「毛」――それは、CGでの表現が最も難しいもののひとつとして、長らくクリエイターたちを悩ませてきた。だが人類は時間と労力をかけ、着実に技術を進歩させた。
【写真】“毛”の細かさが半端ない! 『ライオン・キング』“モッフモフ”ギャラリー
■“毛”の再現は難しい
映画におけるCG表現は1982年公開のSF映画『トロン』から本格的に導入されたと言われている。そして1990年代に飛躍的に進化を遂げ、『ターミネーター2』(1991)や『ジュラシック・パーク』(1993)などのCG表現は世界的な注目を集め、それぞれ大ヒットを記録した。以降、現在に至るまで進歩を続けたCGは、今や映画のどこに使われているのかわからないほど自然に映像の中に定着し、大掛かりなものから、ちょっとした合成や処理など、まさに映画に無くてはならないものになった。
そんな映画におけるCG表現だが、中でも特に難易度が高かった表現のひとつが“毛”だ。映画への本格登場から40年以上が経過したCGだが、こと“毛”においては、なかなかリアルなものが生み出せなかった。CGの成長が著しかった90年代から2000年代でさえ、実写映画においては、基本的に毛に覆われたものは実物をそのまま出すか、極力毛の少ないCGに限られてきたと言っていい。
なぜ毛の表現がそれほど難しいのか。我々が普段何気なく目にし、特に意識もしていない“毛”だが、例えば風が吹けばそれぞれ独立して動き、光の反射もそれぞれ異なるという複雑なものである。それをCGで表現するには、毛の1本1本をキチンと描いた上でバラバラに動かし、それぞれの光の反射も表現しなければ、人間の目にはリアルに映らない。
例えば、“ドライヤーで髪を乾かす”というシーンがあったとして、実写ならそれを撮影するのはたやすいが、CGでそれをやるとなると途端にハードルが上がるということだ。人間の髪の毛の数は約10万本と言われており、全身毛むくじゃらの猫に至っては、約100万本。
90年代のCG黎明期から2000年代の過渡期は、映像処理を行うコンピューターの性能が追い付かず、とにかく制作に時間がかかった。例えば、2001年公開のフルCG映画『ファイナルファンタジー』は、主人公の女性・アキのリアルな描写が話題を呼んだが、髪の毛約6万本を描き、そのCGたった1秒間を完成させるまでに36時間のレンダリング(CGの映像化作業)時間を要したという。もしパソコン1台でやろうとした場合、30年近くかかる計算になる。当然パソコン1台では到底終わらない作業になるため、前述の『ジュラシック・パーク』などでは、CG制作会社は一般社員のPCまでかき集め、勤務時間後に朝までレンダリング作業を行っていたほどだ。
CGの登場によって、確かにできることは増えた。しかしそれを完成させるまでにあまりに時間と労力がかかりすぎる。要するに割に合わない。それが特に毛のCGだった。
■CGをさらに進化させた、フルCGアニメーション
そんな毛のCG表現を着実に進化させてきた大きな要因の一つが、ピクサーを含むディズニーアニメだろう。
“髪の毛”が大きくフィーチャーされた作品と言えば、2010年公開の『塔の上のラプンツェル』である。同作のヒロインであるラプンツェルの大きな特徴は、とても長い髪の毛。
さらに2013年の『モンスターズ・ユニバーシティ』では、主人公のひとりである毛むくじゃらの巨大モンスター、サリーが前作に続き登場。ここでは異常なまでにモフモフなサリーが描かれ、その毛の本数は実に約540万本! これは2001年に公開された前作『モンスターズ・インク』の5倍にあたる量で、CG技術の進化が窺える。映画は1秒当たりに696時間のレンダリングを要するという途方もない労力が注ぎ込まれた。
さらに2016年に公開された『ズートピア』は、『ライオン・キング』と同様、登場人物は動物のみ。これまで“毛むくじゃら”が登場するのは一部のシーンだけだったが、『ズートピア』ではほぼ全編に渡る。これまでディズニースタジオは2008年ごろに開発された毛の表現ソフトウェアを使用していたが、旧来のソフトではこの作品に対応できず、よりリアルな毛の表現を実現するために新たなソフトウェアが開発された。スタッフが「毛の量に力を注いだ」というように、膨大な労力が注がれたその出来栄えはすさまじく、本作でCGの毛の表現は新たな時代に突入したと言っていいだろう。
■ついに毛の表現史上最高峰に到達した超実写版『ライオン・キング』
そして、満を持して“究極”ともいえる毛の表現に到達したのが、今夜放送の超実写版『ライオン・キング』である。
本作に登場する動物は60種類以上、その数は9000を超え、描かれた毛の数はなんと6億本。レンダリング作業には合計で7700万時間を要し、もし1台のパソコンで作業した場合8790年かかる計算になる(!)。
毛の表現はもちろんだが、さらに驚くべきは、実写に見せるための撮影プロセスだ。本作は、なるべく実写の映像に近づけるためにVRでのロケを敢行した。これがどういうことかというと、まずスタッフは実際にアフリカのサバンナへ行き風景写真をたくさん撮影する。それを持ち帰ってVR空間内でアフリカのサバンナを再現し、そこに簡易的なCGの“動かせる動物”を配置、VRゴーグルをつけたスタッフたちは、実際の撮影のように仮想空間のアフリカでロケし、CGの動物たちに演技をつけて撮影したという。
カメラアングルも実写っぽいものに抑えられ、CG映画にも関わらず実写映画の撮影監督が撮影を行い、毛はもちろんのこと、皮膚と毛の多重構造、影、絡み、濡れ、汚れなどをさらにリアルにするべく、新しいプログラムも開発された。これらによって、全くCG感のないCG映像が生まれたというわけだ。
CGによる毛の表現は、ディズニーがこれまで培った経験とあくなきリアリティの追求によって、本作で究極のリアリティに到達した。しかし、昔に比べてコンピューターの処理速度が上がり、新たなソフトウェアが開発されても、そこに膨大な労力が必要になることに変わりはない。まさにこれまでのCGスタッフたちの汗と涙の結晶が本作なのである。
そんな最新の技術と膨大な労力によって生み出された“究極のモッフモフ”を、金曜ロードショーでご確認いただきたい。(文:稲生D)
映画『ライオン・キング』は、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて今夜12月30日21時放送。