宝塚歌劇団雪組で娘役として活躍し、2020年に退団した早花まこ。在団中からその類まれなる観察力と文才を生かし、機関誌「歌劇」における連載「組レポ。」で人気を集めた彼女が、初の著書『すみれの花、また咲く頃 タカラジェンヌのセカンドキャリア』(新潮社)を上梓した。
【写真】退団から3年―さまざまなメディアで文筆活動を続ける早花まこ
◆宝塚OGのセカンドキャリアに感じたバイタリティー
WEBマガジン「考える人」での連載をまとめた本書は、早花が同時代を駆け抜けた同志である宝塚OG9名にインタビュー。早霧せいな、仙名彩世、香綾しずる、鳳真由、風馬翔、美城れん、煌月爽矢、夢乃聖夏、咲妃みゆと、トップスターから専科生まで組も学年も超えた顔ぶれが、現役時代の葛藤やコンプレックス、喜びや思い出、さらには卒業後の挑戦などについて語る。
登場する“元タカラジェンヌ”のセカンドキャリアは、変わらず女優として活躍する者、会社員として働く者、学生、主婦、海外に新天地を求める者など十人十色。どんな現役時代を経て彼女たちが現在の道を選ぶに至ったのか、著者・早花の飾らないキャラクターだからこそ聞き出せた、等身大の素直な言葉の数々が収められている。
――今回の企画を最初に聞かれたときは、どのような思いを抱かれましたか?
早花:“書かせていただけることがうれしい!”という気持ちでいっぱいでした。しかも、その題材が宝塚のOGの方に取材に行けるということで…。私は卒業するときにOGの方からお話を聞くことがたくさんありまして。宝塚に18年いると、その後のことがなかなか想像つかなくて、その時に一番参考になったのがOGの方からうかがったお話だったんです。連載ということでプレッシャーもあったのですが、たくさんの方にお話を聞けるんだというのがすごくうれしかったです。
――ご登場の9名は、早花さんと雪組でご一緒されていた方はもちろん、他組、他学年でご共演経験のない方もいらっしゃいますね。
早花:素晴らしいOGの方がたくさんいらっしゃる中で、今回セカンドキャリアについて聞いていきたいというテーマがあったので、セカンドキャリアとしてご自分らしく歩んでいらっしゃる方ということにテーマを置いて、この9人の方にお声がけさせていただきました。
――実際にお話を聞かれてみると、いかがでしたか?
早花:本当にパワフルでバイタリティーにあふれた9名の方でした。でも、取材させていただくと、皆さん最初からなんでもできたり、心が強かったわけではなく、未熟さやコンプレックスと戦い、上級生の方やスタッフさんから叱咤激励され、だんだん強くなっていった。そしてセカンドキャリアに進むときに、あれだけ舞台に全力を注げたのだから次も行けるだろうという思いで人生を歩まれている。そうした心の強さ、パワフルさの土台は宝塚からきてるのだろうなという印象を受けました。
コンプレックスや、弱点、欠点に苦しんだ方が自分の輝き方を見つけられるのかなとも思いました。傍から見るとうらやましいほどの長所なのに、ご自分ではそうじゃないと感じられていたり…。そこを「ま、いっか。褒められてるし」とせず、ちゃんと向き合い、なんとか変わろうとし続けているということが、今回取材させていただいた皆さんに共通していることでしょうか。
――取材していく中で、特に大変だったところはどのあたりでしょう。
早花:その方のお言葉をたくさん伝えたいということはもちろん、言葉だけを切り取るのではなく、皆さんの佇まいやお話し方、いらっしゃるだけでバイタリティーが伝わってくるそのパワフルさを、お伝えできたらいいなと思ったんです。
ただそうすると、言葉をそのまま書き写したり、ただ描写するだけでは伝わらないものがあり、私の感想や思いだけになってしまってはいけないけれど、私の視点で見たその方の魅力やエネルギーを文章にしてお伝えしたい。でも、どの方も表現の仕方が違うので、お一人お一人の魅力がどうしたら伝わるかなというところは試行錯誤した感じでした。
◆元タカラジェンヌには宝塚で培った土台が息づいている
――今回の本で、特に伝えたいという思いはどんなことになるでしょうか。
早花:そうですね…。コンプレックスやどうにもならないこと、苦しいことにぶち当たった時に、彼女たちがどう足掻き、どう葛藤して、どんな支えがあって、どう乗り越えたかというところですかね。そして卒業してセカンドキャリアを歩まれるにあたって、思い切りが良かった方も迷いがあった方も、それぞれの出来事や言葉に、宝塚で培った土台みたいなものが生かされているところがあったので、そこを読んでいただきたいです。きっとどんなお仕事や人生の方にも当てはまるような、背中を押されるようなところがあるのではないかと思います。
――特に印象に残られてる方はいらっしゃいますか?
早花:こんなふうに、宝塚受験前からのお話をじっくり聞くことは初めてだったので、皆さんにギャップと言いますか、発見があって。
特に、夢乃さんは、星組さんにいらしたときからバリバリのかっこいい男役スターさんで。在団中から家庭を持ちたいという夢を話してくださったことはあったんですが、もともとお兄ちゃんみたいな感じでとっても面倒見がよく、そういう意味では、あったかいお人柄を知っていたので、お母さんになるというイメージはそんなに遠いものではなかったんです。
でも、実際に3人のお子さんを育てていらっしゃる夢乃さんとじっくりお話すると、本当にセカンドキャリアに進まれたんだなということを実感しました。努力を重ねられたからこそ、ご自分が思い描いた生活にたどり着かれていて…。きっと楽しい明るいお母さんになるんだろうなと思っていましたが、その姿を実際に拝見すると、とても新鮮な気持ちになりました。
――在団中、楽屋などで卒業後の進路について皆さんでお話されたりするものなのですか? 本の中では、香稜さんが「卒業後はスパイダーマンになりたい」とおっしゃったとのエピソードもありましたが…。
早花:あれはびっくりしました!(笑)。親しい人同士で「こういうことをやってみたいんだよ」っていう話はしたりするんですけど、私の周りは、目の前にある舞台に全力投球する方が多くて、そういう(退団後の)お話もするんですけど、あくまでもずっと先の、“それはまた別のお話”という感覚が強くて、なかなか具体的な話にはならなかったですね。
――逆に、「OGの〇〇さん、△△してるらしいよ」といった退団後の近況については伝わってきますか?
早花:それは耳に入ってきます。そういう活躍しているOGの方の話を聞くと勇気づけられますし、「あぁ、いろんな道があるんだな」と、在団中はすごく励みになっていました。
◆コロナ禍の始まりと重なった卒業公演 手探りの中に感じた団結力
早花は、2020年3月に『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』で宝塚を退団。18年のタカラジェンヌ生活に終止符を打つ卒業公演は、コロナ禍の始まりと重なり、東京公演は大半が中止となった。
――ご卒業公演は、2月頭までの兵庫・宝塚大劇場での公演は何事もなく完走したものの、続く東京宝塚劇場での公演は、残念なことになってしまいました。当時は、どんな心境でしたか?
早花:みんな手探りでしたが、そんな中でも団結力とか、なんとか幕を開けようという思いを強く感じました。なにより、お客様が応援し続けてくださったことは励みになりましたね。
(東京の)千穐楽は奇跡的にできたんです。ライブ配信もしていただいて。卒業する公演だし特別ってそれまでは自然に思ってたんですけど、みんなにとって大事な公演となり、みんな同じ思いで舞台に向かっているんだなというのを恥ずかしながら初めて気が付きました。
コロナ禍はまだ現在進行形ですけど、世界中が大変化したときにちょうど卒業のタイミングとなり、だからこそ、退団後の3年はすごく学びが多かったなって感じています。
――2002年の入団から18年。卒業を決められたきっかけは何だったのでしょうか。よく鐘が鳴るとお聞きしますが…。
早花:言いますよね。それが早花、全然鳴らなくて(笑)。いつ鳴るんだろうって思ってたんですけど。いろんなお役をやらせていただいたのですが、宝塚を好きな気持ちはずっと変わらなかったんですよね。これは自分で区切りをつけないと、どうやら鐘を鳴らしてくれる人はいないと気づき(笑)。とっても素敵な場所で皆さんもあったかいし、このままだとずっと続けられてしまうから、自分で区切りをつけて次の人生に進まないと終わらないなと気づいたので、自分でこの時期がいいかなと思って卒業を決めました。
――18年間の宝塚生活の中で、転機となった作品はどの作品になりますか?
早花:なんだろう…。『星逢一夜』と『ドン・ジュアン』ですかね。『星逢一夜』は、私、お母さん役をやるのが目標でもあり憧れだったので、雪組の日本物でお母さんをやらせていただけてすごくうれしかったです。あと、夜鷹もすごくやりたかったのですが、その2つが(2役演じることで)叶ったという、「こんなことある?」っていう奇跡の作品だったんですよね(笑)。
上田久美子先生の作品だったのでお稽古がとても厳しかったんですが、それだけ良い作品を生み出して、みんなで頑張るっていう経験ができたので、すごく思い出深いですし、出演できてよかったという作品でした。
『ドン・ジュアン』は、真逆と言いますか、新しいこと、未知のことに上級生も下級生もみんなが挑戦して、日々朝から晩までお稽古に没頭した作品だったんです。舞台も集中力のある、面白い作品だったなと思ってます。私、自分の出た作品を映像であまり観ないんですけど、『ドン・ジュアン』は普通に観たくなって、観返してしまいますね。
◆伝説の連載「組レポ。」 組子の器の大きさに助けられた
――早花さんといえば、「歌劇」で連載されていた「組レポ。」の話題も避けて通れません。舞台上ではあんなにカッコいいトップスターさんの、お稽古場やオフタイムの珍エピソードを愛とユーモアあふれる筆致で綴られていました。
早花:毎月、苦しみでしたね。ネタや書くお話はあるのですが、書くのがすごく遅いので締め切りに毎月遅れまくりまして…。
――特に早霧せいなさん、望海風斗さんという早花さんと宝塚音楽学校で予科本科だったトップさんとのやりとりは毎月楽しみにしていました。
早花:大丈夫だったのかな…。どうなんだろう…(笑)。おふたりとも書いていいって許してくださって、本当に優しかったですよね。あんなに恥ずかしい話をどんどん毎月書かれても怒らない、むしろ「私、こんなことしてるんだね~」って読んで笑ってくださる。トップさんも、下級生の方も、ご本人も気付いていないことを勝手に書かれて、事後報告されることが多かったのに、皆さん器が大きかったです(笑)。
――文章を書かれるのは、昔からお得意だったんですか?
早花:得意ではなかったですけど、読んだり書いたりは子供のころから好きでした。文章を書くのはずっと続けられたらいいなと思ってます。小説などの創作もしてみたいですね。視野をなるべく広く持って、いろんなお仕事に挑戦したいなって思ってます。
宝塚にいたころにはあんまり思っていなかったのですが、私って“やや”打たれ強いんだなと最近思うようになりまして(笑)。在団中は根性もなく弱いなって自分では思っていたんですけど、知らず知らず鍛えられていたようで、文章に関してもどんどんダメ出ししていただきたいし、ダメなところを知りたいタイプ。そこは自分に甘えずにいきたいなって思っています。
ほかには演劇を好きな方や俳優さんと詩の朗読会をやることを細々と続けています。朗読をしたり、詩を読んだりすることも私なりに続けていきたいなと思います。
――早花さんの88期、最後の同期生となる光月るうさんが間もなく卒業されます。
早花:私は、光月さんの演技がとても好きだったので、それを宝塚の男役として見られなくなるっていう寂しさがあります。彼女は本当に男役さんとして表現しつつ、組長という立場で月組さんをまとめてきたのを本当に尊敬していたので、お疲れ様でしたという気持ちですね。
――“元タカラジェンヌ”の先輩として何かアドバイスはありますか?
早花:ないですよ~。むしろ、光月さんから教わりたいくらいですよ(笑)。
そうだなぁ…。私が卒業すると言った時に、あるOGの方が「退めた先輩として言えることは全然ないけど、ただ言えるのは、『退めてもけっこう楽しいよ』」って言ってくださったんです。退める前って自分に何ができるんだろう、何もできないんじゃないか、宝塚で培った友達とか親しい人を一回失っちゃうんじゃないかと、とても不安で寂しいんですけど、その言葉がすごく心の支えになったんですよね。
大変なことや戸惑うことももちろんたくさんあるけど、退めてみたらそこにはまた新しい楽しさもあったし、宝塚での思い出も消えるわけではなくて、ついてきてくれるので。伝えるとしたら、「退めてもけっこう楽しいよ」――その言葉を贈りたいかな。でも、光月さん普通に楽しそうだから、あんまり必要ないかも(笑)。遠くから見守り、ご無事の退団を祈っております。
(取材・文:編集部 写真:高野広美)
早花まこ著『すみれの花、また咲く頃 タカラジェンヌのセカンドキャリア』は新潮社より発売中。価格は1650円(税込)。