いよいよ新章が幕を開けた。8月8日より公開された『ジュラシック・ワールド/復活の大地』。

オリジナルの『ジュラシック・パーク』公開から32年の時を経て、再びスピルバーグが再始動させた本作は、シリーズの大ファンと公言するスカーレット・ヨハンソンを主演に迎え、マハーシャラ・アリやジョナサン・ベイリーなど名俳優が脇を固める。手に汗握る展開から、心温まる瞬間まで、シリーズのエッセンスを加えながら本作を映像化したのは『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』や『ザ・クリエイター/創造者』で知られる、監督ギャレス・エドワーズ。そしてシリーズ第1作目と第2作目の脚本を手がけたデヴィッド・コープが本作に復帰した。そんな2人にインタビューを実施。後半では緻密なキャラクター開発や劇中に登場する恐竜について語ってもらった。(※恐竜についてのネタバレがございます。ご了承の上、お読みください。)

【写真】迫力の恐竜たちが続々登場!

■スピルバーグ監督の『ジョーズ』がすばらしい理由

──本作は恐竜が登場しないシーンでも、登場人物の会話や関係性で魅せるような展開になっている点が印象的でした。このシリーズや本作におけるキャラクターの重要性について、どうお考えですか?

デヴィッド・コープ(以下、デヴィッド):キャラクターは大切にしなければいけません。キャラクターを気にかけなければ、ただの軽いショーになってしまう。ですから、その部分には多くの時間と労力を注ぐ必要があると考えています。本作においては、スピルバーグ監督の『ジョーズ』が良い例です。
あの作品には完全に理解し、共感できる3人の個性的なキャラクターが存在します。しかし、関連書籍を読めばわかるように、それらの登場人物を生み出す過程は非常に苦しいものだった。しかし、3人の優れた俳優がキャスティングされ、完璧なものとなった。

私たちもその作業に心血を注ぎました。これは本当に大変な仕事で、時には俳優から少し反発を受けることもあるんです。なぜなら、「すばらしいティラノサウルスが登場するのだから、私たちも同じ画面に立つ者として、それに負けないように存在感を示さなければならない」とプレッシャーを感じさせるからです。時には「もしかしたらカットされるかもしれない」と思わせることもあります。また、『ジョーズ』モデルのもう一つの特徴として、長い間サメの姿を直接見せないという点がある。だからこそ、サメの存在が暗示としてとどまっている間、登場人物たちが十分に魅力的でなければならない。

ギャレス・エドワーズ(以下、ギャレス):以前『GODZILLA ゴジラ』という映画を作った時、ゴジラが登場するまでに長い時間をかけすぎたせいで観客に怒られたことがあります(笑)。それで改めてストップウォッチを持って『ジョーズ』を観てみたんです。サメが姿を見せるのはだいたい1時間20分くらいのところで、しかもほんのわずかな登場でした(『GODZILLA ゴジラ』でのゴジラ本格登場は55分頃から)。
僕の作品を傑作の『ジョーズ』と比べているわけではないですよ? ただ、計算してみたら映画全編でサメが画面に映っているのはたった4分ほどでした(ゴジラは8分弱)。比べていませんけどね。

■監督の最も難しい仕事について

――観客はたくさん要求しますね(笑)。

デヴィッド:みんな欲しがるけど、全部は手に入れることはできない。子どもがクッキーをもっとねだるのと同じです。袋丸ごとはあげられないんだよ、体に悪いから。4つまでならいいけど、それでもたくさんのクッキーだってね。私も『ジュラシック・パーク』が公開された時、12歳の子どもたちから手紙の束が届いて、みんな「映画の大ファンだ」って書いてくれたんです。ただ、手紙の最後には「次の映画では島に着くまでにあんまり時間をかけないでね」って言われましたよ(笑)。

ギャレス:脚本を読んだ時点で、キャラクターが良いってことは監督の立場から言えば最高の仕事ができるということなんですよね。たとえば映画を最後まで仕上げて、それを観客が観に行ったとする。でも「ビジュアルはよかったけど、登場人物が嫌いだった」とか「キャラクターはどうでもよかった」とか「物語はイマイチだった」とか言うんです。
そして僕が思うに、監督として最も難しい仕事は、“これら”が起こるのを防ぐことなんですよ。これらをその作品の共通認識として持たせてはいけないんです。

──なるほど。

ギャレス:だから今回、脚本を読んだ時、本当は気に入りたくなかった。嫌いだったら映画を作らなくて済むから(笑)。ところが最初の15ページを読めば、書き手が何をしたいのかわかるものですが、僕は読みながら「くそっ、これはめちゃくちゃ面白くなるやつだ」と思って、結局最後まで読んでしまいました。一番驚かされたのは、読んでいて全ての登場人物のことを本当に理解できたことなんですよね。三次元化されたみたいに、非常に具体的だったんです。

映画作りにおいて一番苦労する要素の全てが、もう皿の上に乗っていると感じた。それは本当に魅力的なことで、なぜなら自分の仕事……つまり視覚的な部分を加えれば上手くいくって最初からわかるからです。

■「Dレックス」と「ミュータドン(Mutadon)」の誕生背景

※以下、恐竜についてのネタバレがございます。

──「Dレックス」や「ミュータドン(Mutadon)」の話もお聞きしたいです。
とにかくビジュアルが印象的でした。


ギャレス:もちろん脚本の中で「こういう姿」ってことは言及されています。だからビジュアル化の過程は、例えるなら犯罪を目撃して警察署で事情聴取を受ける時、「犯人はどんなやつだったか」って聞かれながら職人に似顔絵を描いてもらう、みたいな感覚でしたね(笑)。そして僕にとってホラーにおいて興味深いことは、観客に何かを提案してもそれを“見せない”ことです。観客は怖いと言う。「では何が怖いのか」と聞くと、「クリーチャーが怖い」と言うんです。「ではなぜそれを怖がるのか、それがどのように見えるのか」と聞いても、彼らはそれを描くことができない。何らかの感情を抱えていても、それが何なのかわからない。そういう風に、どんなものかわからない方が強力なものになるんです。

だから映画の中でモンスターを完全に明らかにしようとすることは、逆効果だと個人的には感じます。観客の想像力は、おそらく最も大きな武器となるから。私の友人に『ダーク・ナイト』や「ハリー・ポッター」シリーズなど多くの大作を手がけたクリーチャーデザイナーがいるんですけど、彼はデザインのことを「まるでディズニーワールドで最後の駐車スペースを探しているようなものだ」と言っていました。
すばらしいモンスターのデザインを作っても、まだ誰もやったことのないデザインがあると誰かが無責任に言うものだから、まだ空いているスペースがあると思って探してしまう。しかしそうすると、スペースは見つからず、ぐるぐる駐車場を回っているだけになってしまうと。

──興味深いですね。

ギャレス:Dレックスは僕の頭の片隅になんとなくビジュアルがあって、想像ができました。しかし、ミュータドンはどこから始めればいいかわからないくらい、難しかった。実は映画の制作を始めた初日、最初に会議をした会社はおもちゃ会社のマテルだったんです。「なんで?」って聞くと「おもちゃ制作のために(恐竜の)デザインがどんな見た目か、知る必要があるから」と言われた。「でも、デザインもまだないんだけど」と僕が答えると、急いで作らなければいけなくなって。意見もいろいろと分かれて、スタジオ、僕、制作を担当するILMのメンバーのみんなで合意するものを探しました。それが、最終的にシンプルな、プテラノドンとラプトルのハイブリッドのようなデザインに落ち着いたのです。僕にとっては本物の恐竜に感じられる、骨が見つかりそうなくらい実際にいても納得できるものでした。納得できないと、結局ずっと“ぐるぐる回る”ことになるんですよね。


──前シリーズの『ジュラシック・ワールド』にも遺伝子組み換えによって生み出されたキメラ恐竜は登場していましたが、本作のこの2体は少し違った印象を受けました。最後に彼らはどのような背景で本作に登場したのか教えていただけますか。

デヴィッド:私たちは動物というより、モンスターに近い存在を作りたいと考えていました。遺伝子操作を通して、『フランケンシュタイン』の物語を語り続けていきたかったからです。その過程で、私は彼らから「悲しみ」という感情を感じました。この哀れな生き物たちは、変形し、機能しなくなった体の中に閉じ込められてしまっていると。それは彼ら自身のせいではない。そのため、彼らの怒りや貪欲さは単に誤解されているだけなんだと思うんです。そういった感情は彼らのデザインや、劇中の描かれ方、登場シーンで背景に流れる音楽にも強く表れていると感じました。彼らは、“我々が作り出した”クリーチャーであることを忘れてはいけないのです。

(取材・文:アナイス/ANAIS)

 映画『ジュラシック・ワールド/復活の大地』は公開中。

編集部おすすめ