東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の発生からまもなく15年。除染などの被災地の環境再生に取り組んできた環境省は、除染土の復興再生利用の推進を目指し、現在その取り組みを加速させる新たな段階を迎えようとしている。
2月4日、報道機関向けに実施された中間貯蔵施設(福島県双葉郡大熊町/双葉町)の現地見学会では、同省の担当者から2045年までの福島県外での最終処分の実現に向けた取り組みの現状が紹介された。
○大熊町・双葉町に中間貯蔵施設が整備された経緯
2011年3月、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質は広範囲に広がり、原発から30キロメートル圏内は避難区域となった。原発事故後に始まった福島県の環境再生事業は、環境省が中心となって放射性物質への不安を抱えることになった地域と、汚染された環境の再生を目指して進められている。
2012年7月には事故によって放出された放射性物質が付着した土を取り除き、道路などの表面を洗浄することで、生活環境の放射線量を低減する大規模な除染を開始。
福島県内の40万件以上の住宅や500平方キロメートルを超える農地などで行われた除染によって生じた大量の土壌や廃棄物を保管する仮置き場が県内各地に設けられ、2014年頃から中間貯蔵施設が本格的に整備されるに至った。
中間貯蔵施設は福島県内の除染で生じた土壌などを最終処分まで安全かつ集中的に管理・保管するために必要な施設群の総称。原発事故の被害を最も受けた大熊町と双葉町にまたがる約16平方キロメートルの広大な区域を有し、敷地内には「受け入れ分別施設」や「土壌貯蔵施設」、「減容化施設」「廃棄物貯蔵施設」などの施設が存在する。
県内各地から中間貯蔵施設に運び込まれた除染廃棄物の量は約1,400万立方メートル。大型トラックおよそ200万台分に上り、福島県内に1,300カ所以上あった仮置き場の問題は次第に解消された。
一方で中間貯蔵施設事業は福島県全体の復興のため、慣れ親しんだ土地や家屋を提供するという両町住民の重い決断の上に成り立っている。また、避難生活を余儀なくされるなど、原発事故による福島県民の重すぎる負担を踏まえ、除染で生じた除去土壌などは2045年3月までに福島県外で最終処分することが法律で義務付けられた。
しかし、その容量は膨大なため、県外最終処分の実現には放射能濃度の低い8,000ベクレル/kg以下の除去土壌(放射性物質濃度が1キログラムあたり8,000ベクレル以下の土)を、資材として安全に再利用することが重要となる。
復興再生利用の推進と県外最終処分実現に向け、環境省はさまざまな実証事業と県外最終処分の必要性・安全性の理解を得る活動を全国で行っている。毎年3月11日を前に環境再生事業の現状などを伝える報道機関向け見学会も実施してきた。
○「土壌貯蔵施設」を見学、道路盛土実証でのモニタリング結果は
今回実施された見学会では、除染土壌の中でも放射性物質濃度の低い復興再生土に焦点を当て、その貯蔵・保管場所の様子が公開された。最初に向かったのは除染作業で発生した除去土壌を貯蔵する「土壌貯蔵施設(大熊3工区)」。
福島県内各地の仮置き場から中間貯蔵施設に輸送された除去土壌は、中間貯蔵施設内の「受け入れ分別施設」で、草木などの異物を取り除かれた後、この施設で貯蔵されている(「受け入れ分別施設」で土壌から取り除かれた草木などの可燃物は焼却され、その灰は「廃棄物貯蔵施設」に貯蔵される)。
「土壌貯蔵施設」はいずれも古墳のように段々に盛られた堰堤と覆土に覆われた構造で、大熊町側に5工区分、双葉町側に3工区分の計8工区分が整備されている。中間貯蔵施設に搬入された約1,400万立方メートルの除去土壌のうち、約1,200万立方メートルが現在すでにこうした「土壌貯蔵施設」に貯蔵されているという。
貯蔵量が最も多い大熊2工区には約289万立方メートルが貯蔵されている。大熊3工区ではすでに約170万立方メートルの貯蔵が完了。黒いシートで覆われた場所は貯蔵の容量が残されている部分で、さらに約40万立方メートルほどを貯蔵できるそうだ。
土壌貯蔵施設には浸出水処理施設が併設されている。これまでの浸出水原水の放射能濃度の測定結果では基準を上回ったことはなく、大部分が検出下限値未満であることが確認されているという。
中間貯蔵施設に搬入された除去土壌等の容量は約1,400万立方メートル。そのうち4分の3が復興再生利用の対象の土壌となり、復興再生利用における用途拡大の検証も進められている。
中間貯蔵施設内の「道路盛土実証現場」では、6,400ベクレル/kgの復興再生土を2,700立方メートル使って盛土した歩道付き二車線の道路を造成した。
50メートルの本線部は25メートルずつ前後に分かれるかたちで、除去土壌のみの盛土部分と除去土壌に石灰などを混ぜて強度を上げる品質調整を行なった改良土を盛土部分も設けられており、大型トラックの走行試験などで構造物の安定性も確認中。復興再生土の路体盛土の上に被せた路床盛土は地下構造物の工事や作業で使用する深さを想定し、1.6メートルに設定されている。
なお、復興再生利用における「8,000ベクレル」という基準は、一般公衆の安全基準の「追加被ばく線量:年間1ミリシーベルト」を基準に定められたもの。
道路盛土などの復興再生利用では、復興再生土に直接触れて路体盛土の工事を行う作業員が最も影響を受けやすいと考えられるが、仮に1年間作業に従事したとしても追加被ばく線量の基準値を下回る設定だという。
本実証の施工後(覆土した状態)のモニタリングとシミュレーションでは、空気中や浸透水の放射性物質濃度などは検出下限値未満。周辺住民等の追加被ばく線量も施工前後で変化はないことが確認されている。
○昔から地域の人たちの心の拠り所になってきた神社も
もともと「受け入れ分別施設」だった東大和久建屋aは現在その設備を撤去し、復興再生土の一時的な保管場として使われている。
昨年9月・10月には、「土壌貯蔵施設」から試験的に一部開削した土や「受け入れ分別施設」からの土が混ざった復興再生土が、ここから霞ヶ関へ運ばれ、中央官庁の花壇等で利用された。
福島県内の除染で発生した土の多くは農地の表土から剥ぎ取られた黒土で、今後はこうした場所で土壌貯蔵施設から掘り出した土の袋詰めや、利用先の用途に応じた品質調整などの搬出作業が行われるという。
こうした中間貯蔵施設事業は、大熊町・双葉町の住民の大きな負担のもとに進められており、その用地取得の過程では地域の人々からの強い要望を受け、昔から大切にされてきた神社なども保存された。
大熊3工区の裏手に立地する海渡神社は、中間貯蔵施設の各種施設の建設のために小入野行政区にあった公営墓地の墓石などを移設。地元の人々が中心となって、現在も草刈りなどの手入れが行われ、春分と秋分の日には日隠山に沈む夕日を鑑賞するイベントも開催される。
同様に双葉町郡山地区の正八幡神社も、地元の人たちが草刈りなどの手入れをしており、毎年12月に祈祷祭が実施されている。平安時代後期に創建され、祭事が活発に行われていた神社で、地震によって倒壊した鳥居は2016年に再建された。
大熊町と双葉町は震災後、多くの地区が帰還困難区域に指定され、その時期も長かったが、近年は新たな商業施設などもでき、少しずつ復興の歩みを進めてきた。だが、その復興を支えてきた中間貯蔵施設が存在する地域に人々の生活が戻るには、未だ長い道のりが残されていることも忘れてはいけない現実だろう。
伊藤綾 いとうりょう 1988年生まれ道東出身、大学でミニコミ誌や商業誌のライターに。SPA! やサイゾー、キャリコネニュース、東洋経済オンラインなどでも執筆中。いろんな識者のお話をうかがったり、イベントにお邪魔したりするのが好き。毎月1日どこかで誰かと何かしら映画を観て飲む集会を開催 @tsuitachiii この著者の記事一覧はこちら











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