『クレヨンしんちゃん』『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』『進撃の巨人』『メガロボクス』『ゴールデンカムイ』など人気アニメに出演する声優・細谷佳正。実は、デビュー当時から数々の海外映画&ドラマで日本語吹き替えを担当してきた“吹き替えのエキスパート”でもある。

その細谷が『ジャスティス・リーグ』『ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット』に続き、音速で疾走するヒーロー、フラッシュ役で続投を果たしたのが、フラッシュの単独映画『ザ・フラッシュ』(6月16日公開)だ。母親の死を防ぐために時間をさかのぼったフラッシュ/バリー・アレン(エズラ・ミラー)が、並行宇宙でもう一人の自分と遭遇。自分の行動が原因で世界の運命が変わりつつあると知り、大厄災を止めようと奔走する――。2人のフラッシュが活躍する独自性あふれる本作に、どう挑んだのか。細谷に吹き替えの裏側を聞いた。

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■本当に大変だったアフレコの裏側

――『ザ・フラッシュ』は2人のフラッシュが登場するなど、サプライズ満載の物語になっています。
細谷さんは内容を知った際、どう感じましたか?


細谷:実は僕も皆さんと同じタイミングで本国の予告を見て、「フラッシュが2人いる」と知ったんです。

――そうだったのですね!

細谷:そのときに思ったのは、自分はやっぱり声優なので「2人のフラッシュを自分一人で演じるのか?それとももう一人、演者さんを立てるのか?」が気になってしまって。それが第一印象でした(笑)。

――細谷さんは「吹き替えの際に、台本の自分のセリフにマーカーを引くこともある」とお話しされていましたが、今回はマーキングだらけになるほどのセリフ量だったかと思います。アフレコはどのように進められたのでしょう?

細谷:今回の音響監督は三好慶一郎さん(『ジャスティス・リーグ』ほかDC作品を多数担当)が務められているんですけど、三好音響監督とは若い頃からお仕事していて。僕のコンディションを気遣ってくれて「どっちがやりやすいですか?」と聞いてくれました。
僕は、主人公のバリー・アレンを全部とった後に、マルチバースのバリーをとりたかったんです。でも、吹き替えのセリフとエズラさんの芝居がマッチしているのかを、アンディ・ムスキエティ監督が気にされていて、事前に確認したかったらしく、部分的に主人公のバリーとマルチバースのバリーを一緒にとりました。

――細谷さんはムスキエティ監督の『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』でも日本語吹き替えを担当されていますよね(ジェームズ・マカヴォイ演じるビル・デンブロウ役)。こちらでは吃音の表現に苦労されたとおっしゃっていましたが、『ザ・フラッシュ』のバリーは早口が特徴的なキャラクターです。今回も『IT』とはまた違った大変さがあったのではないでしょうか。


細谷:そうなんです。とにかく早口で、すごく大変でした(笑)。いやぁ、本当に大変で…(笑)。芝居に関しては一度つかんでしまえば大丈夫なんですけど、翻訳されたセリフ自体が足りない部分が結構ありました。セリフを言い終わっても、まだ画面上ではバリーがしゃべっていて。不自然になってしまうから変に伸ばすこともしたくないし、僕から提案したり、三好音響監督から「このセリフを付け足そう」と指示されたりしてやっていきました。
収録時間も結構かかりました。映画で、主人公が1人で、それなりにセリフ量があっても収録自体は数時間あれば終わる。でも今回は、丸2日かかりました。

――2役の演じ分けも入ってくるし…。

細谷:ただ『ジャスティス・リーグ』でもバリーをやっていたから、ゼロから作っていません。エズラさんが演じ分けていますし、僕はそれに付き添っていくだけなので、「役を作る」という大変さはあまりなかったですね。


――細谷さんは『トワイライト』や『ダイバージェント』といったシリーズものでも吹き替えを担当されていらっしゃいますが、役者が年齢を重ねていくのに従って、芝居も変わっていくものなのでしょうか。

■『ジャスティス・リーグ』は6年前 役作りに変化は?

細谷:それは意識していません。映画の中で、よっぽどおじいちゃんになって登場してきたとかであれば変えるんですけど、『ザ・フラッシュ』は『ジャスティス・リーグ』からそんなに時を経ていない設定で始まっているので、変えるという意識は持ち込まないようにしました。ただ、今回の収録前に三好音響監督が『ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット』の吹き替え版をもう一回見せてくれたときに、硬いし変な真面目さが出てるなと思いました。今はもっとできると。

――『ジャスティス・リーグ』は2017年、『ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット』は2021年に公開/配信されました。
細谷さんが初めてフラッシュを演じられたときから、約6年が経過しています。


細谷:もうそんなに経ったんですね。

――その上で今回、役作り的なものはどのようにされたのでしょう。本編ではフラッシュ/バリー・アレンの過去を含め、より人物像が掘り下げられていますよね。

細谷:僕は「役作り」という言葉がすごく照れくさくてあまり使わないタイプなんですけど、それは多分自分が大したことをやっているという自覚がないからだと思うんです。今回の映画は「母親の命を救いたい」と「父の無罪を証明したい」という想いが強く描かれていて。バリーは「自分はバットマンの後始末係」みたいなことをおちゃらけていうんですけど、『ジャスティス・リーグ』の時とは微妙に違っていました。バリーのおちゃらけの奥にある“理由”を知ることができて。目の前で母親を亡くして、父親がその容疑で捕まっているのはすごくショッキングな出来事だと思うんですね。そのことが彼の内面に影を落としていて、それを人に見せないためにおちゃらけているんですよね。自分の母親を救うために過去に戻ってからは、主人公然とした「目的があって成功させるために動く」という面が強まって、いままでのバリーとはまた違った真面目な姿が色濃く描かれていて。マルチバースのバリーは目的がなくて、無責任で思いついたままペラペラしゃべる。そういう意味では今回演じたバリーは違っているので、大変だったけど、演じ分けという意味ではやりやすかったです。

――本日は貴重なお話、ありがとうございます。最後に、細谷さんが吹き替えを行う際に大切にしていることを教えてください。

細谷:やり方はどんどん変わっているんですけど、いま僕が大事にしていることは、考え方ですね。劇場作品とかだとみんながリップシンクを気にするようになって、「口の形に合っているか」を重視すると思うんですけど。夢のない話を言ってしまうと英語と日本語は言語表現が全く違うので合うわけがない(笑)。じゃあどうやって雰囲気や空気に合わせていくのかって考えたときに、最近は演者さんの口じゃなくて目を見るようになりました。まず目を見て、そこから周りを見て芝居をするようにすると、雰囲気が自然と似通ってくるような気がしていて。自分がいま吹き替えをやるなら、このやり方が最善なのかなと思っています。

(取材・文:SYO 写真:池村隆司)

 映画『ザ・フラッシュ』は6月16日より世界同時公開。