市谷の杜 本と活字館「明朝体展」レポート3回目です。今回はやっと、展示台の紹介です。


明朝体って何種類あるか知っていますか? - 話題の「明朝体展」レポート(1)
明朝体の歴史を体感できる巨大年表が圧巻! - 話題の「明朝体展」レポート(2)
現代から明治までを、代表的な明朝体でさかのぼる

「明朝体展」では、展示台で9つの書体が紹介されています。壁面の巨大年表と同じく、入口から奥に進むにつれ、新しい書体から歴史ある書体へと並んでいます。

時代順ということは必然的に、それぞれの書体が生まれた当時の制作技術順になっているということでもあります。具体的には、次のようになっています。

【新】
デジタルフォント (2010年以降):(1) 貂明朝
デジタルフォント (1990年代~):(2) 筑紫明朝 (3) ヒラギノ明朝
写真植字 (写植):(4) リュウミン (5) 石井明朝
活字 (ベントン母型彫刻機) :(6) 本明朝 (7) 岩田明朝
活字 (種字・電胎母型) :(8) 秀英体 (9) 築地体
【旧】

これらの各世代で、文字のデザインがどのように行なわれていたのかがわからないという方は、一旦、展示室の一番奥まで進むと「明朝体はどうやって作るの? 」というパネルがあり、時代によって方法が変化する文字の制作技術についての解説があります。

どの時代も共通するのは、実は1文字ずつ手で書いたり作業をしたりしながら作られているということです。

それぞれの展示台の内容については、実際に展示に足を運んでご覧いただくとして、ここでは、いくつかのトピックに分けて、展示の見どころを紹介していきましょう。
【1】デジタルフォントで明朝体の種類が一気に増えた! ……からといって、簡単につくれるわけじゃないのだ

今回の「明朝体展」の展示台で、もっとも新しい明朝体として紹介されているのがアドビの「貂明朝」です。リリースは2017年。貂明朝は、明朝体史上初 (市谷の杜 本と活字館 企画展担当・佐々木さん調べ) 、「かわいい明朝体」をコンセプトに開発された書体です。

明朝体の特徴のひとつに「縦画が太く横画が細いこと」がありますが、貂明朝の横画はかなり太く、縦画との差があまりありません。線の先端は丸くなっており、全体のフォルムとしてもぽってりとしています。


実は、わずかに2%、横長 (扁平) につくられており、そうした細かな特徴を積み上げることで、独特のかわいらしさを感じさせるデザインになっています。一方で、江戸時代の木版印刷など、日本の伝統的な文字文化も研究し、筆の流れをもたせた仮名になっていることも特徴のひとつです。

展示台を見ると、構想段階のスケッチや下書きなど、手書きの原図がたくさん並んでいます。最新の書体なのにこんなに手書きを、と驚く方もいるのではないでしょうか。

現在はもちろん、書体制作そのものはコンピューターを用いて行なわれます (使用ソフトはGlyphsやIKARUSなど、各社によって異なります) 。そして、開発書体やデザイナーによってもちろん異なるのですが、それでも、こうして1文字ずつ手で書きながら、その形を模索した末に書体がつくられていたりするのです。

それをさらに感じさせるのが、「ヒラギノ明朝体」(SCREEN GA) の展示でしょう。ヒラギノ明朝体は、2000年にApple社のMac OS Xに搭載され、スティーブ・ジョブズに「COOL! 」と賞賛された書体として知られるようになりましたが、実はリリースは1993年。DTPに使える最初の明朝体・リュウミン (モリサワ) がデジタルフォント化したのが1989年ですから、デジタルフォントの最初期に開発された明朝体ということになります。

ちなみに、いまサラッと書きましたが、DTPに使える日本語フォント・最初の明朝体はリュウミンで、1989年リリースでした。これ、テストに出ます!

閑話休題。ヒラギノ明朝体の制作を手がけたのは、写研から独立したばかりの鈴木勉、鳥海修、片田啓一の3氏が設立した字游工房。
それまで写植の書体をつくっていた3人が、初めて手がけたデジタルフォントです。

まだデジタルフォントの制作方法が確立されていなかったこともあり、字游工房は写植のときと同じように、全文字の原図を手書きしたといいます。展示されているのはごく一部ですが、私たちが普段iPhoneやMacで見ているヒラギノ明朝体は、もともとは手で1文字ずつ書かれて出発しているのです。

展示されている文字の向こうに数千(もっと? ) の手書きの原図があると想像すると、画面に表示されているヒラギノの見え方が変わってくるような気がしませんか?

【2】書体開発にコンセプトあり

その「ヒラギノ明朝体」は、約10年後、2004年にフォントワークスからリリースされた「筑紫明朝」と並んで展示されています。

このふたつの明朝体は、そのリリースの間に10年の月日が流れているというだけでなく、対照的なデザインです。

筑紫明朝は、もともと書籍の本文を組むためにつくられました。キュッと締まった骨格で、重心が少し上にあり、足が長く、スタイルがいい。筆で書いたときのようなうねりや、活版印刷のインキだまりのようなぽってりとしたエレメントを持ち、縦組みにしたときに独特の緊張感があって、組まれた文章からは活版印刷時代の本を読んでいるような、クラシカルな印象を受けます。

一方のヒラギノ明朝体は、雑誌やカタログ、広告のように、写真と一緒に使われることを念頭につくられました。スパッとしたハライの先端やウロコなど、非常シャープなデザイン。だからこそ、文字を組んだときにクールで都会的な印象になります。

「特にデジタル以降の書体では、そのデザインにコンセプトがあると感じてほしくて、対照的なこの2書体を並べて展示しました」
と企画展担当の佐々木さんは言います。

【3】原図=完成品となる時代の原図は、美しい!

「明朝体展」では、いくつかの書体の原図が展示されています。「原図」とは、おおもととなる文字の図面のことで、会社によっては「原字」とも呼ばれます。

デジタルフォントの現代では、手で原図を書いたとしても、最終段階まで仕上げることはなく、途中スキャナーで読み込んでデータ化し、コンピューター上で仕上げます。このため、鉛筆書きで中を塗りつぶさない状態の原図もあります (原図の段階でどこまで仕上げるのかは、会社や書体デザイナーによってさまざまです)。

一方、活字 (ベントン彫刻機時代) ~写植の時代は、原図がすなわち書体の完成品でした。手書きした原図を墨入れまでして仕上げ、それを撮影したものが直接、書体のおおもとになったのです。

「だから、そのまま完成品となる時代の原図は、本当に美しいんです」
企画展担当の佐々木さんは言います。

たとえば「リュウミンL オールドかな」(モリサワ) や、本明朝E II(開発はリョービ/資料はモリサワ所蔵) の原図がそうです。ヒラギノ明朝体はデジタルフォントですが、デザイナーたちが完成品のつもりで原図を書いているので、こちらも同じ。いずれも塗りムラがほぼなく、修正のホワイトもほとんど入っておらず、目をこらしてやっと、わずかに入ったホワイトや、手書きの痕跡が見えてきます。あまりに完成度が高すぎて手書きに見えないほどなのです。

同じリュウミンでも「リュウミンU」(モリサワ) は鉛筆で文字の輪郭をとったところまでになっています。
こちらは1990年代以降の製作のため、この状態の原図をコンピューターに取り込んで仕上げを行なったそうです。

写植書体でいうと、石井明朝体のところには「石井中明朝OKS」の原版 (写研) が展示されています。原版とは、紙に書いた原字を撮影して印画紙にし、それを1文字ずつ台紙に貼り込んだもので、これをそのまま撮影して文字盤にしました。

ボコボコした状態になっているのは、糊が経年変化したせいもあると思われますが、貼り込んだ後にも文字にホワイトでかなりの修正を入れており、いかにも手書きをした苦労の痕跡が見える原版となっています。

それはなぜでしょうか。

写研創業者の石井茂吉は、モリサワ創業者の森澤信夫とともに邦文写植機を開発し、文字盤については茂吉がメインとなって試行錯誤を重ねました。最初は活字の文字をそのままトレースして使おうとしましたが、印刷時に圧力をかけて文字が太る活字 (活版印刷) と、文字盤の文字を1つずつ撮影して印字する、写真の技術を用いる写植とでは、原図の再現性が異なります。だから茂吉は、写植で文字を美しく印字するための原図制作方法を、試行錯誤のうえ確立したのです。

「今回展示している石井中明朝OKSは、もともとは1933年にリリースされた明朝体です。この書体は、写植で文字をどうつくればいいのかという歴史そのものだと思うんです。なにが正解かわからない状態で、こうやってホワイトだらけで原版を製作した試行錯誤があったからこそ、のちに写研書体が大きな支持を得るようになっていく。すごい努力の人ですよね。
この原版からは、そんなすさまじい石井茂吉の努力が伝わってきます」 (企画展担当・佐々木さん)

紙に原図を書く手法は、一方は活版印刷に用いられる活字で、ベントン彫刻機導入の先駆者だった出版社・三省堂が中心となって確立し、もう一方は写植で、写研の石井茂吉が確立していきました。そんなことにも思いを馳せながらそれぞれの原図を見ると、その奥深い歴史に触れられた気持ちになるのではないでしょうか。

……さて、またもや長くなってしまいました。明朝体展レポート、まだ続きます。

(第4回に続く)

写真:杉浦志保(編集部)・雪 朱里

○【市谷の杜 本と活字館 企画展「明朝体」】

会期:2026年2月21日(土)~2026年5月31日(日)
監修:岡田一祐 (慶應義塾大学)
編集協力:雪 朱里
協力:翁秀梅、Hong Kong Open Printshop Limited、Monotype株式会社、株式会社SCREENグラフィックソリューションズ、アドビ株式会社、一般財団法人印刷図書館、株式会社イワタ、株式会社写研、株式会社モリサワ
展示デザイン:中沢仁美、大重頼士 (シービーケー)
グラフィック:大日本タイポ組合
主催:市谷の杜 本と活字館

●市谷の杜 本と活字館

東京都新宿区市谷加賀町1-1-1(大日本印刷)
開館時間:10:00~18:00休館:月曜・火曜 (祝日の場合は開館)

入場無料
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Instagram :@ichigaya_letterpress
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