山あいのキャンプ場を営む女性・典子のもとに、少年院を出た甥のユウキが訪ねてくる――。『淵に立つ』『よこがお』などで痛みを抱えた女性たちを繊細に演じてきた筒井真理子が、佐藤慶紀監督の新作『もういちどみつめる』で挑んだのは、生まれつき人との関わりに不器用さを抱えながらも、他者を信じようとする女性だ。

本作は、2022年の少年法改正で18・19歳が厳罰化されたことへの疑問から生まれた。社会の中で「生きづらさ」を感じる人々の対話と赦しを、静かな筆致で描く。キャンプ場での撮影を通して、筒井は「人を信じることとは何か」を深く見つめ直した。

【写真】物憂げな表情からキュートな笑顔まで! 筒井真理子、インタビュー撮りおろしショット

◆生きづらさを抱える主人公の「人を信じる力」に共鳴

 物語の中心にいる典子は、他者との距離の取り方に苦手さを抱えながらも、誰よりも他人を受け止めようとする女性だ。筒井は脚本を読んだ瞬間、すぐに彼女の心の輪郭が見えたという。脚本の中に流れる静けさや余白が、彼女をそのまま受け入れてくれたようだった。
 
 「最初に脚本を読んだとき、何の矛盾もなく、スッと典子の感情が入ってきました。典子は人の表情を読み取るのが苦手で、『言葉』を大事にする人なんですね。典子にはきっとモデルになった方がいらっしゃるんだろうなと思ったんです。それで監督に伺ったら、やはりそうで。だからこそリアルで、自然に入っていけたんだと思います」。
 
 撮影は東京から電車と車を乗り継いで4時間ほどの山間部で行われた。
朝晩の寒暖差が激しく、霧が立ちこめるキャンプ場。その自然環境の中で、筒井は典子の暮らしや気持ちを見つけていった。

 「向かっていく道中から気持ちが作られ、ひたひたと撮影が始まっていったところもありました。脚本には過去のことなどあまり書かれていないけれど、セリフの断片から姉妹(息子を残していなくなった典子の姉と典子)の関係性が見えてきて、自分の中が典子でどんどん満たされていく感じがありました」。
 
 監督の佐藤慶紀は、多くを語らず、俳優を信じて任せるタイプだという。

 「監督はとても穏やかで、寡黙で、演出に関する話はあまりしないんです。でも、キャンプ場で木の枝を取ったり掃除したりしている時間が楽しくて。そういう何気ない時間の中で、勝手に出てくる動きとか化学反応を頼りにしていました」。

 典子という女性には、無防備さと強さが同居している。誰の言葉もそのまま信じてしまうが、その“信じる力”こそが彼女の生きる力になっている。

 「典子は周囲から“気をつけた方がいいよ”と言われても、あまり気にしていないんですよね(笑)。無頓着にも見えるけど、どこかで人を信じている。
嫌な思いもいっぱいしてきたんだろうけど、それでも信じている――そんな感じがしました」。

 筒井は、典子の「人を信じる力」を、自らの中にも見出す。

 彼女自身も「誤解されやすい」「説明が苦手」と感じることが多く、そんな“生きづらさ”に共鳴したという。

 「今は子どもから老人まで、生きづらくない人なんていないと思います。私も器用な方ではないので、誤解されたなと思うことはいっぱいあります。それをすぐ訂正できなかったり、帰ってから“ちゃんと説明すればよかった”と思ったり。そういうことはしょっちゅうです」。

◆カウンセラーを志望していた時期の学びが俳優の仕事にも活きる

 社会の変化が速すぎて、人々の心が追いつかない時代。『もういちどみつめる』は、そんな不器用な人々が、言葉を交わしながらゆっくりと世界を取り戻していく物語でもある。

 筒井は「社会に馴染めるかどうかは、ほんの紙一重」だと語る。

 「“健常者”と“障害者”というのも程度の問題で、社会で生活できるかどうかはすごく曖昧だと思うんです。出会う人によっては何の問題もなく社会に溶け込めたかもしれないし、逆に出会いによって社会に出ることができなくなってしまう人もいる。
だからこそちゃんと人の言葉を聞いてくれる人が大事だと思います」。
 
 この“耳を傾ける力”こそ、典子がユウキに対して持っていたものだった。
 
 彼女はユウキを裁くことなく、ただ話を聞く。何かを教えるでもなく、ただそばにいる。
 
 作品の背景には、2022年の少年法改正への疑問がある。18歳、19歳が「もう大人」として裁かれるようになった社会に対し、監督は「人がやり直すことの難しさ」を問うた。筒井もその思いに深く共感した。

 「今は、なかなかやり直せない世の中じゃないですか。18歳で裁かれて、社会からはじかれるのは切ないと思います。もちろん規制は必要ですが、ちょっとした出来心でしてしまった行為でも一生やり直せないのだとしたら、私はもう少し寛容な社会がいいかなと思います」。
 
 実は筒井はもともとカウンセラーを志していた時期があったと言う。心理学を学び、人の心の動きを丁寧に観察してきた経験が、俳優という仕事に自然とつながっている。


 「心理学が好きで、想像できない役をやる時には先生に話を聞いたり、セッションを受けたりしてきました。カウンセラーは人を扱う仕事で、役者も人を扱う仕事。心理学を学ぶことはお芝居でもとても役に立っています。カウンセラーは言葉で導くけれど、役者はお芝居・生きる姿で導くことができる。繊細で、ちょっと似た仕事なのかなと思います」。

 一見、静かで繊細な印象の筒井だが、内には確かな強さがある。

 『淵に立つ』『よこがお』『波紋』など、痛みを抱えた役を数多く演じてきたが、その苦しさを作品の外まで引きずることはないと言う。
 
 「私、実は弱いんですよ(笑)。ノミの心臓だし。本当にちっちゃいの(笑)。でも、すごく痛んだ役をやって、どんなに辛くても、自分は健康なところに戻ってこられる自信があるんです。カットがかかって1分くらいは泣いていても、“お疲れ様”と言う時にはもう健康になっている」。

 
 それは、長年役と真摯に向き合ってきたからこそ身についた「戻る力」なのだろうか。傷を抱えた人物を演じるたびに、彼女は“人間を信じること”を確かめてきた。

 「私も人間を信じているし、そういうたくましさはあると思います」。

◆緒方貞子さんの強さを尊敬

 インタビューの終盤、「人を信じるとは何か」という話題になると、筒井はふと言葉を詰まらせた。そして、戦争や紛争の話に触れながら、不意に上を向き、静かに涙をこぼした。

 「例えば世界で今も戦争や紛争があるように、一国のリーダーが間違ったりすることもある。でも、その一方で、苦しい状況の中でも人のためにきれいに生きて死ぬ人もいる。そういう人間の尊厳は信じていたいと思うんです」。
 
 ニュースキャスターの安藤優子が語っていたエピソードに触れながら、筒井は続けた。
 
 「『戦争中、子どもが水を汲みに行って、自分は飲まずに家族に与えた。その子どもの姿に人間の尊厳を見た』と。そういう瞬間があるんだと思うんですね」。

 
 そして、最も尊敬する人物として挙げたのは、国連難民高等弁務官として尽力した緒方貞子さん。

 「テロリストの銃が向けられている中に何も持たずに交渉に行く方で、一緒にコーラなんか飲んじゃうんです。私がそんなに強くなれるかわからないけど、そういう人間の尊厳を信じたい」。
 
 彼女の言葉は静かだが、確かな意志を帯びていた。典子を通して描かれる“人を信じることの痛み”と“信じ続ける勇気”は、まさに筒井真理子自身の生き方にも重なるのだろうか。
 
 人はどこまで他者を信じられるのか。赦すことは可能なのか。『もういちどみつめる』の投げかけた問いに対し、筒井はこんな思いを語った。

 「人はみんな違う世界を見ている。その違いを恐れず、受け入れることが、たぶん信じるってことなんだと思います」。

(取材・文:田幸和歌子 写真:米玉利朋子[G.P. FLAG inc])

 映画『もういちどみつめる』は、11月22日より全国順次公開。

編集部おすすめ