10月2日よりAT-X、TOKYO MXほか各局で放送開始となるテレビアニメ『私を喰べたい、ひとでなし』。本作は、数多の妖怪を惹きつけるほど美味しい血肉を持つ八百歳比名子と、彼女の前に現れた人魚の少女・近江汐莉が出会うところから展開される、人間と妖怪の運命の物語だ。
アニメ化にあたり、主人公・比名子を演じるのは上田麗奈。繊細な感情表現と透明感のある声で数多くのキャラクターを彩ってきた彼女が、本作にどのように向き合ったのか――その想いを聴いた。
【写真】上田麗奈、透明感あふれる眼差しに引き込まれる撮りおろしカット
■“めんどくさい子”が紡ぐ、儚くいびつな世界
――最初に原作を読んだときの印象を教えてください。
上田:原作を読んだとき、コミカルな場面もありながら、ホラー描写はしっかりと怖く、その緩急に引き込まれました。主人公の比名子は、見ているこちらまで胸が締め付けられるような“ほの暗さ”をまとい、登場人物同士の関係性もどこかいびつで儚い。その空気感がとても印象的でしたし、絵の美しさも心に残っています。
本来なら恐怖の対象である「自分を喰べに来た相手」が、比名子にとっては救いとなっている。死を望むという逆説的な状況は、読んでいてとても切なく感じました。汐莉と出会って比名子がどう変わっていくのか、見守りたくなる物語です。
原作の苗川 采先生は「めんどくさい子が、めんどくさい子に振り回されている関係が好きで、それを詰め込んだ」とおっしゃっていて、確かにその視点で読むと、もどかしさや辛さも含めて魅力になっていると感じます。
比名子も、読んでいて「あ、少し前向きになったのかも」とこちらがほっとする瞬間があったかと思えば、実はまったく逆の意味だったとわかり、衝撃を受けることもある。そうした意外性や、ハッとさせられる瞬間が多い作品だと思います。
――比名子を演じるうえで、彼女の人間性や感情の揺れをどのように受け止めましたか?
上田:比名子は「死にたがっている」というのが一番のインパクトだと思います。ただ、それは単に命を投げ出したいということではなく、“死んで待っている人の元に行きたい”という強い想いと、“生きていてほしい”という他者からの想いとの板挟みになっている状態なんです。
結果、自分で命を絶つことはできず、自分の命を奪ってくれる存在を求めるようになる。生きたくないけれど、死ぬために生きるしかない。そんなほの暗い感情から物語が始まります。
そこから先は山あり谷ありで、表情が豊かになる場面もあれば、状況が良くなったようでまた悪くなったり、良い方向に進んでいるのかどうか分からなくなることもある。そんな揺れ動きが、比名子というキャラクターの特徴だと思います。
また、比名子は無意識に周囲を振り回してしまうところがありますが、彼女は決して自分勝手ではなく、むしろ人のことをとても大切に思っています。美胡が傷ついていないか、汐莉に失礼なことを言ってしまっていないかと、常に自分以上に相手のことを気にかけながら会話や行動をしていて。
頑固さと優しさが同居していて、そのバランスがうまく取れないところが、苗川先生が言う“めんどくさい子”にも通じていると感じます。
■孤独を抱える少女と、対照的なふたりの存在
――先ほどおっしゃっていたように、比名子は周囲との距離感もどこかいびつな印象です。
上田:そうですね。
他のキャラクターと話していても、ふとした瞬間に比名子は“海の底に沈んでいる”ような感覚をまとっているんです。人当たりは良く、一応会話もできるけれど、本心から笑顔になることはなく、どこかずっとひとり。周囲と馴染んでいるようで、実は馴染めていない、少し浮いているような印象があります。
その根っこには、比名子が感じている、とある強い想いがあると感じます。だからこそ、第1話で汐莉と出会うシーンも印象的で。比名子の視点から見れば“普通”でも、客観的に見ると常軌を逸しているように映る部分がありました。
――汐莉・美胡との関係性についてはどのように感じましたか?
上田:汐莉は、最初に会ったときからとても怪しげで、何を考えているのか分からない。その掴めなさに、少し怖さを感じました。会話をしても飄々としていて、こちらのペースを許さないまま、強引に踏み込んでくる。比名子が無意識に人を振り回すタイプだとしたら、汐莉は意図的に揺さぶってくるタイプだと思います。
でも、その強引さの奥には、“喰べる”という目的だけではない何かが見え隠れする。すべてを知ることはできないけれど、まっすぐな芯を感じさせて、嘘ではないと思わせる。
そんな不思議な魅力があります。
汐莉と話していると、比名子はいつも感情を揺さぶられて傷つくことも多く、「なんでそんなことを言うの」と思う瞬間や、「ほっといてほしい」と感じる場面もある。あの瞳もあって、どこか見透かされているような感覚が常にあって。死なせてくれるなら、関わっていくしかない。そんな距離感がずっとあります。
美胡は、比名子がほの暗く湿った印象だとしたら、その真逆。カラッとしていて、まるで太陽のような存在です。その明るさと強い存在感は、「この子がそばにいれば、比名子じゃなくても心強いだろうな」と思わせるほど、場の空気を一瞬で変えてくれる力があって。
とくに、比名子に対する美胡の気持ちは、私自身とても共感しやすくて。彼女が比名子への想いを語るシーンは、納得しながら聴いていました。声が入ったことで、その魅力がより鮮明に表れていたと感じます。
■危うさと儚さの先に見える“一筋の光”
――近年の上田さんの出演作を拝見していると、比名子のような“ほの暗さ”をまとったキャラクターが多いように思いますが、そうした役を演じる際に共通して意識されていることはあるのですか?
上田:これまでも思い詰めたキャラクターを演じることは多くありましたが、同じように見えても、みんなそれぞれ違う温度や色を持っていて。
だから「こういう子はこう演じる」という決まりは作らず、今回も手探りで、その時々に生まれる比名子だけの息づかいを探していました。
彼女の場合は、16歳の普通の女の子で、精神的にも魂の成熟度としてもまだ大人ではない。会話がつながっているようで、どこか途切れているようにも見える。その曖昧さや“ライブ感”が彼女らしさだと思い、セリフごとにニュアンスを固めすぎず、その場の空気や相手の温度感で変わる受け答えを大切にしました。練習で作り込みすぎず、現場で自然に生まれるものを優先しています。
――カテゴライズしないからこそ、そのキャラクター個々の魅力がより引き立つのですね。また、本作ではエンディング主題歌「リリィ」を比名子役として担当されていますが、彼女が歌うというのは少し意外でした。
上田:そうですよね。でも、実際に比名子として歌ってみると、意外と違和感はなかったんです。完成した音源を聴いてみると、歌詞には彼女の今の状況が色濃く反映されていて、その危うさや儚さ、脆さが自然に香ってくる。
そして最後には、ほんの少しですが“希望”を感じさせる流れになっていて、本編のもどかしい展開の中で、エンディングの彼女の声が一筋の光を見せてくれる。それだけでも救われるような感覚がありました。
「本編でこの歌を歌っている比名子を見てみたい」と思わせるエンディングになっていると思います。
ただ、比名子にとっての“希望”は、自分が死んで待っている人のもとへ行けること。それはホラー的な意味ではなく、別の種類の怖さや危うさを孕んでいる。だからこそ、エンディングでは本編とは少し異なる、怖さを感じさせにくい柔らかな笑顔や声色を意識しました。普段は見せない珍しい比名子の表情を感じてもらえると思います。
(取材・文・写真:吉野庫之介)
テレビアニメ『私を喰べたい、ひとでなし』は、10月2日よりAT-Xにて毎週木曜22時30分、TOKYO MXにて毎週木曜23時30分放送。ほか各局にて順次放送開始。
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