19世紀ウィーンで起きた音楽史上最大のスキャンダルの真相に迫ったノンフィクション書籍「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」(河出文庫刊)を、バカリズムの脚本で描いた映画『ベートーヴェン捏造』が9月12日より公開。耳が聞こえないというハンディキャップを抱えながらも、数々の歴史的名曲を遺した天才音楽家ベートーヴェン。

しかし、後世に伝わる崇高なイメージは、秘書シンドラーが捏造したものだった。主人公のシンドラーを山田裕貴、ベートーヴェンを古田新太が熱演。主演を務めた山田に、シンドラーという役を通して感じたことなどを語ってもらった。

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■誰かに山田裕貴を「語られたくない」

――出演が決まった時の気持ちを聞かせてください。

山田:バカリズムさんの脚本で演技ができるんだといううれしさがありました。それから、古田新太さんとは『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』でご一緒したことがあったので、今回も楽しく過ごせそうだなと。ただその一方、モノローグが非常に多い作品なので、映っているシーンでどれぐらいの熱量で演じるのがベストなのかを想像するのが、すごく難しいと思いました。

――バカリズムさんの脚本には、どんなイメージがありましたか?

山田:会話劇とナレーションが入ってくるようなイメージでした。ただ、シンドラーは(ベートーヴェンとのやり取りは)筆談だったので、会話ができないシーンも多くて。そこも難しいんだろうなと思いました。

――イメージ通りの演技はできましたか?

山田:完成版を見て、「ああ、この映画ってこういうことが言いたかったんだな」というのが伝わってきました。真実というのは、誰かが介入した時点でなくなってしまうんだなと。
本人の言葉だったり本人の想いみたいなものは、本人あるいはその魂をちゃんと受け取りながらその人と関わった人にしか知り得ないことで。誰かが語ったことは、その誰かの主観が入っているものだから、歴史ってそうやっていろいろ美化されたり悪く言われたりしているものもたくさんあるのかもしれないと思いました。見終わった後で「ああ、僕はあまり語られたくないな」と。本当の僕の意図と本当の僕の心をそのまま伝えられる人って少ないと思いますから。

今回の映画を通じて、逆に言わない人の方が信頼できるなと思いました。他人のことを話さず、「いや、本人の口から聞いてあげてください」と言ってくれる人の方が信用できるなと。思い返せば、僕がご一緒してきた俳優さんとか尊敬している人たちって、ちゃんと「裕貴はどう思ってるの?」って聞いてくれる人が多いんですよ。まさしくこの映画は、そういう視点にグサグサ刺していく作品だろうなと思います。

■本作は“モノローグ”が本編

――完成作を見ていかがでしたか?

山田:最初に仮の声を入れていたものを見た時は、想像していたものと違うなと思ったんですけど、2日間声録りをやらせてもらい、アフレコが入ったものを見て「あ、これで完成だな」と思いました。

――アフレコに2日間を費やすのは、結構長いですよね?

山田:そうですね。モノローグがこんなにある作品は珍しいですから。僕はモノローグが本編ぐらいに思っていたので、たっぷりと時間を使ってやらせていただきました。


――モノローグが本編だと思っていたのはなぜでしょう?

山田:今回はベートーヴェンの音楽がたくさん流れるという意味で“音”の映画だとも思ったんです。声の圧、声が震えているのか、震えていないのか、強さはどうなのかとか…そこにもこだわらなければと思ったんです。なので、自分で考えて「もう1回やらせてください」と何度も録り直させてもらうことがありました。

――その時点で声が映像に乗る感じは想像できていらっしゃったんですか?

山田:想像はできるけど、選択もできるという状況でした。例えば、物語全体を通した時に1番のキーとなる、あるセリフがあるんですけど、ここを強く言うのか、抑えた強さなのかで全体のでき上がり、サビのメロディーが変わるなと思っていて。そこ1つ違うだけで、映像の印象が変わると思ったので、最後の選択は監督にお任せしました。

――選択肢を作る作業は楽しかったですか?

山田:はい。ものづくりという意味では、ものすごく楽しかったです。やっぱり良いものができてほしいという一心なので、「うわー! 楽しい!」という楽しさではなくとも、「ちゃんと作ってるな」という感覚でした。

■愛が強まりすぎてパルテノン神殿へ

――山田さんから見たシンドラーとはどういう人物ですか?
 
山田:やばい人ですよね(笑)。「これが愛なんだ」と言えば、正しいと思ってしまう人たちってたくさんいると思うんです。何かを守るために何かを攻撃して「いや、でもこれは守ってるから愛情だろう!」と自分を正当化して勘違いしてる人はいるけど、僕はそれは愛ではないと思っていて。
なので(シンドラーの行動は)愛ではないと思います。きっとシンドラーに悪気はないんですけどね。でも、彼を知れば知るほど、「こうだ!」と思う考えに疑いの気持ちを持てる自分自身に安心感がありました。

――ある意味、共感できない?

山田:いや、共感できなくはないです。そういう自分もいたと思います。(シンドラーが生きた)環境や状況のなかで、ああなってしまうのは仕方ない。だけど、僕はそれを否定するというか、そういう生き方を僕はしないということですね。

――シンドラーという役を、どういう風に落とし込んだのでしょう?

山田:ある意味、役を客観視できたので、のめり込むのではなく膨らましていきました。僕がシンドラーと同じ方向に突き進んでしまった場合、どういう表情になるんだろうとか、どういう心持ちになるんだろうということを考えました。ただ、シンドラーを本当の悪者にはしたくなくて、かわいげはあってほしいなと思っていて。そこは大事にしました。

――今作でのシンドラーは愛や尊敬が強まりすぎて、どんどんと予期せぬ行動をとってしまうという姿が印象的でした。
山田さんは、そのような経験はありますか?


山田:ディズニーアニメーション映画の『ヘラクレス』が好きすぎて、パルテノン神殿を見にギリシャへ行きました。作品を30回は見ていると思うんですけど、毎回同じシーンで泣いちゃうんです。だから、どうしても本物を見たくて行ったんですけど、行ったら観光客が多すぎて、あれはアニメだからよかったんだな、ディズニーってやっぱりさすがだなと思いました。

――たしかに、それは予想外ですね。

山田:「その旅行は人生の分岐点になりました」みたいな話しができるような旅になるかなと思ったんですけど、肝心のパルテノン神殿は予想以上に観光客が多くて。結果、夢は夢のままで終わった方がいいっていうのは、ベートーヴェンも一緒だなと思いました!

(取材・文:於ありさ 写真:米玉利朋子[G.P. FLAG inc])

 映画『ベートーヴェン捏造』は9月12日より全国公開。

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