2023年10月16日、ウォルト・ディズニー・カンパニーが創立100周年を迎えた。世界初の長編カラーアニメーション『白雪姫』に始まり、これまでディズニーが届けてきた長編アニメーション作品は全61作品。
【写真】バレンティノ風カラーの衣装に身を包んだ山寺宏一
■小学生の頃からディズニーとつながりが
ーー今年声優38年目の山寺さんですが、『美女と野獣』で野獣の日本版声優を務めたころはまだまだ若手だったと存じます。こうしてディズニー作品に携わる前は、山寺さんにとってディズニーはどんな存在でしたか?
山寺:テレビで昔、ウォルト・ディズニーさんが冒頭に出てくる番組が放送されていたのを今も覚えています。故郷が田舎なのであまり映画館に通った方ではなかったのですが、いろんなアニメーションを見ていたので、ディズニー作品は大好きでした。あと、実は小学生の頃に読書感想文を書く時間があったのですが、ウォルトさんの伝記を読んで書きました。
ーーすごいめぐり合わせですね。そこから『美女と野獣』がディズニー作品の声優第1作目に。
山寺:『美女と野獣』のオーディションの時はまだ若手でしたし、お声がかかっただけでうれしかったのですが、大作の劇場アニメーションですから、野獣の役は自分には無理だろうと思っていました。声優になってディズニー作品に携わりたいというのは、誰しもが思うことじゃないかなと思うのですが、オーディションに受かって、「早々にかなっちゃったな」と浮かれたことを覚えています。でも自信はなかったですね。自分で大丈夫なんだろうかと。
ーーそんな不安を感じさせない、優しさ、恐れ、強さ…キャラクターのすべてが詰まった野獣でした。
山寺:ロビー・ベンソンさんのオリジナルの野獣は、もっと低い声だったんです。なので「ここまで低く作ったほうがいいんですか?」と聞いたんですけど、「加工するからそんなに無理して低くしなくていいけど、やれるならやって」と言われて(笑)。
ーー(笑)。そんな山寺さんは今年1月に、東京ディズニーランドの『美女と野獣』の城の前で撮影した写真付きで、「おれんち! 寄ってく?」とXに投稿したのも話題になりました。あれは山寺さんにしかできない投稿だなと。
山寺:調子に乗ってあんな投稿してしまいました(笑)。『美女と野獣』のアトラクションのために収録をしたときも、久々に野獣を演じるのでもっと作り込もうと思ったんですけど、「もうみんな映画見てるので、それと同じでお願いします」と言われました。今だったらもっと低い声で野獣を作れたと思うんですけど。
ーーあの時の野獣のままでした!(笑) それから『美女と野獣』以降で山寺さんの重要な役柄と言えばドナルドダックです。もともとダックボイスができた状態でオーディションに挑んだとか。
山寺:そうなんです。ダックボイスで鳴き声だけは友達に教えてもらっていたんですけど、むしろ鳴き声しかできなくて。それでも「しゃべれなきゃダメだから」と言われた上に、オーディションを受けた人の中でダックボイスができた人が他にいなかったみたいで、練習しなければならず、ダックボイスのことしか考えない日々が続きました。昼も夜も練習し、お風呂でやっているときに少しずつつかみだして…結局形になるまで数ヵ月かかりました。その間、6回くらいオーディションを受けたのですが、途中から他の人が受けなくなっていって(笑)。最後僕だけが残り、なんとかOKが出ました。
ドナルドの声で日本語を話す人もそれまでいなかったわけですから、オリジナル版のクラレンス・ナッシュさん、トニー・アンセルモさんの声を聞いたのと、あとインドにも上手な人がいると聞いてその方の音源も借りて、とにかく練習しました。
ーードナルドのみならず、スティッチもそうですが、キャラクターの声をつくる作業と発声方法を習得しなければならない作業は消費するエネルギーが違いそうです。
山寺:そうですね。あくまでもオリジナルの方と同じ発声方法で同じような音を出さなければならないので、完全にモノマネです。声帯模写の域ですね。
ーー改めてプロフェッショナルを感じます。
■ディズニー声優として大切にしていること
山寺:『ワンス・アポン・ア・スタジオ -100年の思い出-』のためにこれまで演じてきたキャラクターの声を新たに収録したのですが、実はロビンさんの声が使われていることは収録した後に知ったんです。続編の『アラジン ジャファーの逆襲』やテレビシリーズでは、ダン・カステラネタさんが声を担当していて、あとモノマネがすごく上手い方もいるので、てっきりそのうちの誰かが収録したのかと。ドナルドも元祖のクラレンスさんと聞いて、驚きました。
今回収録した一人ひとりのセリフは短かったのですが、『ワンス・アポン・ア・スタジオ -100年の思い出-』の最後のシーンは圧巻ですよね。みんなが集合した写真は、すごく大きなサイズで欲しいくらいです。売っていたら結構な額出します! 大きな1枚でキャラクターを一人ひとりじっくり眺めたいです。
ーー同感です! そして数々のディズニー作品に携わってきた山寺さんが『ウィッシュ』で演じるのが、子ヤギのバレンティノです。字幕版では“アメリカ版山寺さん”と言っても過言ではない、多数のディズニー作品で声優を務めているアラン・テュディックが演じました。生まれたての子ヤギという見た目に対して、低くて深みのある声の持ち主というギャップに驚いたのですが、どのように役作りをしたのでしょうか?
山寺:僕が日本版アランさんと言ったほうが正しい気がします(笑)。今回はアランさんの元の声がありつつ、声質が違いますから、引っ張られすぎないように無理せず役作りをしました。アランさんの感情表現を基にバレンティノの映像も作られていると思うので、ニュアンスは寄せて作っています。
バレンティノは、もともとしゃべれるようになる前の鳴き声はかわいいんですけど、スターのいたずらなのか、本人もびっくりするほどの低い声で。かわいらしい見た目ながら、人生経験豊富なおじさんのようにどこか達観していて、でも生まれて3週間しか経っていない。そういうところが魅力だと思うのですが、それをどうやって声に落とし込むのかは非常に難しかったです。
しゃべりには子ヤギ要素は残していないんですけど、気持ちだけ、まだ生まれて3週間で全部知っているわけじゃないということは意識しました。途中で簡単な数を数えられなくなるシーンもありましたから(笑)。ただのおっさんになってはいけないと、肝に銘じながら演じました。
アランさんは、ものすごく緊迫した場面でも、少しホッとさせてくれるような緩急の付け方が上手で、字幕版を見ている人がバレンティノの一言で「ここでくすっと笑うんだろうな」と思えるシーンは日本版でも笑ってほしいと思い、“笑いを狙わずに狙いに行く”ということは気を付けました。
ーー『美女と野獣』から『ウィッシュ』まで30年以上、ディズニーが100年あるうちの約3分の1を声優として山寺さんは関わってきたわけですが、一貫してディズニー作品の吹替えで大切にしていることはありますか?
山寺:ありがたいことに、こんなにたくさんのディズニー作品に携わらせていただいているのですが、「また山ちゃんか。同じじゃん」なんて言われることもあるんです。だからこそ、今までたくさん演じていることなんて関係なく、バレンティノはバレンティノとして作品の中で輝かないといけないと思っています。毎回プレッシャーをすごく感じるのですが、吹替えた声が作品をダメにしてしまうのは簡単なことだと思っています。
ディズニー・アニメーションは洗練されていて、出てくるキャラクターがどれも魅力的。
(取材・文:阿部桜子 撮影:クランクイン!編集部)
ディズニー・アニメーション最新作『ウィッシュ』は全国公開中。