもたちの視線をイラストのディテールに誘導する。この絵本の楽しみ方について、伊集院さんは「自分のペースで読んでほしい」と話す。

「国語の授業だとスラスラ早く読むことがよしとされることもあるけど、この本は自分の好きなページはなかなかめくらなくてもいいし、もっと言うと、自分で想像の中でこれと同じお話が作れるのがいいところなんです。絵本を描こうと思ったとき、最初に『こういうふうに展開して、こういうふうに終わろう』と考えるのって、まあ大変なんです。僕も絵本を作ろうと思ったことがあるけど、挫折しちゃう。途中で続かなくなっちゃう。でもこれは『の』で繋がってさえいればどんな展開をするのも自由だし、めくる前に『この“の”は何に繋がるんだろう』と想像するのも楽しい」(伊集院さん)

『の』は、自由な発想力や想像力を養う本であると、伊集院さんが解説する。『の』を選んだ理由については、「国語のテストは文章をちゃんとしなきゃいけない。この本は『常識的にそんなことあるかよ』と言われるような話で展開されているけど、ちゃんとお話が繋がっているし、『絵本や物語の楽しさは、ひとつだけじゃない』ということを大人になってから思い出させてくれた本」だと語っていた。
○尾木さんはウクライナ民話『てぶくろ』を朗読

続いて尾木さんが朗読するのは、ウクライナ民話『てぶくろ』(作:エウゲーニー・M・ラチョフ/福音館書店)。サイズの大きな絵本を選んだことについて「後ろの人も見えるでしょ?」と気遣いをのぞかせながら、おだやかな声色で『てぶくろ』を朗読する。
その内容は――。


犬とともに雪が積もる森を歩くおじいさんが、片方の手袋を落としてしまう。その手袋の中に、ネズミ、カエル、うさぎ、キツネ、狼……と入り、それぞれ寒さから身を守ろうとする。さらにクマもやってきて手袋に入り、ぎゅうぎゅうのパンパン状態。その頃おじいさんが、手袋を落としたことに気づき来た道を戻る。するともぞもぞと動く手袋を見つけ、犬が吠えると動物たちが森の中へ散り散りに逃げていった――。

尾木さんがこの本を選んだ理由は「今ロシアと戦争をしているウクライナの民話だということで惹かれた」からだそう。

「ウクライナ民話の『てぶくろ』に対して、『おおきなかぶ』はロシア民話なんですね。それぞれアプローチは違うけど、みんなで力を合わせます。力を合わせて『おおきなかぶ』は成功するけど、『てぶくろ』は必ずしも成功とは言えない。この絵本にははっきりと書いていないからわかりづらいけど、無理をしたり無茶をすると平和が壊れちゃうよ、という終わり方なんです」(尾木さん)

そんな尾木さんの解説を受け、伊集院さんが「最後がわかりやすい本もあるけど、『わからない』ことも大切だと思う。どういうこと? と思った絵本って、意外に忘れられないもの」と『てぶくろ』の魅力を語っていた。
○二人が語る「本の魅力」とは

食い入るように聴き入る生徒もいるなか、二人が本の魅力について教えてくれた。


「引っ越しや大掃除のときにいちばん邪魔なのは本です。つい手を止めて読んじゃう。10年前に読み終えたはずの本を読んじゃう。そうすると、今の自分で感じることと、前の自分で感じたことを比べられるきっかけになります。テレビも楽しいけど、手元に残っている本もひとつの素晴らしさだと思います」(伊集院さん)

「本は本当に大変です。床が抜けそうになっちゃいますけどもね、今はAIがものすごく発達していてフェイクニュースを上手に作っちゃいます。どれが本当かな、これは嘘かな、そうじゃないかな、と疑わなきゃいけないような時代は生きにくいなと思うわけ。その点、本は裏切らない。第一次的な信頼できる対象物じゃないかな、と思うわけです」(尾木さん)
○中学生が選ぶ好きな本はどんな本?

アンバサダーがチョイスした本の朗読の次に行われたのは、生徒による本の紹介。4人の中学生が「好きな本とその理由」について事前に考え、発表してくれた。

1人目の1年生が選んだのは『クジラがしんだら』(作:江口絵理、絵:かわさきしゅんいち、監修:藤原義弘/童心社)。

アンケート用紙がテレビ画面に映し出されると、かわいらしいイラストが描かれていることがわかり、尾木さんが思わず「むちゃくちゃかわいい! クジラの目が優しくて、心がこもっていないとこの目は描けないよ」と絶賛。
そのテーマは「不思議な命の繋が」だといい、選んだ理由は「好きなサメが出てきて、深海が舞台だから」だという。なかでも「半年間何も食べていなかったサメが食べるシーンが、迫力があった」と、もっとも惹かれた場面についても話してくれた。

二人目の2年生が選んだのは『栄光のバックホーム』(著:中井由梨子/幻冬舎)。

現在、実写映画も公開中のノンフィクションで、阪神タイガースに所属した元プロ野球選手・横田慎太郎さんの半生記だ。野球を始めた中学時代から、プロ入りし夢を叶え、プロ野球選手として活躍していた最中に脳腫瘍と診断され、28歳という若さで天国に行ってしまう。「『諦めない』をテーマに講演活動をしていた」と教えてくれる彼がこの本を選んだ理由は「野球が好きだから」。「努力は嘘をつかない」「目標を持って目標から逃げず、自分を信じて」――といった本作に登場する横田さんの言葉が「心に刺さっています」と話した。

3人目の2年生が選んだのは『よだかの星』(著:宮沢賢治)

宮沢賢治が好きだという生徒。いじめや差別をテーマにした作品だから「読むべきだと思った」としっかりとした口調で話してくれた。

4人目の3年生が選んだのは『1500日 震災からの日々』(著、写真:岩波友紀/新日本出版社)。

2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災者の生活や復興工事の様子などを撮った本だといい、自身が「8日後の19日に生まれて、どのような震災だったか知らないので、詳しく知りたかった」と教えてくれ「どんな震災が起きても、強く、負けないように生きようと思った」と力強く話した。

それぞれの本について、伊集院さんはまず「『栄光のバックホーム』読みました! 僕と同じところで感動して、すごいと思った。
58歳のおじさんと君たちの代表が、『野球が好きだ』というきっかけで手に取ったのも一緒」と世代を超えて共感できる本の醍醐味について、感動をあらわにする。

「僕は横田選手のプレーを観たことがあるけど、お互いにプレーのすごさとか話し合えると思う。本ってそういう力があって。たいていはみんな、年齢や住んでいるところで分けられることが多いけど、全然関係ないところで同じ価値観で同じものを面白く思うことで、繋がりができるものだなと思いました」と本で繋がれる魅力を語る。

一方で尾木さんも「それぞれみんな、自分のものにしているというのがすごい。みんなよく自分の考えを自分でまとめて発表してくれたな、と思います」と生徒たちを称えていた。
○伊集院さん、尾木さんから子どもたちへのメッセージ

最後に生徒代表の二人からお礼の言葉があり、伊集院さん、尾木さんがそれぞれ子どもに向けメッセージを残した。

「テレビではあまり言ったことがないですけど、僕は小学校、中学校、高校にあまり上手に通えなくて休みがちで、最後は高校も辞めてしまいました。高校は足立区で、中学は出身の荒川区で、こういう学校の教室でみんなの前で感謝される日は、もう来ないんだって諦めていたんですけど、みなさんのおかげで今日はなにかを取り戻せたかな。こちらからお礼を言いたいくらいです。みんなが紹介してくれた本は絶対に読みます。1冊1冊、きちんと読みたいと思います。
みなさんのおかげでこうやって本が広がることになり、こちらこそ本当にありがとうございました!」(伊集院さん)

尾木さんは生徒を指し「僕はいくつくらいに見えます?」とクイズを出し、当てられた生徒は「60歳くらい」「50代」「83歳」など答える。

「僕は来年80歳になります。ほとんど50代、60代と言われて、実年齢を言うと『ええー!』という声が湧き上がるんですよ。なぜ若く見えるのかなと自分でも考えたら、君たちのような中学生や小学生、希望の塊であるみなさん、未来を生きていくみなさんと一緒にいることが多いからなんじゃないのかな。元気をもらえるの。一緒に希望を持つと人間っていうのは、命がだんだん元気になっていくのよ」

子どもも大人も関係なく、世代・職業・境遇……などさまざまなバックボーン無関係に繋がることができる本の魅力を、アンバサダーとともに再確認した1日だった。

(取材・文:有山千春)
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