伊藤沙莉が、「沖縄のサトウキビからラム酒を作りたい」と奮闘する金城祐子さんの実話を基にした原田マハの同名小説を映画化する『風のマジム』(沖縄で先行公開中、9月12日より全国公開)で主演。本作は、主人公がふと思いついた夢を実現するため、家族や会社、島民らに見守られながら、覚悟を持ってまい進していく温かな物語。

朝ドラ『虎に翼』(2024年/NHK)以降初の映画主演作となる伊藤は、沖縄の方言で「真心」という意味を持つ「まじむ」という名前の主人公に。今まで演じてきた役よりも「普遍的な感じがする」というまじむを演じた伊藤が本作の魅力、家族への想いを語り、朝ドラ、結婚を経ての自身の“今”についても明かしてくれた。

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■今まで自分が演じてきたキャラクターの空気感とは違った主人公に挑戦

――今作は伊藤さんがヒロインを務めたNHK連続テレビ小説『虎に翼』以降、初の映画主演作となりますが、出演するにあたり、この作品のどのような部分に魅力を感じましたか?

伊藤:今作の企画を読んだときに、すごく温かい作品だなと感じました。今の世の中に対して、ちょっと殺伐とした空気を感じることもあるのですが、この作品は柔らかな希望や温かい空気感を感じられる誰も傷つかないお話であったことに惹かれました。

それと、私自身、ここ最近“女性初”“日本初”という時代を切り開く人物を演じさせていただく機会が続いていたのですが、日本初の純沖縄産ラム酒(※アグリコールラム)を作るという夢を持ち突き進んでいく本作の主人公・まじむは、これまで演じた“初”の人物のなかでも、おそらく一番“根っからのやる気に満ちた人ではない”人物だったのが魅力的だったんです。

もちろん、(『虎に翼』で演じた)寅ちゃん(寅子)をはじめ演じたキャラクターはステキな人物ばかりでしたが、まじむはより普遍的な感じがするんです。特別な才能があるというわけではないので、どこか自分のことのように感じることができる人。ふと好きなものに出会ってふわ~っと運命に導かれる感じが、今までに自分が演じてきたキャラクターの空気感とは違ったので、演じてみたいと思いました。

――そんなまじむは演じやすかったですか?

伊藤:気持ちがフラットでいられる役柄で、演じやすいというよりは、心地よかったです(笑)。とてもピュアなキャラクターなので、一生懸命に生きていればそのまっすぐさが伝わると思っていたので、演技で余計な味付けはしないように務めました。

――まじむとご自身との共通点、相違点はありますか?

伊藤:夢や自分が追いかけているものに対していろいろな角度の欲があまりなく、ただ好きでやっているというところは似ていると思います。違うところは行動力。
まじむがおばあのカマル(高畑淳子)からの一喝でふっと東京に行っちゃったり、吾朗さん(染谷将太)からラムの知識を得たことでふらっと南大東島に行ってみたり…そういう行動力はまじむのすごさだと思うし、自分にはないところです。

――そんなまじむが出会う沖縄の醸造家・瀬那覇仁裕役で、『虎に翼』で共演された滝藤賢一さんが出演されていますが、再びご一緒されてみていかがでしたか?

伊藤:この作品の撮影中に、夫に「滝藤さんが出るんだよ」と話したら、「醸造の人?」とすぐ当てられて(笑)。「プロフェッショナルの役をやったらぴったりだと思う」と言うんです。実際に滝藤さんと対面していても、役柄に説得力がありました。

まじむと瀬那覇さんは、『虎に翼』で師弟関係だった寅ちゃんと多岐川さん(多岐川幸四郎/滝藤)とはまた違う関係性だったので、面白かったです。『虎に翼』と似た関係性ではあるんですが、沖縄の空気感やお互い方言でしゃべっていることもあってか、役柄が持っている情熱の色が朝ドラの時とは違うんですよね。好きで追求している人たちと自分たちの使命感で動いてる人たちと違いもあって。深く掘り下げると似たようなテイストながらも全く真逆な人物を同じキャストでできたっていうのは、すごく珍しい経験でした。『虎に翼』が終わってからすぐ、この撮影だったので比較しやすかったです(笑)。

――まじむの祖母・カマル役の高畑淳子さん、母・サヨ子役の富田靖子さんとの共演はいかがでしたか?

伊藤:おふたりが家族の空気を作ることを意識的にやっていたのかわからないんですけど、私が何をしなくても、おばあって呼びたくなるし、おかあって呼びたくなるんですよね(笑)。「まじむ」と私を呼ぶときも、愛情のこもった音で呼んでくれている気がしてうれしかったです。そうすると私も愛情が芽生えるし、愛情で返そうと思うから、家族の空気は自然とできていきました。


――まじむの実家の「ゆし豆腐」店の場面や沖縄のサトウキビ畑の中を歩くシーンもありましたが、沖縄での撮影で印象に残っていることは?

伊藤:撮影がお休みの日にみんなで豆腐作りを体験させていただいたんですが、すごく楽しかったです。できたてのお豆腐もまたおいしかったし、体験をさせてくれた「ゆし豆腐」店の方も、すごくステキで…。実際に作っている人の気持ちや情熱みたいなものを肌で感じることができて、とてもいい時間でした。

■一生懸命に何かをやるということが誇り高いこと、かっこいいことなんだということを母たちから教えてもらった

――完成をご覧になってどう感じましたか?

伊藤:まじむを演じるにあたって、手探りな部分もあり、演じる際に悩むこともあったので、どうなったのかなと気になっていたんですけど、すごくステキな作品になってよかったなと思いました。それはもう、いろいろなスタッフさん、芳賀薫監督、プロデューサーさん…皆さんに感謝ですね。

――ご自身が出ていないシーンで印象に残っているシーンはありましたか?

伊藤:まじむがいない時の、おばあとおかあのシーンはちょっと…刺さりすぎました。ゆし豆腐店の世代交代の話も描かれているんですが、素直じゃないところのあるおばあの気持ちを、親子であるおかあが一番わかっているんです。2人が一緒に歌っているシーンや、まじむのために祈っているところはグッときました。自分の家族にも思いを馳せたりしましたし、すごく温かいんですけど、それだけじゃないちょっと鼻の奥がツンとするような感覚がありました。

――グッとくるシーンですよね。おばあとまじむがお酒を飲むシーンもなかなか珍しいなと思いました。

伊藤:たしかに! ロックなおばあですよね(笑)。
かっこいい。

――そんなふうに伊藤さん自身も、まじむのようにご家族とお酒を飲み交わしたりするんですか?

伊藤:うちの母と伯母はノンアルですし、姉はアルコール類が苦手なので、私が一緒にお酒を飲めるのは、兄(※オズワルド・伊藤俊介)か、姉の旦那さんである義理の兄のどちらかなんです。家族旅行に行ってもだいたい兄は来ないので、義理の兄がお酒付き合ってくれますね。芸人の兄はお酒でできているような人なんで、たまに付き合って飲んでくれます。

――まじむがおばあの働く姿を見て感化されるシーンも印象的でしたが、ご自身がご家族に感化された経験はありますか?

伊藤:やっぱり私は母にかっこいい背中をすごく見させてもらった人生だと思っているんです。うちは家庭環境的に若干複雑なところがあって、小さい頃は日常的に母と顔を合わせることがないぐらい、母が一生懸命に働いてたんです。母と伯母が牛乳配達をやっていたんですが、泣く私を自転車の荷台に乗せて、私は2人の後ろ姿を見ていました。その後、母が塗装店で働くようになって、母はずいぶん年下の男の子に毎日怒鳴られたりしていたんですが、それでも絶対に弱音を吐かなかったし、悪口も言わなかったんです。

必死で生きる、家族を養うということを軸に頑張っていて、自分のことは二の次にする彼女たちの背中は本当にかっこよかったし、感謝しかないです。だから、自分も大抵のことを諦めちゃいけないと思うし、まずは一生懸命に何かをやるということがとても誇り高いこと、かっこいいことなんだということを母たちから教えてもらった気がします。

――伊藤さん自身、そんなお母さまから「人への感謝を忘れない」ことを教えられたとおっしゃっていましたね。

伊藤:母は大事なことを耳がちぎれるぐらい言ってくるんです。
「そうすれば頭によぎるでしょ」って(笑)。私自身、ずっと言われてきて染み付いているので、「お母さんが言ってたな」とかのレベルじゃなく、そういう人間にしてもらったと思っています。私は家族がベースで生きているので、家族に言えないことや恥じるようなことはできないし、やらない。人としても、仕事においてもそう思って生きています。

■朝ドラ主演、結婚…人生の転換期を越えた最近の日常は「主婦っぽい」

――本作の主演をはじめ、2024年は朝ドラ主演、2025年1月には劇作家の蓬莱竜太さんとの結婚も発表されて、この1~2年はご自身の中で公私ともに大きな転換期だったのかなと思ったのですが…。

伊藤:そうですね。いろいろなことが集中していました。

――そうした時期を経て、今はどのような心境で過ごしていますか?

伊藤:落ち着いたかなと思います。わかりやすいきっかけはないんですけど、朝ドラやこの作品の撮影が終わって以降、宣伝活動やCMなどはやらせていただいていますが、今、お芝居をあまりやっていないんです。家事とか、主婦っぽい一日を過ごしています。撮影が始まるとまた変わるんですけど、朝日で起きて真っ当な時間にご飯を食べ、真っ当な時間にお酒を飲み、真っ当な時間に寝るという人間っぽい生活をし始めると、人ってちょっと穏やかになるし幸せを感じるというか…犬も飼ったりしちゃって(笑)。だから、以前よりあまりそわそわしなくなったかもしれないです(笑)。


――家族をベースに生きている伊藤さんにとって、結婚して家族が増えたことでの変化はありますか?

伊藤:結婚は突然の発表だったんですけど、実は以前から一緒に住んでたんです。だから生活はそんなに変わってなくて、朝ドラの撮影中もだいぶ支えてもらっていました。でも、自分がちゃんと家事をし始めてからは、彼の人生や仕事を多少なりとも支える小さい柱にはなれているんじゃないかな、と。そう思って過ごしていることが、自分のやりがいになっている気がします。

夫が演出家なので、お芝居の相談を現場に行く前にしちゃうと、自分の中で若干「ずるいなぁ」という気持ちになってしまうんです。なので、撮影が終わってから、ある種“今日の日記”のように、その日の出来事を夫に聞いてもらっています。そうすることで次の日に繰り越さないようにしているんです。実家でも、自分がうれしかったこと、やってしまった失敗…家族に全部言わないと一日が終われないタイプだったんです。その聞き役を今は彼が担ってくれているので、すごくありがたいですね。それも穏やかに過ごせている一因なのかなと思います。

(取材・文:齊藤恵 写真:黒木早紀子)

 映画『風のマジム』は、沖縄にて先行公開中。9月12日より全国公開。

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