山田洋次監督の最新作『TOKYOタクシー』で、『ハウルの動く城』以来21年ぶりの共演を果たす倍賞千恵子と木村拓哉。タクシーの車内での2人芝居がほとんどを占める本作で濃密な撮影期間を過ごした2人に、人と関わることのあたたかさがあふれる本作への思いや、久しぶりの共演で改めて感じたお互いの印象について話を聞いた。



【写真】どの表情もカッコよすぎ!「木村拓哉」撮りおろしショット

◆21年ぶりの共演に「ド緊張するのではなく臨めた」(木村)「私は緊張しました」(倍賞)

 本作は、フランス映画『パリタクシー』を、山田洋次監督が日本版にリメイクしたヒューマンドラマ。東京・柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで、85歳の女性・すみれ(倍賞)を送迎することになったタクシー運転手・浩二(木村)の1日を描く。

――『ハウルの動く城』以来、21年ぶりの顔合わせとなります。久しぶりにご共演されてみての印象はいかがでしたか?

木村:以前声のお仕事でご一緒させていただいて、目を合わせて一緒にセッションさせていただくのは今回が初めてだったのですが、どこかアニメーションではあるんですけどハウルという作品の存在によって、自分と倍賞さんの間合いが無条件に縮めていただいている状況下でのセッションだったので、もちろんうれしかったし楽しみではあったんですけど、そこまでド緊張するのではなく臨むことができました。

前回は実際にお話させていただいたり、コミュニケーションやスキンシップを図ったりはあまりなかったんですけど、今回現場でスキンシップやコミュニケーションを取っても一切違和感がなかったですし、不思議な感じでしたね。

倍賞:そうだね。私もそう!

木村:「私もそう!」だけじゃなく(笑)。「え!それで終わりか~い!」ってみなさんなりますよ。

倍賞:そうね、ごめんなさい(笑)。私は緊張しました。

木村:嘘だぁ!

倍賞:緊張したよ。でもすごく楽しみでした。


スタジオに入ると真ん中にタクシーが置いてあって、周りを囲むように東京の街の風景を映すスクリーンがあって、ステージみたいな感じがありました。待ち時間にはいろんなおしゃべりもしましたし、毎日浩二さんに会うのが楽しみになっていって。私にとっては今までなかったような役だったのですが、お芝居をやっていて、すーっと入って行けるような状態でした。

そうそう、撮影の前には(木村の)コンサートを拝見して、イエーイ!なんていろいろ振ったりもしました。

木村:知ってますよ。一番緊張しましたよ。

倍賞:そう? そんなふうには思えなかった。

木村:だって山田洋次さんと倍賞千恵子さんが自分のライブの客席にいるんですよ。これはどういうシチュエーションなんだって(笑)。

倍賞:うわーっと走って来て、すごい力を感じました。でも作品ではそういう感じとまったく違って、1つの家庭を持っているタクシーの運転手さんの役で、どんなふうにいくのかな?っていう思いもありました。毎日どんどん変わっていくし、私も変わっていかなきゃいけないと思いながら仕事をして、すごく楽しかったですね。


――今回の作品では、人と関わることの大切さが描かれているように感じましたが、倍賞さんと木村さんは人と関わることの面白さや難しさについてどう感じられますか?

倍賞:今回木村君とキャメラのあるところで2人でお芝居できるという関わりができて本当によかったと思いました。その前は、『男はつらいよ』で渥美さんとずっとやってましたから。渥美さんは目が細いでしょ? その奥が悲しい時にウルウルってなったりするのがとても素敵だったんです。

今回は木村君が運転して私はいつも後ろの席にいて、バックミラーでのお芝居もあったんですよね。そういう時に、キャメラを通して彼の心を読んだり、バックミラーを通してキャッチボールしたり、そんな心の触れ合いがとても面白かったです。バックミラーいっぱいに彼の目が入ると、すごく目力があってドキッとするんです(笑)。そんな感じを受けながらも毎日楽しくお芝居させていただいて、それこそ新たな関わり合いとか、新しい気持ちをいっぱいいただきました。

木村:きっと浩二とすみれさんだから成り立った2人の関係性だと思います。出会いはもともと単なる仕事として、丸1日長距離を乗せることになるし収入としては確実に得られる保険のきいたお客さんを乗せに行っただけなんですけど、でもその相手がすみれさんだったからこそ今回のこのストーリーになっていった。

戦争という空気をまったく感じたことのない浩二が、すみれさんを通じて、戦火の恐ろしさだったり、切なさや苦しさだったり、かぎたくもないにおいすら匂ってくるシチュエーションを経験する。浩二にとってはたった1日のたまたま迎えに行ったお客さんだったんだけど、今まで経験したことのないような存在にすみれさんはなったんだろうなとすごく思います。

◆現場で感じた山田洋次監督のアンテナの感度は「5G」

――山田監督との作品作りはいかがでしたか?

倍賞:一番言われたのは“挑戦的”っていう言葉でした。
衣装合わせの時から挑戦的な衣装とか、挑戦的なメイクとか…。ふと考えてみたら、山田さんの作品では牛小屋で何かやってるとか、普通の主婦さくらさんのような役が多かったので、映画の中でマニキュアをするってこと自体が挑戦でした。いつも挑戦的、挑戦的と思いながらやってましたけど、木村さんと一緒にお芝居をしているうちにいつの間にか忘れていましたね。

車の中で2人でお芝居をしていて、山田さんは遠くにいるのね。最初は演出が聞こえなかったりしたのですがインカムをつけてくださって。でもそれがまどろっこしくなってくると、暗闇の中みんなに「危ない、危ない」と言われながらも私たちのところまで来て、窓越しに演出してくださいました。

木村:監督が来たなっていうのはサイドミラー、バックミラーで見えるんです。こっちに来たなってわかるので、すみれさんが乗っている側の窓を俺が勝手に開けて、ディレクションが始まる。今終わったなっていうのがわかると勝手に閉めるというのをよくやっていました(笑)。

――木村さんは、『武士の一分』以来、19年ぶりの山田組参加となりました。木村さんのまた新しい顔を見たいという監督の言葉もありましたが、そういう役を山田監督から託されたというのは、どのようなお気持ちだったでしょうか。

木村:託されたという言い方がベストなのかどうかわからないですけど、宇佐美浩二に自分を必要としてくれたこと自体で、自分はその現場に赴く理由が十分成り立つというか。
どんな役で、どんな衣装で、どういうストーリーであれ、監督がもう1本撮る、そこに呼んでいただけるのだったら、ここで座っている意味はないと。

――撮影中の山田監督の様子で印象的だったことはありますか?

木村:周りの情景に合わせて照明部のみなさんが太陽の光の当て方を調整してくださるのですが、みなさんがその練習をしてくれている間は、僕らは車内でスタンバイの状態だったので、浩二でもすみれでもない木村と倍賞さんで話をしていたんです。「今の作品が終わったらどんな感じなの?」「あ、俺、これが終わったら警察学校の教官になる予定です」と、本当に普通な話をしていたら、山田監督がそれを見ていて「それだよ! 今のいいね!」っておっしゃって(笑)。「今のいいね!」って言われても全然素だったんですけど。

倍賞さんだったり自分だったりのそういう瞬間に監督のアンテナの感度は5Gはいっていました。監督はステッキをお突きになって現場に現れるんです。でも撮影が始まって、「そうじゃないんだよ!」って直接何かを僕らに伝えに来るときには、杖を持っているんだけど突いていない。先っぽが浮いてるんですよ(笑)。そんな5G並の感度とモチベーションの高さを感じさせてくださる方でした。

現場にいらっしゃるスタッフの方たちも、映画を作ること自体が本当に好きでいてくれている。好きだから、やりたいからやっているっていう方たちが現場にいてくれているのがひしひしと伝わってくるし、そんな中で作業をさせてもらったので光栄でした。

◆倍賞千恵子、木村拓哉が感じる映画の魅力とは?

――倍賞さんは、近年『Arc アーク』で石川慶監督、『PLAN75』で早川千絵監督といった若い監督とも組まれています。
一方、今回大ベテランの山田監督と一緒に作品づくりをされていて、さまざまな世代の監督と映画を作ることの魅力をどんなところに感じられていますか?


倍賞:映画の監督をやっている方は皆さん同じだと思います。若かろうが年がいっていようと。作り方や経験を重ねているだけの違いであって、映画が本当に好きでこういう映画を作りたいという思いがあるのは皆さん同じじゃないかなと思う。そんな思いを感じながら現場に参加できたときに映画の魅力を感じますね。

――木村さんは、映画の魅力はどんなところに感じられますか?

木村:山田監督ともその話になったんですけども、「君のフランス料理の作品は、あれはテレビドラマを撮っていた監督がやったのかい?」って言われて。「そうです」とお答えしたら、「あ、そうか」と。映画監督として持っているプライドは実在していると思うし、映画というカテゴリーの作品づくりをされている人たちのモチベーションっていうのは絶対にあると思うんです。でも山田監督は「そうなのか」って言った後に、「考え直さないといけないね」っておっしゃったんです。「テレビの監督とか、映画監督とか、そこに変な線引きはまったくないんだね。あれは素晴らしい。あの監督は素晴らしいね」って言ってくれました。「山田監督がそう言ってくれたぜ!」ってすぐに塚原(あゆ子)監督に伝えたくなりましたね。


なんだろう。運動をやっている人にとっての五輪、サッカーの人にとってのワールドカップなのか、やってることや熱量は一緒なんですけど、向き合い方もしくはその現場にいらっしゃる方たちがお持ちのプライド、責任感、挑戦、モチベーションというところには、映画というものが持つ価値観、におい、味っていうのがあるのかもしれないと感じます。その味っていうのを作り出しているのはそこにいる方たちのプライドだと思うし、本気の熱量だと思います。

監督は「実は『男はつらいよ』ってテレビ作品だったものを映画というものにしたんだ。そんなものは絶対に成功しないと笑われたんだよ」ともおっしゃっていました。なんていうか、本質的な部分は変わらないと思うんですけど、映画ってなった瞬間に襟付きのシャツになるというか。テレビドラマがTシャツだったら、映画ってなったら襟が付く感じというか、そういうのがあるようにも思います。もちろん「テレビドラマなのに今回は素材はシルクでいきましょう」とか、スリーピースのスーツ、イブニングドレスで構えるドラマもあるだろうし、映画なんだけど「今回はタンクトップで」という監督もいらっしゃるとは思いますが。

倍賞:彼の言ったことはとってもよくわかるし、本当にそうだと思います。

今どんどん映画が、自分の家でテレビで観られちゃうでしょう。どんな映画でも家で観られちゃうって不思議ですよね。でも「これだけは映画館へ来てよ」っていう映画があるし、『TOKYOタクシー』は特にそんな作品だと思うので、ぜひ映画館で観てほしいですね。

(取材・文:渡那拳 写真:高野広美)
 
 映画『TOKYOタクシー』は、11月21日全国公開。

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