2012年本屋大賞第1位に輝く三浦しをんのベストセラー小説『舟を編む』が映画になった。それも原作に勝るとも劣らぬ形で。
メガホンを執ったのは『川の底からこんにちは』の俊英・石井裕也。辞書作りを通じて、ひとりの青年・馬締光也(まじめみつや)と周囲の人々の姿を見つめる本作で、主演を務めた松田龍平がマジメの魅力を語り尽くした。

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 営業部で持て余されていた、人とのコミュニケーションが苦手な馬締が、辞書編集部に配属になったことから物語は始まる。そこで馬締はお調子者の編集者・西岡正志(オダギリジョー)らに囲まれながら、気の遠くなる作業の連続の中で、自らの知識を本当の意味で生かしていく。そして宮崎あおい扮する林香具矢(はなしかぐや)なる女性への一目ぼれも経験し……。

 映画俳優として彼にしかない存在感を放ってきた松田だが、馬締ほどの不器用なキャラクターを演じる姿はこれまでに見たことがない。


 「辞書を作るという話自体は今までに無いですし、僕もどういった仕事なのか全然想像できなかったから、興味を持ちました。それに辞書を作る馬締自身が、人と言葉を使ってコミュニケーションを取るのが極端に苦手だというのはおもしろいと思いましたね。ただ演じる側としてはセリフが少なかったので、どうやって彼の思いやキャラクターを出そうか石井監督と相談しました。なかなか自分の気持ちを伝えられないもどかしさと、でもそれに対して諦めていないところが伝わればいいなと」。

 最大のコミュニケーションツールでありながら、言葉が難しいことは私たち自身、よく知っている。松田も言う。
「必ずしも自分の言いたかったことと、相手が受け取ることって一緒じゃない。おもしろい部分でもあるけど、でも怖いですよね。相手のことを考え過ぎるあまり、言葉が出てこないこともあるし。でもそれも、結局、相手がいるからこそ成立すること」。

 そして馬締を通じて怖かった言葉がおもしろいものに変わってもらえばいいと続ける。「角度を変えれば、物事は全然別のものになるんですよね。
怖かったものがすごくおもしろいものに見えたり。自分次第で世界は180度変わる。この世に言葉は何十万語ってあるじゃないですか。どうしてそんなに言葉が溢れているんだろうと考えると、劇中のセリフにもあるんですが、言葉は“人に自分の気持ちを伝えるもの。そして相手の気持ちを知るためのもの”。それが溢れているということに希望を感じます」。
 一見、受け入れが難しそうな絵文字や若者言葉についても松田は“希望”だと捉える。「微妙なイントネーションを伝えようとした結果として出てきたものじゃないですか。それって、人間の、人と繋がりたいという希望だと思うんですよね」。

 さらに松田は馬締をとても「前向き」な人だと話す。「言葉への知識があるからと辞書編集部に異動した馬締自身が、最初、言葉を頭の中だけで捉えてしまっていた。でも編集部の人たちに上手く自分の気持ちを伝えられなければ、ひとりでは辞書は作れないと思ったとき、彼をよく知る下宿のタケおばあさんに相談するんですが、その翌日の朝には、もう西岡に対して行動に移してるんです。
でも距離の測り方を知らないから、一気にゼロにいっちゃって、そこに映画としての笑いが生まれるわけですが(笑)」。笑えるシーンも多い本作。このシーンも爆笑必至だ。

 さて、辞書編集部に移れたことで、天性の仕事を見つけ、花開いたようにも受け取れる馬締。でも松田はそうではないし、そう受け取っては欲しくないという。「確かに辞書編集部は彼の才能を活かせる現場です。
でも、辞書作りに選ばれたから彼が変化していったと思われるのはいやなんです。例えていうなら、宝くじにあたるじゃないけど、誰しもが自分の才能にあった仕事ができる世の中ではないですよね。馬締は宝くじにあたったわけではなくて、たとえすごく苦手な営業をずっとやっていたとしても、馬締にはいつかは突破する転機が訪れたと思うんです」。そこが松田のいう馬締の「前向き」さだ。

 「馬締はちゃんと前を向いて、向上心を持っている。観ている方に、そう見えたらいいと思っています。そして作品を観終わったときに、人生は続いていくんだということを感じていただけたら。香具矢さんとの距離感もステキですし、日常の中で、見逃してしまっている幸せみたいなものを感じてもらえたら嬉しいですね」。(取材・文・写真:望月ふみ)

 『舟を編む』は4月13日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー