7月14日から公開されている、宮崎駿が監督を務めたスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』。映画レビューサイトでは星5と星1に評価が二分し、称賛と混乱の声があふれていることでも話題だ。

今回は本作の“混乱ポイント”の1つながら強い印象を残した3種類の鳥たちについて考察してみたい。※以下、ネタバレを含みます。ご了承の上、お読みください。

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 宮崎駿監督にとって、10年ぶりとなる長編映画として公開された本作。事前の宣伝がほとんどされなかったにもかかわらず、公開から3週間が経つ今も多くの人が劇場に足を運び、SNSでは考察合戦が繰り広げられている。物語は、主人公の少年・眞人(声:山時聡真)の目線で進む。第二次世界大戦のさなか、火災で母を失った眞人。母の実家がある田舎へと引っ越すと、そこで異世界に迷い込んでしまう。異世界での冒険の中でさまざまな出会いを経て、眞人は元の世界へと戻っていく。いわば、宮崎監督流の『不思議の国のアリス』とも言えるストーリーだ。

 眞人を異世界にいざなう“青サギ”をはじめ、本作には印象的な鳥たちが。ここからは、そんな鳥たちについて考えていきたい。


■二面性を持つ青サギ→眞人のもう1つの心?

 『君たちはどう生きるか』のポスターに描かれた白い鳥、“青サギ”(声:菅田将暉)。眞人が暮らす屋敷の周りを飛び回っては、眞人に「自分と一緒に来い」とささやく。水面を飛ぶ美しい姿とは裏腹に、その声はしわがれてどうにもうさんくさい。

 ポスターでも、くちばしの下からのぞくもう1つの目が気になったが、実はこの青サギ、美しい鳥の着ぐるみのようなものをかぶった醜い“サギ男”だった。「青サギはウソしか言わない」というセリフもあったようにすぐにウソをついては眞人をだますが、時折本当のことも教える。「いつでも食ってやる」などと脅しながらも眞人がピンチになったら必死で助ける。そして眞人をたぶらかす存在だった青サギは、最後には“友人”となるのだ。

 見た目も中身にも多くの二面性を抱える青サギは、眞人が心の奥に飼っていた存在なのかもしれない。本作において、現実世界と異世界をつなぐ存在として働く青サギ。眞人を危険にさらしたのも事実だが、彼の「本当の母に会いたい」「現実から逃げ出したい」といった心を満たしたのもまた事実。忙しく自信に満ちた父と、優しいが距離のある継母と暮らし、学校にはなじめない…そんな眞人が抱える本心を具現化し、代わりに吐いてくれる“友人”、それが青サギという存在だったのではないかと考える。

■仕方なく命を奪うペリカン→戦火を生きる“兵士”?

 異世界に迷い込んだ眞人が最初に出会うのが、大量の“ペリカン”。
眞人を押しつぶさんとばかりに飛びかかり群がってくる。次の登場シーンでは人間の“元”となるかわいい「ワラワラ」たちを容赦なく食いまくる。横暴で残酷な行動に、眞人も怒りをあらわにした。どちらのシーンでも、ペリカンたちは火によって追い払われていく。

 火で撃ち落とされ、大けがを負ってそばに落ちてきた老ペリカン(声:小林薫)に眞人は「なぜあんなひどいことをするのか」と問い詰める。すると老ペリカンは、自分たちはこの世界を作った者(眞人の大叔父)に連れてこられた存在であることや、この世界の海には十分な食料が無く、ワラワラを食べなければ一族が絶えてしまうこと、他の地を目指してもなぜか同じ場所に戻ってきてしまい、子孫たちはやがて高く飛ぶことも忘れてしまった…と語った。

 自分たちの意思に反し元のすみかを離れたこと、生きるため仕方なく他者の命を奪うこと、自分たちも火によって殺されてしまうこと、そしてそのループから抜け出せなくなってしまったこと、これらを考えると、筆者にはペリカンが戦火の中で戦い続ける兵士に思えた。『君たちはどう生きるか』は、第二次世界大戦中の物語。ペリカンたちは戦争を拒否することのできない兵士たちであり、どんなに傷を負っても戦争を繰り返してしまう世界を暗喩していたのではないだろうか。

■世界を壊すインコ→我々の姿…かもしれない

 さまざまな解釈のある本作だが、主人公の“敵”を挙げるなら「インコ」だという解釈は一致するのでは。眞人が迷い込んだ異世界では、インコは我々が知る小さくてかわいらしい姿ではなく、大人の人間と同じくらいの背丈でなんだかゆるいフォルムをしている。まるで遊園地で子どもたちを迎える着ぐるみのようではあるが、その手には大きな包丁やのこぎりなど、彼らの元に迷い込んだ“食料”を解体するための恐ろしい道具が光る。


 インコは異世界の中心となる建物にぎゅうぎゅうになって住んでいて、それぞれが料理や警備など自身の役割をこなしながら暮らしているようだ。そして現在の“悪意のない世界”に反発し、自分たちがもっと生きやすい世界になるように結託、代表者の“大王”(声:國村隼)と呼ばれるちょっとスマートなインコが、異世界を作った眞人の大叔父に直談判に訪れる。その結果、世界の構造に“悪意”が混じり、崩壊を招くこととなる。

 自分たちの元にやってきた“食料”をどん欲に食いつくしては、好き勝手なことをピーチクパーチク言うという意味では、我々観客こそインコであるともいえるのではないか。眞人が迷い込んだ異世界には、これまでのジブリ作品のオマージュと思われる場面が多々見られた。このことから「異世界=ジブリ作品」だと見るならば、作品を享受しておきながら批判的な声を投げ、作品に自分たちの意思をねじ込もうとして文化の崩壊を招く、そんなファンの悪い面こそインコたちの姿であると言えるのかもしれない。

■私たちはどう生きるか せめて「インコ」にならないように

 『君たちはどう生きるか』で登場した3種類の鳥たち。彼らは皆、“変化”を求めるが得ることができない者たちだ。青サギは、誰にも理解されず辛い状況を変えたいのに声をあげることができない抑圧を抱えた眞人の心。ペリカンは、他者の命を奪わず平和に暮らしたいのに戦いを抜け出せない兵士たち。そしてインコは、自分たちに都合のいい世界(作品)を求めた結果、その世界そのものを失ってしまうファンの悪意。

 変化というのは未来への希望でもあるが、結果として絶望をもたらすこともある。
しかし私たちは変化なしには前に進むことはできない。『君たちはどう生きるか』の世界を飛び回る鳥たちは、大叔父の作った“異世界”という鳥かごの中から我々観客に「そちらの世界で君たちはどう変化していくか」を問いかけているように感じる。そしてそれは、御年82歳の宮崎監督から我々へのメッセージでもあるだろう。この先、“宮崎アニメ”がもう生まれなくなる世界で、私たちはどう生きるのか。せめて世界を壊すインコにならないよう、生きていければと思う。(文:小島萌寧)

 映画『君たちはどう生きるか』は全国公開中。

※宮崎駿監督の「崎」は「たつさき」が正式表記。

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