世界中が愛するアニメーションの名作『ヒックとドラゴン』が、圧巻のスケールで実写映画化。その日本語吹替え版で、主人公ヒックの声を射止めたのは、目覚ましい活躍を続ける俳優・坂東龍汰だ。

オーディションで大役を掴み、洋画の吹替えに初挑戦。俳優として培ってきたもの、そして「初めて」だからこその葛藤。そのすべてが、奇しくもヒックの成長物語と重なり合った。そんな坂東が未知なる挑戦の裏側、そして俳優としての流儀を語る。

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■「それどころじゃねえ」――必死の先に見えた、ヒックとの奇跡的なシンクロ

 声優経験はアニメ作品『ふれる。』で一度きり。洋画の吹替えは初めてという、まさに未知の世界への挑戦だった『ヒックとドラゴン』。オーディションで主人公ヒック役を掴んだ喜びも束の間、坂東を待っていたのは、俳優の芝居とは全く異なる表現の壁だった。

 「僕でいいのかな、という気持ちは最後までありました。でも、監督から『坂東くんの素の感じがヒックっぽいし、主演のメイソン・テムズさんと骨格や顔の作りが一緒だから、声が合わないわけがない。大丈夫だよ』と言っていただけて。それが本当に大きかったです。
気にしないで、僕のありのままのヒックをやってくれればいい、と。その言葉に背中を押してもらいました」。

 しかし、いざマイクの前に立つと、その難しさを痛感する。俳優が全身を使って役を表現するのに対し、声優は声という1つの武器で、映像の中の人物に命を吹き込まなければならない。

 「俳優なら、ドラゴンライドのシーンは実際になにかに乗ったりして、その体感をもって芝居をします。でも今回は、乗っているヒックに声を当てる。しかも、英語の尺と日本語の尺は違うし、口の動き(リップ)も違う。その中で、僕なりのヒックとしての遊びも入れたいとなると、物理的に考えることが多すぎて、常に頭の中がフル回転でした。もう、自分のプランなんて『それどころじゃねえ』って(笑)」。

 セリフの頭を映像にぴったり合わせることすら、慣れない坂東には至難の業。「置いてきぼりになるんです(笑)」と、苦戦した当時を笑顔で振り返る。だが、この「初めて」の不慣れさ、必死さが、思わぬ形で作品に深みをもたらすことになった。


 「アフレコは3日間だったのですが、1日目より2日目、2日目より3日目と、自分でも成長できている感覚があったんです。その僕自身の“初吹替え現場での成長”が、物語の“前半・中盤・後半でのヒックの心の変化”と、すごくリンクしていて。完成した吹替え版を観た時、それが如実に表れていて驚きました」。

 弱さや諦めを抱えた序盤のヒックの声と、トゥースとの出会いを経て自信をつけていく後半の声。意識せずとも、声のボリュームや音程までが、ヒックの感情に寄り添うように変化していた。

 「前半は『僕はね…』みたいなか細い声なのに、後半は『やってやるよ!』みたいに力強くなっている。自分でも観ていて『あ、ヒック自信をつけてるな』って(笑)。録り終えた直後は、不安で『もう1回録り直したい』と監督に言ったんです。でも、『その初々しさや完成されていない感じが、前半のヒックの弱さやポンコツな部分として絶対に必要だ』と。その時は意味が分からなかったけど、完成した作品を観て、ようやく『ああ、これでいいんだ』と腑に落ちました。少しドキュメンタリーのような、僕の成長記録にもなっているかもしれません」。

■「また一緒に仕事したい」と思われる俳優に。
人と向き合う覚悟


 彼がヒックという役に深く没入できた背景には、主演俳優メイソン・テムズの芝居への強い共感があった。

 「メイソンさんが演じるヒックの動きや表情に、すごく共感したんです。『うわー、ここでこの顔持ってくるか!』とか『ここでこのトーン、分かる、分かる!』みたいな。不思議な感覚でした。日本語で命を吹き込む仕事なので、まず彼の芝居、彼の表現を好きになることから入っていけば、自然とヒックも好きになれるのかなと思いました」。

 作品作りは、共同作業だ。特に俳優という仕事は、監督や共演者、スタッフといった「人」との関わりなくしては成り立たない。彼は、自身の強みについて問われると、少し考えた後、その仕事への真摯な姿勢を口にした。

 「自分の個性が何かはあまり分からないですけど、『一緒に仕事がしやすい』と言ってもらえることを目指しています。現場でみんなが気持ちよく仕事ができるように、というのは常に考えています。時に自分の意見を言うことも必要ですが、そのバランスが、お芝居そのものよりも大事なことだったりする。対“人”の仕事なので、そこは永遠の課題です。
自分なりの個性も残しつつ、また一緒に仕事したいなって思ってもらえる人間でありたいですね」。

 イベントや取材現場などを見ていると、誰にでも壁を作らず、輪に入っていく印象がある。だが、本人は「全然そんなことはない」と首を振る。

 「実は人に対して緊張している時もあるし、なかなか話しかけられない人もいます。でも、この仕事を8年やってきて培われた嗅覚みたいなもので、『この人とは距離を詰めない方がいいな』と感じる時もある。誰彼かまわず、ということではないんです。ただ、自分が人に開いていることで、普段は心を開かない人が開いてくれる瞬間もある。その繰り返しのなかで、いろんな人の特性を自分の中にインプットしているのかもしれません」。

■「親友」のような父との関係、そして声で拓く新たな地平

 吹替えを終え、坂東が特に心を掴まれたと語るのが、ヒックが初めてトゥースに乗って空を飛ぶ「ドラゴンライド」のシーンだ。

 「あそこの音楽と、IMAXカメラで撮った素晴らしい映像と疾走感は感動しました。実はあのシーン、一連の流れを一発OKがもらえたんです。その高揚感もあって、録った後にみんなで映像を観たら、もう『ふぉー!』『いぇーい!』って大盛り上がりで(笑)。
すごく難しいシーンだったのに、一番しっくりきて、手応えを感じました」。

 この経験を通して、彼は声の仕事の奥深さと面白さに、改めて魅了されたという。

 「声って本当に深い。トーンが少し変わるだけで、映像は同じなのに、キャラクターの見え方が全く違ってくる。やりがいがありますし、自分の声で遊ぶのが好きなんだなと再認識しました。また機会があれば、ぜひ挑戦したいです。次は3歳児とか、小鳥Aとか(笑)。トゥースもやってみたいですね。1人2役で」。

 物語のもう1つの軸である、父親との関係。ヒックは、偉大な父に認めてもらえない葛藤を抱えている。坂東自身にとって、父親はどのような存在なのだろうか。


 「僕の父は、なんて言うか……『親友』ですね。もう父親っていうカテゴリーじゃない感じがします。でも、昔より今のほうが、いろんなことを話せて楽しいです。ただ、上京する前には『お前は器用貧乏だから、1回壁にぶち当たれ。役者なんてなおさら無理だから。どうせ泣きながら帰ってくる』って言われて。その言葉は僕の燃料と言うか、俳優を続けていく原動力になりました。『絶対負けるもんか』って(笑)」。

 そんな坂東は「まず、映像美とスケール感が本当に素晴らしい。ため息が出るくらい圧倒されます。これは絶対に映画館で観るべき作品です。そして、ヒックの成長や、父との関係性の変化、ドラゴンとの圧巻のシーンはもちろん、アニメ版から引き継がれているジョン・パウエルさんの音楽も最高です。アニメに忠実な部分も多いので、昔からのファンの方はもちろん、初めて観る方も、絶対に楽しめると思います。日本の皆さん、ぜひ劇場でこの感動を体験してください!」と作品の魅力を熱弁。

 初めての挑戦で感じたもどかしさ、そして、それを乗り越えた先に見えた確かな手応え。坂東龍汰という俳優の「声」は、ヒックというキャラクターの成長とリンクする。フィクションでありノンフィクションのような生々しさも感じられ、より一層作品が自分事のように感じられる。(取材・文:磯部正和 写真:高野広美)

 映画『ヒックとドラゴン』は、全国公開中。

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