フェーリクス・ザルテンの児童文学をベースに、ディズニーのアニメ映画で世界的に知られる『小鹿のバンビ』。そのイメージを一変させるホラー映画『子鹿のゾンビ』が誕生した。

手掛けたのは、『プー あくまのくまさん』(2023)で世界をザワつかせた映画製作会社itnのプロデューサー、スチュアート・オルソン。プーに続き、バンビやピーター・パン、ピノキオを次々ホラー化し、「ツイステッド・チャイルドフッド・ユニバース(TCU)」を構築中だ。さらに全キャラクターが集結する映画まで控えているという。今回、彼に『子鹿のゾンビ』誕生の裏側や、さらに“版権切れ”映画を手掛けるきっかけを聞いた。

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 幼い頃、人間に母を撃ち殺され、成長してからは愛する妻をひき逃げで失い、最愛の子とも引き離されたバンビ。度重なる悲劇に見舞われたバンビは、化学物質で汚染された川の水を飲んだことをきっかけに、恐るべきモンスターへと変貌を遂げる。怒りと哀しみに突き動かされた狂獣・バンビによる、凄惨な復讐劇がいま始まる。

■『子鹿のゾンビ』は『ジュラシック・パーク』へのオマージュ!

 「これは史上初の実写版バンビ映画なんです」とオルソンは語る。最初に思いついたのは、「バンビがコウモリに噛まれて『クジョー』(1983)のように狂暴化する」という突飛なアイデアだった。しかし、物語は若い監督や脚本家に委ねられ、最終的には“化学物質を飲んで変貌するバンビ”という設定が採用された。

 「僕は映画製作者を信頼して、彼らのビジョンに干渉しません。妻のニコールが脚本に協力して整合性を取るくらいです。
才能ある監督を見つけて放っておくのが、最高の映画になる秘訣なんです」とにやり。基本的に出資者・配給者として作品を見守り、細かく口は出さないと決めている。

 実は、と書いたら失礼だが、本作を話題性重視の低予算のイロモノ映画だと思って観たら、結構ちゃんとした作りで驚かされる。特に相乗的なおもしろさを生んでいるのが、随所にみられる『ジュラシック・パーク』(1993)へのオマージュだ。

 「監督のダン・アレンが一番好きな映画が『ジュラシック・パーク』(1993)なんです。彼の夢は同じくらい良いものを作ること、少なくとも何らかの生物を登場させることでした。心底あの作品を愛しているんです」。巨大化したバンビの暴走シーン、カーアクションなど、その愛情が色濃く反映されたシーンの数々。奇しくも、公開時期が本家の新シリーズと重なったことも、運命的だ。

■14日間の撮影、365日かけたVFX

 撮影はわずか14日間。主人公親子のシーンでは、子役のトム・マルヘロンのスケジュールの制約を乗り越える必要があった。

 「とても高い演技力を持つ子役でしたが、児童労働法の規則を遵守するため家に帰さなくちゃいけない。
母親役を演じたのは、『ゲーム・オブ・スローンズ』のドリア役で知られるロクサンヌ・マッキーで、彼女は本当にすばらしかった。多くのシーンが子役のいない状態で撮影され、背の低いスタッフを代役に立てることもありました」。

 一方、VFXは一年をかけて丁寧に仕上げられ、ダイナミックな鹿の動きはフルCGで表現された。「本作の予算規模は『プー2 あくまのくまさんとじゃあくななかまたち』(2023)の50万ドルとほぼ同等でした。違いはVFXに予算の半分を投入した点です。わずか14日間で撮影し、VFXの作業に365日かかりました。俳優たちは実際には存在しないクリーチャーに向かって演じたのに、迫真の演技を見せてくれました」と振り返る。

■会ったことのない監督に資金を託す

 驚くことに、監督のダン・アレンとは映画が完成するまで一度も会わなかったという。

 「僕たちの会社『itn』は、インターナショナル・タレント・ネットワークの略で、他のスタジオとの違いはバーチャルスタジオであることです。どこにも存在しないし、どこにでも存在する。『誰が出演するか』より『誰が作るか』を重視します。だから才能ある映画製作者を見つけて資金を託し、自由に任せる。
本作の監督ダンとは、完成した作品のQ&Aセッションで会うまで、一度も会ったことがなかったんです。会ったこともない人に映画製作の資金を提供することが想像できますか?」と笑うオルソン。

 「ダンの才能は『子鹿のゾンビ』を観れば一目瞭然でしょう。自分が何をしたいか分かっていて、ビジョンがあり、それを実行することができる。誰もができることではありません。映画は監督のメディアだからこそ、任せるのが一番と信じています」と自信を見せる。

 すると「日本の才能ある監督も見つけたいですね! 地球上の全ての国から監督を探したい。まあ、危険な国は除いてね。すばらしい試みでしょ? デンマーク、スウェーデン、イギリス、アメリカ、メキシコからは既にいるから、次は日本に誰かいないかな。実際、地球上のあらゆる国から才能ある監督を見つけることが目標なんです。月にも誰かいるかもしれないけど、忙しいでしょうからね」と、日本からの才能発掘にも興味津々の監督。近い将来、日本人監督が「ツイステッド・チャイルドフッド・ユニバース」に参戦する可能性もあるかもしれない。


■ホラー版プーさんが大ヒットするも…くやしさを心に刻み、奮起!

 そもそも、ディズニーアニメで有名な原作に注目した “版権切れ”映画を思い付いたきっかけはなんだったのか。

 「新聞で読んだんですよ、あのプーがパブリックドメインになるって。僕らはイギリスチームとたくさん映画を作っていました。『ジャック&ジル』みたいなホラー映画や、「トゥースフェアリー」シリーズ、「ダイナソーホテル」シリーズとか。それで『次は何を作ろうか?』という話になった時、4本の映画を候補に挙げていました。一つは『ジャックフロスト』、一つはクランプス映画、一つはプーさんのホラー映画、もう一つは覚えてないんだけど……プーさんはなぜか世界中で話題になってあっという間に拡散しちゃったんです」。

 ここ日本でも驚きをもって伝えられたホラー版プーだが、あくまで企画の中の1本に過ぎず、こんな騒ぎになるとは全く予想していなかったという。「ただ運が良かっただけです。運がチャンスに出会った感じでしょうか。運とはチャンスと準備が重なったものだって言葉があるけど、僕たちは30年も映画作りを続けてきたので、運に巡り合った時、それを扱うノウハウを心得ていた。だから僕たちに天才的な何かがあるわけじゃなく、幸運と才能ある監督たちのおかげです」。

 話題性の高さから、第1弾『プー あくまのくまさん』は劇場用映画として制作され、公開されるや10万ドルの予算に対し、興行収入771万ドルを稼ぐ大ヒットを記録した。
しかし、レビューは振るわず、ラジー賞でこの年の最多5部門受賞の屈辱を受けてしまう。

 「僕らにとっては、たくさんある映画の中の1本をいつも通り楽しく作ったつもりでした。まさかこんなにヒットするとは思っていなかったんです。そうしたらラジー賞を5部門も受賞してしまった……。僕は今でもあの作品が大好きです。でも監督はこのことを心に刻み込んで、もっと良いものを作るんだと誓った。僕たちはいつだって監督の望むことをしますから、監督が『よし、もっと予算をかけたい』と言えばそうするし、評価されることが望みなら、そうしようと。それから次の作品、次の作品、と実行していきました」。

 オルソンの言う通り、同年に公開された続編『プー2 あくまのくまさんとじゃあくななかまたち』(2023)は、予算が5倍にアップ。前作で被り物だったプーの顔が特殊メイクとなり、ゴア描写を強化。作品の質が上がり、前作から続投したリース・フレイク=ウォーターフィールド監督が、単に版権切れの原作を面白おかしくホラー化したのではない、クリエイターとしての心意気を持った人だったことを示す作品にもなった。

■プロデューサー人生で一番の失敗映画とは?

 さて、年間何十本もの映画を製作する資金の仕組みについて尋ねると、オルソンはこう説明する。


 「僕らの映画が成立するのは、観客と海外バイヤーのおかげです。各国の配給権を前もって買い取ってくれるから、僕らは大きなリスクを背負わずに資金を投じられるんです」。

 itnでは借金や大規模な資金調達を行わず、同じ資金を回転させながら新作を次々に送り出すという方式をとっている。前売りもしない。そのためスピーディーな製作体制を保ちつつ、多くのクリエイターにチャンスを与えられるのだ。

 「ただ、今回はいつもの規模を超えていました。けれど日本をはじめ世界各国から強い需要が見えていたので、資金を“凍結”しても安全だと判断できたんです」と余裕をのぞかせた。

 そんなオルソンの最大の失敗作を聞いてみると、苦々しいといった声をだしながら「一番の失敗は…小規模なVOD企画ですが、『パンチ&ジュディ』というイギリスの有名な人形劇のキャラクターが、ビーチでモンスター化するというもので、もうけは400ドルくらいだったかな」とポツリ。いや、一番の失敗作で赤字ではないのがむしろすごいと思うのだが。

 そしてもちろん一番の成功は『プー あくまのくまさん』。「世界中が狂ったように夢中になったんだ。だからあれが最大の成功だろうね。でも“最高の映画”かはわからない。どんどん良くなっているからね!」。

■モンスターがアッセンブル!

 では、今後の展開はどうなるのだろうか。すでに撮影を終えたのが『ピノキオ・アンストリング(原題:Pinocchio: Unstrung)』。特殊効果を『チャイルド・プレイ』(2019)や『デューン 砂の惑星PART2』(2024)に参加したトッド・マスターズが担当し、本格的なアニマトロニクスを導入した。「本当に素晴らしい仕上がりなんだ。来年には公開できるはず」と胸を張る。

 さらに『プー3』の撮影が控え、その後には全キャラクターが集結する『プーニバース:モンスターズ・アッセンブル(Poohniverse: Monsters Assemble)』が待ち構えている。

 『プーニバース』については、「今は脚本を練っているところで、具体的な展開はすべてイメージできている。規模の大きな作品になるよ。ただ、一つひとつの映画の間に少し間隔をあけて、観客の期待を高めたい。公開はおそらく2027年ごろになるだろうね」と語った。

 ほかにも、オルソンが関わっている待機作リストは、現時点で60作以上。かつて低予算映画を量産し、多くの才能を輩出した名物プロデューサー、ロジャー・コーマンを思わせる存在感。今勢いに乗るitn作品群からも、未来のスターが生まれるだろうか。楽しみに待ちたい。(取材・文:川辺想子)

 映画『子鹿のゾンビ』は公開中。

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