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人気漫画家でありながら、東本願寺の「親鸞」の屏風や、伊勢神宮に奉納した「墨絵」、「井上雄彦 最後のマンガ展」と題した個展を開くなど、数々の独創的な活動を続けてきた井上氏。そんな彼が今回コラボしたのが、数々の独創的な建造物を世に送り出した稀代の建築家アントニ・ガウディだ。彼を描くために井上氏は、約1ヵ月間、ガウディが最後に手がけ、現在も建造中のサグラダ・ファミリアを望む場所でガウディという人物に向き合った。
「武蔵や親鸞、伊勢神宮といった、これまで取り組んで来た題材と同様に難しかったですが、その上ガウディは日本人ではないし、時代や距離が遠かったので、スペインに滞在し、世の中をどのように見ていたかを感じることが重要だと思ったんです。さらに言うと、自分のスタンスが変わったということもあります。キャラクターをつくるにあたって、以前はまだ頭で考えてつくってた部分もあったと思いますが、今はその人の環境に入ることによって、自分自身が変わっていく部分を作品に取り入れるようになったんです。『バガボンド』初期はまだ頭でつくってる部分もあり、今見ると硬さを感じます」。
ガウディに寄り添い、井上氏の内から湧き出したインスピレーションによって描き出された作品が、展示会場には約40点並んでいる。本人曰く展示会がスタートしても「まだ何ヵ所か直したい部分が見つかったりする」ようで、今後もそれが思い込みかどうかを見極めつつ、手直しをする可能性もあるという。しかし「そこがこういう仕事の面白さの一つでもあるんですけどね」とニヤリ。
さらにこの展示会をどう捉えているのかという問いには「ガウディという人を偉人、天才、聖人として、自分たちと違う向こう側の人間として分け隔てることは簡単ですが、我々今の時代に生きる日本人もガウディと同じものを内側に持っているということに思いを馳せていただけたら」と続けるが、核心については「同じものとは何か、それはそれぞれが見つけることこそ大切」と、作品を見て感じて欲しいという思いを吐露した。
題材には“無”であるという井上氏だが、時間という抽象的なテーマには興味を持っているという。サグラダ・ファミリアはガウディの死後も建造中であるということにも、色々と考えさせられる部分があるのだそうだ。『バガボンド』の連載は生きてるうちに完結するんでしょうかというメールをいただいたり、もし自分が途中で死んだらサグラダ・ファミリアみたいに誰かが続けて書いたりするのかなって冗談で考えたり(笑)。時間ってすごく面白いと思うんです。『SLAM DUNK』も短い期間の話なんですが、10代っていろいろあるからすごく細かく描きたいって思いもあったし、ゆったり流れる時間の良さもありますしね。密度によって感じ方が変わっていくから面白いんだと思うんです」。
そんな井上氏に昨今の人気漫画の実写映画化について意見を求めると「僕には他人事ですね」と笑顔。
確かに井上氏の描き出す漫画のキャラクターは唯一無二の世界観があり、多くの人に感動や活力を喚起するほど魅力的だ。「僕はどんな人物を描く時にも、生きていることを肯定したいという視点は入れるように心がけています。エピソードや人物を描く際、負の部分を持ち合わせているのは当然なのですが、最後にはみんな肯定したい。そういう想いはあります」。この想いこそが、多くの人を惹きつける作品を世に送り続ける根幹なのかもしれない。(取材・文・写真:才谷りょう)
「特別展 ガウディ×井上雄彦-シンクロする創造の源泉-」は7月12日~9月7日まで森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)にて開催中。