いよいよフィナーレを迎える連続テレビ小説『ばけばけ』。人々の暮らしも価値観も急速に変化した明治日本を舞台に、名もなき人々の心の物語に焦点を当てた本作。

半年間、涙と笑いで彩られてきたこの物語の中には、数々の名言、そして思わず笑ってしまう迷言たちが誕生してきた。本稿では、そんな言葉の数々を手がかりに、『ばけばけ』の世界を全2回にわたって振り返る。

【写真】「ダキタクナイ」「だらくそがぁ!」名シーンをプレイバック

■実は迷言製造機? トキの面白ワードをプレイバック

 視聴者の共感や涙を誘う名言だけでなく、思わず笑ってしまう“迷言”も量産されてきた本作。特に高石あかり演じる主人公・トキは全125回を通じて、たくさんの笑いを届けてくれた。真っ先に挙げたいのは、視聴者の間で「ビア問答」「ビア大喜利」と称された第36回でのトキとヘブンのやり取り。

 ヘブンから“beerを買っておいてほしい”と頼まれたものの、beerを知らないトキはbeerっぽいものを総動員。帰宅してすっかり“ビールの口”になったヘブンにトキは次々と「琵琶ぁ」「ひえ」「鎌ぁ」「コマぁ」「胡麻ぁ」と実物を見せながらbeerっぽい発音で紹介していく。いら立ちながらも律儀に「ノー! ビア!」と絶妙な間でツッコむヘブンと、beerにたどり着けないトキの「んん~!」というリアルすぎるうめき声も重なって出色の爆笑シーンとなった。

 また第40回ではヘブンがトキに“ヴードゥー人形”をプレゼント。その人形が針を刺して願いを叶えたり、呪ったりする人形であることを知らされたトキは目を輝かせながら「わら人形みたいな…ああ…!」と興奮。「え~早く呪いたいな…」と早口につぶやく様は、まさに怪談好きの面目躍如。周囲の学生たちが「変わった女中さんだなぁ…」と冷静につぶやく様子とのコントラストが笑いを誘った。


 またトキがヘブンと晴れて夫婦となった直後の第72回では、冒頭シーンでトキがヘブンの名前で呼ぶ練習をする。一旦「おやすみなさいヘブン…」と言ってみたトキは、咳払いをして「ヘブンさん」とポツリ。続けて「フフフ…ちょっとヘブンさん…」と言うと彼女の妄想が加速。「ヘブンさん、肘が当たっちょります」「あっヘブンさん挟まってますよ…」とトキにしか見えない光景が広がっていくと、思わず“どんな状況?”とテレビの前でツッコんだ視聴者も多かったはずだ。

■ヘブン語録を振り返る

 日本滞在記を書くために、教師と身分を偽り訪日した新聞記者のヘブン。松江市民に「異人」として熱狂的に迎えられるも、極度の緊張で震える手に気づいたのはトキだけだった。最初の住居として滞在した花田旅館では、虫のように見える糸こんにゃくに「ジゴク!」、魚の小骨に「トッテ!」と叫ぶなど、その気性の荒さに主人の平太(生瀬勝久)たちはタジタジに。

 そんなヘブンが発する日本語のワードセンスもたびたび話題を呼んだ。トキの祖父・勘右衛門のちょんまげ姿を見て漏らした「ラストサムライ」。女中に名乗り出たなみ(さとうほなみ)を断る際には「オトモダチデ、イマショウ」。さらに自分はラシャメン(洋妾)なのだと勘違いしていたトキの誤解を解くために、松野家の前で必死に弁明する際に出た「ダキタクナイ」という衝撃発言。これにはトキも一拍おいて「それはそれで失礼だけん!」、母・フミも「抱きたいでしょ!」と異議を唱えて笑いを誘った。


 そのワードセンスは後半でも健在で、熊本編では、借金のない生活は張りがないという信じられない理由で小豆相場に手を出して損をした司之介から「わしが金を失った顛末を題材に一本、物語を書くというのはどげじゃ?」と提案され、「イラナイ!」「パパサン…チョウシ ノル ナイ」と一刀両断。そして東京編では、帝大をクビになった自身のことを「オワリ、ニンゲン」と悲哀あふれる言葉で表現。片言だが言葉の奥にあるニュアンスまで伝わる適格なチョイスで、視聴者を笑わせ、深い印象を残した。

■独特すぎる松野家の感性

 トキを取り巻く松野家の面々も名(迷)言を残している。第5回で傅(堤真一)からもらったカステラのおいしさに、「生きちょってよかった~」と心からの喜びをあらわにするフミ。どんなにつらいときでも、おいしいものは一瞬、日々の難儀を忘れさせてくれるもの。……と思いきや、何かを思いついたフミは、おもむろにカステラを立てて一言「お墓みたいだがぁ」……確かに、どちらも四角い。さっきまで“よかったね”と見ていた視聴者の空気に、急に差し込まれる物騒なイメージ。そのコントラストがおかしくて、忘れられない。後にトキが養子であることが明らかになるが、カステラのことを「私もそう思った」とうれしそうにするトキに、「親子なんだから」とこの時思ったのは、フミも視聴者も同じだったはず。

 二人を筆頭に、独特な感性を持つ松野家の、 “これぞ松野家”な名言が飛び出したのが、第70回のトキとヘブンの結婚式パーティーでのこと。トキがヘブンに伏せていた松野家の借金のこと、三之丞(板垣李光人)がタエ(北川景子)のためについていた仕事の嘘、その嘘を、三之丞のために知らぬふりをしたタエ。
そして、娘が“もうひとりの母”を気に掛ける姿が、ずっと心に引っかかっていたフミ。

 それらすべてが一気に明るみに出て、気持ちが切れた三之丞に、司之介(岡部たかし)が声をかける。「こげな時は叫ぶのが一番です。“だらくそがぁ!”と」。そして縁側に集まった“家族”全員で、空に向かって「だらくそがぁ!」と何度も叫ぶ。結婚という晴れの場で、“くそったれ”という“鬱憤”を一斉に吐き出す振り幅こそ、松野家らしさの真骨頂だった。

 しかも、この言葉を最初に口にしたのが司之介だったのも興味深い。急に武士は不要とされ、世の中の変化に戸惑い、いくつものを「だらくそ」を飲み込んだであろう司之介。一方、家族のために、さまざまな感情を飲み込み現実と闘ってきたトキ。なんだかやっぱり親子なんだなあ、と感じさせられる。

■視聴者の共感を集めた親友・サワ

 朝ドラを語る上で忘れてはいけないキャラクターが“主人公の親友”。本作では円井わんがトキの親友・サワを演じていた。
トキと同じ長屋に暮らしながら、貧しい暮らしから脱するために教師を目指すサワに共感を覚える視聴者が続出。30日から4夜連続で放送される本作のスピンオフでは、サワが女中のウメ(野内まる)と共に主人公を務めることも決定している。

 サワが関わった名シーンは数あれど、特に印象的だったのは第85回。思いを寄せていた庄田(濱正悟)からプロポーズされ、借金の返済と長屋からの脱出を持ちかけられたものの、それを断ったことをトキに打ち明けるシーン。サワは、ヘブンの妻となり裕福な暮らしをしているトキのことを“シンデレラ”と表現。そして自身について「私は…おトキにはなれん。おトキと同じ道は歩けん。シンデレラにはなれんけん」と語る。

 教師という夢を叶えて自らの力で長屋から脱出するために敢えてプロポーズを断ったサワ。いま以上に女性の社会進出が難しい時代に、なんとしてでも夢を叶えたいという強い意志が伝わる名ゼリフだ。

 直向きに夢を追う一方で誰よりもトキを理解し思いやるのがサワの魅力。象徴的だったのは松野家に熊本への引越しの話が持ち上がった第93回。
新聞記事をきっかけに嫌がらせを受けながらも松江から離れることを躊躇するトキに、サワは「知っちょる人がおらんとこ行けるの羨ましい」と語りかけ「誰にも知られちょらんって一からやり直せそうで憧れるわ~って。そげなことない?」とあっけらかんという。飾らない雰囲気でトキの背中を押すサワのこの言葉も、多くの視聴者の共感を集めた。

■川向こうの暮らしを夢見たなみ

 作中、トキとサワと意外な友情をはぐくむことになったのが、遊郭のなみだ。川を挟んで広がる、松江大橋のあっち側(裕福なエリア)と、こっち側(庶民や貧しい人々が住むエリア)という生活格差。“こっち側”にある天国遊郭に借金のカタで売られたなみは、いつか“あっち側”へ行くことを夢見ていた。ヘブンの女中に立候補し、ラシャメンになる覚悟まで決めるが、武士に憧れるヘブンに農家出身のナミは選ばれなかった。

 その後、代わりに女中になりヘブンと結婚したトキを、なみは恨むこともなく、サワに「私たちはどうする?」と語りかける。すっかり顔なじみとなった3人だが、出会ったばかりの頃、なみがトキとサワに「おなごが生きるには身を売るか、男と一緒になるしかない」と言い放ち、サワが「そげなことない」と言い返したこともあった。

 そんななみに、なじみの客から身請けの話が持ち上がる。ずっと夢見てきた、川の向こうでの暮らし。しかし、いざ目の前に差し出されると、なみは怖気づいて、サワに「ここで一緒に傷をなめ合って生きていこう」などと言う。


 一方で、ヘブンとの結婚を機に長屋を出て、急速に“あっち側”の人間になっていくトキ。そのことでサワとの心の距離が開いてしまう。自力脱出を目指すサワは、正規の小学校教員を目指して勉強に励むも、どこか心は晴れないままだ。

 なみが身請けを受け入れ、天国遊郭を出る決意をした第80回。川の向こう側へ渡るその日、なみは「あとはおサワちゃんだけだね」と声をかける。しかし最後には抱きしめて、「だども、無理に出んでもええと思うよ」「その時が来たら、心が決めてくれるけん」と伝えるのだった。

 複雑な思いを胸に抱え、ただ耐え続けてきたサワに対して、それは諭すでもアドバイスでもなく、ただ「大丈夫だよ」と寄り添う、なみの思いやりに満ちた温かな言葉だった。

(文:スズキヒロシ、川辺想子)

 連続テレビ小説『ばけばけ』はNHK総合にて毎週月曜~土曜8時ほか放送。

※高石あかりの「高」は正確には「はしごだか」

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