AIが進化し、情報が複雑に絡み合う現代社会を舞台にした日本×台湾共同製作映画『キャンドルスティック』が公開される。デジタルネットワークを通じてつながる男女たちが、「AIを騙す」という前代未聞のミッションに挑む本作で、元天才ハッカー・野原を演じたのは俳優・阿部寛。
撮影は日本、台湾、イランと国境を越え、監督には映像作家としても注目を集める米倉強太が抜擢された。「MEN'S NON‐NO」の後輩とのタッグ、そして国際合作という新たな挑戦の現場に挑んだ阿部の心境を聞いた。
【写真】年齢を重ねて迫力増した? 阿部寛 変わらぬスタイルも
■台本を読んだ感想は「掴みどころがない」
川村徹彦の原作『損切り:FXシミュレーション・サクセス・ストーリー』(パブラボ刊)をもとに描かれる本作は、金融投資のデジタルネットワーク世界を舞台に、一攫千金を狙う男女の駆け引きを描いた異色作。映画タイトルのキャンドルスティックとは、金融商品の価格変動をローソクのような形で視覚的に表した価格チャートの一種。元号が「平成」から「令和」へと移る瞬間、世相騒然を利用して、ネットでつながった彼らは、大金を手にするためにネットワークの門番「AI」に挑む。
原作はありつつも、映画は独自の展開を見せるため、クランクイン前にはあえて原作を読まないように指示があったという。阿部は台本を読んだ第一印象を「掴みどころがない」と率直に語る。「まるで大海原にゆだねられているような世界観」で、不思議な物語に飛び込むことに面白さを感じたという。AIを騙すという設定も、今だからこそ成立する発想で、「10年後に見たらあり得ないと思う部分が面白い」と話す。
撮影は日本、台湾、イランで行われ、各国のキャストはそれぞれのパートを個別に演じた。どう演技してくるかわからない中で、「自分のパートに集中した」と振り返る。
監督は「MEN'S NON‐NO」専属モデルを経て、今回が長編デビューとなる米倉強太。
「話し上手で力の抜けた雰囲気が現場でも頼もしかった。一緒に仕事ができて本当に楽しかった」と笑顔で語る阿部。創刊当時の同誌でモデルとして活躍した阿部は「『MEN‘S NON‐NO』からついに監督が誕生し、その監督作に出演するという現実が起きるとは。しかも広告映像やMVの芸術畑から出てくれたのもうれしい。二つ返事で引き受けました。そのあと台本を読んだら『掴みどころがないな』って(笑)」とうれしそうに話す。
完成作を観て「素晴らしい合作」と舌を巻いた。「まるで別々の映画が1つになっているよう。アジア、イラン、ハワイの3地域の映画が混在し、それぞれのシーンが魅力的。イランパートはまるで本国の映画のようで、ハワイでは犯罪チームの一員が母と暮らす場面がとてもおかしかった。ネットでつながる構成が絶妙で、まるで3人の監督が撮ったかのよう」と絶賛する。
映像についても「とても美しい映画」と評価する。
「これまでの映像作品で培った映像美へのこだわりは想像していたが、人物の捉え方も美しい」と話し、例えばYOUNG DAIS演じるFX講師の世界にも深みがあり、「俳優それぞれの個性が引き立つ。先ほど言った通り、まるで大海原に浮かんでいるような感覚の映画。台本を読んだ時に感じた印象を、どう映像にするか想像できなかったけど、完成した映画を観て、素晴らしいと思いました」と賛辞を惜しまない。
完成した映画を観ると、阿部演じる野原の恋人・杏子役の菜々緒の透き通るような美しさが強く印象に残る。また杏子の元夫・功を演じた津田健次郎の知性と色気がにじむ姿にも惹きつけられる。ちなみに阿部と津田は冒頭シーンの喫茶店で緊張感のある共演を果たしたが、現場では声優業への尊敬について語り合うなど、和やかな時間を過ごしたようだ。
■孤高の天才・野原は「自分でも捉えきれてはいない」
阿部が演じた元天才ハッカーの野原は、言葉少なで謎多き人物。「自分でもこのキャラクターを完全には捉えられていない。でも、それでいいと思った」と語る。野原を演じるにあたり、20年ほど前にテレビの特集で見た天才数学者をイメージしたと明かす。「1週間誰にも会わず、食事もせずに難問を解き、その後失踪してしまう。その繊細さや異質さが印象に残っていて。
だから、日本語セリフが少なかったのはむしろ好都合だった。言葉で表す人物ではない部分を表現したかった」と振り返る。
過去に一度裏切られ、服役した野原の複雑な心境にも触れる。「天才としてその世界のトップにいながら、騙されたという自責の念があり、単なる復讐者ではない。それは他者というより自分への復讐。その感情や悲しみが、彼の後ろ姿に出ていたと思う」。
沈黙の中に葛藤を秘める野原。言葉よりも深く観る者に何かを投げかけてくる、そんな野原を体現した阿部だが、「僕とは全然ちがう(笑)。僕は裏切られたら感情が出てしまうから。こんな風に冷静で、ミステリアスにはなれない」と笑った。
作中、英語のセリフにも挑戦した。本作とは別の作品でたまたま準備していた英語力も役立ったそうだ。
「今回の作品ではアメリカ育ちの日本人で俳優経験もある方が現場についてくれて、日本人の癖を把握し、僕の特徴に合わせて調整してくれたのがとても助かった」と述べ、英語で演技をすることについては「小さい頃から観ている海外作品の身振り手振りなんかを、自分で表現できるのが楽しい。でも正解かどうかはわかんないけど(笑)」とおどけた。
■「緊張される」年齢になった
今年はドラマ2本、映画3本の主演と、多忙を極める。「役柄を見ると落ち着いたものが増え、なるほどなと思う。でも、自分的には年齢をあまり意識していない。でもいろんな年代の役をやってみたい」と意欲を見せる。
変化は他にも。「最近、緊張されるようになった(笑)。前はもっと気楽にツッコミが来てたけど、今は『どうしよう』と迷う空気を感じたり。自分では変わっていないつもりでも、迫力が出てきたのかなと思うことが増えた気がします」。
それでも「自分から話しかけるようにしている。ただ、無理にほぐそうとはしない。
今は圧と感じられる時代ですから」と配慮も忘れない。
今回、初長編に挑む若手監督とのコラボとなったが、ベテランと言えるキャリアを持っていても、現場での姿勢に変化はない。「監督の説明を聞いて、こう表現すればいいんだなと。こういうのはどうか、と提案することはあっても、教えてあげるということは全くない。監督が世界観をしっかり持っているから、そこにお邪魔させてもらっているという感覚」と話していた。
阿部寛の静かな存在感が作品を貫く『キャンドルスティック』。年齢を重ねても彼の挑戦は止まらない。(取材・文:川辺想子 写真:高野広美)
映画『キャンドルスティック』は、7月4日より全国公開。
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