いよいよフィナーレを迎える連続テレビ小説『ばけばけ』。人々の暮らしも価値観も急速に変化した明治日本を舞台に、名もなき人々の心の物語に焦点を当てた本作。

半年間、涙と笑いで彩られてきたこの物語の中には、数々の名言、そして思わず笑ってしまう迷言たちが誕生してきた。本稿では、そんな言葉の数々を手がかりに、『ばけばけ』の世界を全2回にわたって振り返る<第2回>。

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■伝説の“第65回”は名ゼリフの宝庫

 およそ半年間の番組の中で、2025年最後の放送となった第65回(第13週「サンポ、シマショウカ。」)を多くの視聴者がハイライトとして挙げるはず。第13週は、トキ(高石あかり)に復縁を持ちかけるため元夫・銀二郎(寛一郎)が松江へ。さらにヘブン(トミー・バストウ)に思いを寄せるイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)もやってくるという展開に。恋の矢印が錯綜する中、第65回では笑顔で見つめ合うトキとヘブンの姿をイライザが滞在中の旅館から目撃。同じく旅館からこの光景を見ていた銀二郎もトキとヘブンが互いに思い合っていることを確信する。

 イライザが銀二郎を相手にため息まじりにつぶやいた「あなたと私は一緒ね…」というセリフは、演じる2人の俳優の熱演も相まって胸に迫る。一方、失恋した銀二郎は松野家を訪れると、家族に対して復縁をあきらめると宣言。トキをまっすぐ見つめながら彼女への深い愛情を言葉にしつつ「幸せになってほしい! だけえ、あきらめます!」と告げる。この一言にも、ファンから愛される銀二郎の実直な人柄が凝縮されている。

 そして第65回のクライマックスでは、トキとヘブンが橋のそばで再び顔をあわせることに。
散歩に行くため橋を渡ろうするヘブンを呼び止めたトキは、恥じらい混じりの笑顔で「私も…ご一緒してええですか?」とポツリ。ここでハンバート ハンバートによる主題歌「笑ったり転んだり」が重なるという演出の相乗効果もあり、トキのセリフが鳥肌必至の名シーンを生んだ。

■報われない男・銀二郎に幸あれ

 視聴者に最も同情されたのは、トキではなく最初に結婚した銀二郎だったかもしれない。借金を返すために婿を迎えようとするトキだったが、武士の誇りに固執する勘右衛門と司之介のせいで最初の見合いは失敗に終わる。そんな中迎えた、銀二郎との顔合わせでは、トキのために髷を切り落とし、ロン毛の落武者と化した司之介が登場。感動と笑いが同時に押し寄せる名(迷)シーンが生まれ、こうしてトキと銀二郎は結ばれる。怪談好きで、働き者の銀二郎は、トキとこれ以上ない相思相愛だった。

 ところが聞いていたよりも多額の借金を松野家が抱え、昼は力仕事、夜は遊郭の客引きと身を粉にして働いても借金が減らない。さらに、勘右衛門の剣術指導や、一家が隠していた「トキが養子である」という事実を知った重圧も重なり、銀二郎はついに東京へ出奔してしまう。

 朝、枕元の手紙を見つけたトキは、「ずっと一緒だと思って甘えちょった!」と取り乱す。その後、銀二郎を追って東京で再会を果たすものの、「東京で、夫婦でやり直そう」という銀二郎の提案に、松江にいる家族の姿がよぎるトキは首を縦に振ることができない。大粒の涙を流しながら、ただ「ごめんなさい」と謝るのだった。


 それから4年後。ヘブンの女中として働くトキのもとに、実業家として成り上がり、月に200円を稼ぐようになった銀二郎が現れる。銀二郎は、かつて逃げ出したことを松野家に謝罪。そして「どうあがこうと光が見えない、暗闇の中にいるのが耐えられんかったんです」と胸の内を明かす。借金の額そのものよりも、未来が真っ暗で見えない日々に、ただ心体が消耗していく虚しさ、恐ろしさ。それが銀二郎を追い詰めたものだった。

 そして、余裕を手にし、今度は大丈夫だと思った時には、トキにはヘブンという存在があった。真面目で誠実で、誰よりもトキを思っていたにもかかわらず、二人が結ばれることはなかった…。4年前にああしていれば、気づいていれば――でも、あの時には無理だったのだ。どうしてもうまくいかないことがある――そんな難儀な世界に、私たちは生きている。

■トキを見守ったタエ&勘右衛門

 東京へ出奔した銀二郎をトキが追う資金を用立てたのは、祖父の勘右衛門(小日向文世)だった。かつて、遊郭で客引きをしていた銀二郎に対し、「松野家の格が下がる」と咎めた勘右衛門に、銀二郎は「おじじ様もいっそ鎧や刀を売って金を作ってはいかがですか?」と反論する。
今さらながら、勘右衛門は鎧や刀を手放したのだ。

 東京へ向かったトキが、もう松江には戻らないかもしれないことを、トキの生みの母・タエ(北川景子)に伝える勘右衛門。するとタエは、「私はおトキを手放す時、あの子の幸せだけを願いました。そなたは今、あの時の私たちと同じことを願っている」と語りかける。

 夫・傳(堤真一)が亡くなり、機織り工場も倒産したタエは、その後、三男・三之丞(板垣李光人)と極貧へと転落する。しかし「雨清水家は人を使う立場」という価値観に縛られ、人に使われて働くくらいならと、ついには物乞いにまで身を落とす。勘右衛門もタエも、出自への強いこだわりを持ち続けてきた人物だった。

 二人は純粋で、少し愚かだったのだと思う。トキの幸せを思うなら、必死に働いていた銀二郎を責めるべきではなかったし、残された三男・三之丞のことを思えば、食べ物にも困る状況で、名家のプライドに固執するべきではなかったはずだ。

 それでもなお、勘右衛門もタエも、少しずつ古い価値観を手放し(そうせざるを得なかったし、いざという時にはそれができる人たちだった)、前へと進んでいく。ヘブンのことを「ペリー」と呼び斬ろうとしていた勘右衛門は、最終的に「八雲」という日本名をヘブンに与えるに至る。そして、タエと三之丞が苦しい生活の中で守り続けてきた雨清水の籍に、日本人としてヘブンが加わることになる。


 長い歴史の中では、タエも、勘右衛門も、トキも、市井の人に過ぎない。だがその胸の内には、いつもさまざまな思いが渦巻いていて、何も起きていないように見える日々の中で、その機微を丁寧にすくい上げてきたのが、『ばけばけ』という物語だった。

■時代に翻弄された男・三之丞

 上級武士の家に生まれながらも三男坊であるがために冷遇されてきた三之丞も本作に欠かせないキャラクターだ。長男が出奔し、父・傳が病に倒れたことから突然、工場の社長代理となった三之丞。程なくして傳が亡くなると工場は閉鎖。残された傳の妻・タエと三之丞は稼ぎを失ってしまう。そして母・タエが語っていた“雨清水の人間なら人を使う仕事に就きなさい”という言葉を信じ込んだ三之丞は独特すぎる就職活動を展開する…。

 第29回では三之丞が司之介(岡部たかし)の働く松牛舎牛乳を訪問。三之丞が社長にすがり付きながら訴えた「私を雇ってください! 社長にしてください!」という言葉は、その切実さから“悲劇と喜劇は紙一重”と言いたくなる絶妙なペーソスとユーモアを醸し出した。その後、タエと三之丞は、トキが女中として得た給料をもとに生活を立て直す。そんなタエと三之丞は第94回で再登場。荷下ろしの仕事を始めた三之丞は肌も浅黒くなり精悍な佇まいに。


 またヘブンが日本国籍を取得するためトキと共に松江に戻った第23週にも三之丞はタエと揃って登場。2人はトキとヘブンが雨清水籍に入ることを喜びながら、貧しい暮らしに耐えてきて良かったと語りあう。そして三之丞は、タエが作った食事に口を付けると「失礼を承知で…」と切り出し「母上の料理がこの頃、美味しいです…美味しいです!」と笑顔を見せる。三之丞自身の成長に加えて、タエの成長、そして三之丞とタエの家族としての成長を体現するような名ゼリフとなった。

■“もう1人のヒロイン”錦織さんよ永遠に…

 最後に本作を代表するキャラクターの1人として挙げたいのは、時に主人公以上の存在感を放っていた吉沢亮演じる英語教師・錦織友一。飛び抜けた優秀さと生真面目さが絶妙なユーモアを醸し出したことで、朝ドラ王道の“トンチキイケメン”枠を担いつつも、ヘブンとの関係性の変化が丁寧に描かれることで、視聴者の間では“もう1人のヒロイン”としても愛された。

 思わず笑ってしまうおもしろ系パワーワードを次々と生み出してくれた錦織。第68回のヘブンと三之丞の初対面シーンで、錦織が放った「三之丞is三之丞」は、錦織の生真面目さとトンチキが高次で融合した迷ゼリフ。さらに第89回で、錦織が新聞に“食い逃げ疑惑”を報じられた江藤知事(佐野史郎)に向けて語った「よい食い逃げでした」は、真剣な表情とのコントラストが笑いを誘う見事なパンチラインとなった。

 名シーン、名ゼリフを挙げればキリがないが、彼の“最期”が描かれた第115回に触れずにいられない。かつてリテラリーアシスタント(作家の創作を助けるパートナー)を務めた錦織は、松江の美しい光景に心が動かなくなったヘブンを厳しい言葉で批判。錦織が施した“荒療治”で作家魂に火が付いたヘブンは部屋にこもって執筆に集中する。
その直後、ヘブンの部屋を訪れた錦織がトキの隣で静かにつぶやいた「あの人は…本当に世話が焼ける」という言葉は、ヘブンと友情を紡いだ錦織のリテラリーアシスタントとしての矜持が伝わる名ゼリフだった。

(文:スズキヒロシ、川辺想子)

 連続テレビ小説『ばけばけ』はNHK総合にて毎週月曜~土曜8時ほか放送。

※高石あかりの「高」は正確には「はしごだか」

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