どんな作品、どんな役にも独特のオーラを滲ませ、抜群の存在感を放つ俳優・大倉孝二。1995年、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)率いる人気劇団「ナイロン100℃」に入団し、今年で30年になる。

舞台はもとより映像作品でも映画『ピンポン』に始まり、ドラマアンナチュラル』『妖怪シェアハウス』などで知られる大倉。俳優業への思いに迫ろうとすると、ひょうひょうと「分からないです」と重ねた。そこからは、相手を煙に巻くためではなく、嘘がない姿が伝わってきた。

【写真】大倉孝二、渋さと味があふれる撮りおろしショット

◆舞台と映像は全く別。両ジャンルで活躍していても関係ない

 6年ぶりにKAATで新作を上演するKERAが書き下ろした本作は、現実と妄想の区別がつかなくなり荒唐無稽な行動を繰り広げる男の顛末を描いた、セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」をもとにした新たな冒険奇譚(たん)。大倉のほか、咲妃みゆ山西惇音尾琢真、矢崎広、須賀健太高橋惠子ら個性と実力を兼ね備えたキャストが顔をそろえる。

――大倉さんは「ナイロン100℃」で俳優活動をスタートし、徐々に他でもお芝居されるようになっていきました。転機になった作品はありますか?

大倉:映像に出るようになった大きなきっかけは、映画の『ピンポン』(2002)なので、『ピンポン』が自分にとって明らかなターニングポイントだったかなとは思います。

――いまだに人気の高い作品で、アクマ役を演じた大倉さんは、今年の5月にも特別上映で舞台挨拶に立たれていました。

大倉:すごいことですよね。それ以外は、その都度、その都度、少しずつ変化していったので、何かこれという大きな出来事があったとは思っていません。

――舞台と映像の両方のジャンルでお仕事されていることで、ご自身に返ってくることはありますか?

大倉:そこに関しては聞いていただくことも多いのですが、深く考えていないんですよ。
たとえば、若い役者さんから「今度、舞台に出るんです。いろんな人に舞台もやったほうがいいと言われるので」と、お話してもらうことも多いんですけど、私としては別に「そうか?」という感じで(苦笑)。誰かが「やったほうがいい」と言うなら、「そうなんじゃない?」と。私自身は映像も舞台もどちらも難しいです。全く違いますから。両方を体験しているからといって、何が生きているといったことは分からないです。

◆生活態度から何から何まで全てにダメ出しされていた

――この秋は、KERAさん作・演出の舞台『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』でタイトルロールのドン・キホーテを演じ、主演を務めます。ドン・キホーテといえば、風車を巨人と思い込み突撃するエピソードも有名ですが、“おじいさん”のイメージがあります。改めて設定を見ると50歳。大倉さんは7月に51歳になりました。実は同年代なんですね。

大倉:確かに少し老人のイメージはありましたね。
原作は400年前の作品ですけど、400年も経たなくても、昭和の50歳とも、今はイメージが違いますし、KERAさんがどういう年齢設定で描こうとしているのか、現段階では分かりません。なので年齢のイメージ的にどんな感じかは、まだ考えていないんです。

――KERAさんの年齢設定。

大倉:演出するときによく言うんです。たとえば60歳の年齢設定だとして、「昔の60歳でやって」とか。

――ご自身が「50歳を過ぎた」ことに対して何か感じることはありますか?

大倉:普通に老いていますけど、特に思うことはないです。精神年齢はそんなに上がってないと思いますし。特殊な仕事をしていることもあって、昔のイメージの50歳よりも、より幼い部分が多い気がします。

――KERAさんとのお付き合いも30年です。関係性に変化は感じますか?

大倉:KERAさんは劇団の主宰者で、私はというと、最初のころは外の仕事はしていませんでしたので、完全なるボスと、そこにいるただの構成員のひとり。まともに口をきいたこともなかったですし、怒られてばっかりでした。KERAさんもあちこちで言ってますよ。
「人生で一番怒ったのは大倉だ」って。いまも演出で「こうして」というのは当然ありますけど、注意されることは少なくなりましたね。

――注意というと。

大倉:昔は取り組み方とか、生活態度から何から何まで全てにダメ出しされていました。人間性とか。いまも別に人間性を認めてもらえているとは思いませんけど、さすがに、50歳の男の人間性に対して、60歳の人がダメ出しするような面倒くさいことはしないので。

――振り返ると、“叱ってもらった”感覚でしょうか。

大倉:KERAさんだけじゃなくて、いろんな人に怒られました。怒られるのは楽しくないですけど、それによって気づけたことも多いと思います。そのおかげで外にも出ていけるようになれた、のかもしれません。

◆お芝居は「あまり好きじゃない」、けれど間違いなく真剣に取り組んでいる

――ところで、俳優さんは芝居で“虚”の世界に入っていきますが、ドン・キホーテは「現実と妄想の区別がつかなくなり荒唐無稽な行動を繰り広げる男」です。どんな存在として映りますか?

大倉:そんな人がいたらイヤですよ(苦笑)。


――俳優さんも、役に没頭しているときは、“虚”と“実”が交ざってしまうような瞬間があるのでは?

大倉:自分の場合は、そういうのはあまりないです。皆無ではないですけど。やっぱり暗い役をやっていれば暗くなるときもありますし、影響を受けることもあります。でも私生活がままならなくなるみたいなことは、私の場合はないです。

――ドン・キホーテのような男を「面白い、興味深い」とは。

大倉:若い時であれば、そうしたありえない人に興味を覚えたりしたこともあるでしょうけど、年齢を重ねてくると、“妄想”ではなく“現実”を強く感じてしまうので、そういう対象には怖さが勝ると思います。

――ドン・キホーテは、これまで見えていた世界が“妄想”であると悟ったことで情熱を失い、生きる力まで失われていきます。情熱を失うと生命力まで奪われるというのは理解できますか?

大倉:理解できないです。私、そんなに情熱を強く持って生きていないので。

――大倉さんは、お芝居に対するモチベーションに関する話題で、「辞めようと思った瞬間が何度もある」といったコメントをこれまでにも度々されています。しかし現実として、30年続けるというのはすごいことです。

大倉:そうですね。
なんだかんだ、続けられています。

――“好き”を表に出さないようにしているのでは。

大倉:表に出さないようになんてしてないです。むしろあまり好きじゃないことを表に出さないようにしています。でもじゃあ、果たして適当にやっているのかというと、それは全くありません。舞台だけでなく、映像にしても、それが情熱なのかなんなのかは、私には分かりませんけれど、間違いなく真剣に取り組んでいるとは思います。そうでなければ続きません。

――30年ですからね。

大倉:別に好きでやっているわけではないです。でも“自分の仕事を一生懸命やる”ことを情熱と呼べるというのなら、それは自分にもあると言えるのかもしれません。

(取材・文:望月ふみ 写真:高野広美)

 KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』は9月14日~10月4日 KAAT神奈川芸術劇場<ホール>、10月12・13日富山・オーバード・ホール 大ホール、10月25・26日福岡・J;COM北九州芸術劇場 中劇場、11月1日~3日大阪・SkyシアターMBSで上演。

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