高校生のときに出会い、互いにとってのかけがえのない人になりながら、一度は別れてしまった主人公・青羽紬(川口春奈)と佐倉想(目黒蓮)が、ふたたび出会い、現実を乗り越えようとするドラマ『silent』(フジテレビ系/毎週木曜22時)。完全オリジナル脚本による本作は、倍速視聴、ながら見のできないドラマである。
【写真】「倍速視聴」「ながら見」できないドラマ『silent』第9話を写真で振り返り
そもそもテレビドラマは、朝の忙しい時間に元気をプラスする、朝ドラ(連続テレビ小説)のように、“ながら見”も、いわば正しい鑑賞法だった。インターネットが普及して以降は、個人も社会も情報過多となり、何をするでもないのに日々があわただしいものに。比例してドラマ鑑賞の仕方も、倍速視聴する人が増えていく。リアルタイムから録画鑑賞、さらに配信へ。わけもなく時間に追われる毎日のなか、空いた好きな時間にドラマも情報として詰め込む。倍速で。例えばTVerでは再生速度を1~1.75倍まで選べるようになっており、倍速視聴はもはや普通のことだ。ここ数年の考察ブームにも、複数回の鑑賞をしつつも、「見た」と感じた場所は飛ばして進めてしまう人もいる。しかし『silent』で、それはできない。
■「倍速視聴」や「ながら見」では逃してしまうセリフの数々
前提として、手話や文字を使ってのコミュニケーションになることで、どうしても集中して画面を見ざるを得ない。さらに、そうした場面でモノローグを使うといった説明的な手法を取ることもない。加えて一言一句、逃したくないと思わせるセリフが多い。
だんだんと聴力が失われていく不安を、ただ誰かに聞いてほしかった想が、奈々(夏帆)と出会って、やっと気持ちを吐露できたシーンでの奈々の「音がなくなることは悲しいことかもしれないけど、音のない世界は悲しい世界じゃない」や、「プレゼントを使い回された気持ち」(ともに第6話)、「ありがとうって使い回してもいいの?」(第8話)など、奈々も名セリフが多い。そんな奈々に対してたびたび登場する、高校時代から「言葉」に関する作文を書くなど、「言葉」に敏感なはずの想からの、「奈々と手話だけで話せるのを目標にして手話を覚えた」「奈々にだけ伝わればいいから」(第6話)、「落ち着く」(SNSで公開された第3話未公開シーン)などの罪作りな言葉も飛ばせない引っかかりポイントになっている。
■後に生きてくるリフレインの効果
そして何より、本作ではリフレインによる効果が大きい。想から紬に向けた「うるさい」から伝わる真逆の温度感(第1話)。湊斗(鈴鹿央士)が何度も発する「想!」の呼びかけが、高校時代のふたりの関係ゆえだったこと、湊斗から想への友情からだったことの判明(第3話)。春尾(風間俊介)が湊斗に放った「ヘラヘラ生きてる聴者」は、かつて春尾自身が奈々からぶつけられた言葉だったこと(第1話&第8話)。また奈々と春尾のエピソードとしては、奈々が想の前でしていた「リュックのファスナーをわざと閉め忘れる」という行為が、春尾との思い出から来ていたこと(第8話)。さらには、実は偶然による重なりだったという、湊斗がベランダから放したてんとう虫(第3話)と、想が小さな男の子と心を通わせた図書館でのシーンに登場したてんとう虫の図鑑(第7話)も、真摯(しんし)なつくりが呼んだ奇跡だろう。
■倍速では“感じきれない”キャストたちの丁寧な芝居
重要な演出要素である音楽を多用せず、ベタな盛り上げ方をしない選択も、本作の世界観に合っている。第1話冒頭の雪のシーンや、第5話の紬と湊斗のスマホでの決別シーンなども、あくまでも静かな劇伴だからこそ、登場人物たちの心情がこちらに沁(し)みてくる。
こうした脚本や演出をキャストたちの丁寧な芝居が生かしきる。