「葛飾北斎っていうと、世界的に著名な人ですよね。でも江戸時代には、彼はただの人気絵師だったわけです」と口を開いた松重豊。
そんな松重が、意外や、初となるアニメーションのアフレコを務めたのが『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』における、葛飾北斎、その人だ。主人公・お栄(後の葛飾応為)役の杏とのエピソードや表現者たる思いを聞いた。

【関連】「松重豊」インタビューフォトギャラリー

 05年に46歳の若さで逝去した杉浦日向子の傑作と呼び声高いコミックを、『河童のクゥと夏休み』『クレヨンしんちゃん』シリーズの原恵一監督がアニメ映画化。北斎とその娘のお栄を中心に、江戸の風俗や庶民の生活を描いた本作は、「短編からなる原作のエピソードを抽出しつつ、流れるような1本の映画になった。そこにはやはり原監督の力量を感じます」との松重の言葉通りに仕上がっている。

 そしてアニメの力で蘇った江戸の町に生きる北斎は、あくまで北斎でしかなく、松重の顔は浮かばない。「北斎にしか思えなかったと言ってもらえるのは、最高の褒め言葉ですね。今回はこの絵の人物が北斎ですから。僕は声を吹き込んだわけですが、役者として演じるときと通じる部分もありました。どうやって寄り添ってその人を作っていくか。今回は“声で”寄り添っていく作業でした」。

 これまでにも坂本龍馬(舞台『彦馬がゆく』)をはじめとした歴史人を演じてきた。
そして都度、「その人物を身近に感じた」という松重。「演じることによって、彼らが人間のレベルに降りてくる感じがあるんです。今回の北斎でも、絵師というのはこういう心構えで、才能のある娘がいて。その子にどう伝えていくか、突き放していくか、親として悩みもしたんだろうといったことを、いろいろ考えましたし、リアルに生きていた人なんだという実感を得ましたね」。

 90歳で大往生を遂げた北斎は、死の間際も「あと10年あったら、5年あったら本物の絵師になれた」と述べていたという。松重も大きく頷く。「異業種の偉大なる大先輩である北斎のその言葉は、役者稼業でもまったく同じ。ひとつの山を登っても、また次の山が見えてくる。分かったなんて言ったらそれで終わり。それは役者の世界も絵の世界も一緒なんだと思います」。 さて、お栄役の杏とはCM、テレビドラマ『デート~恋とはどんなものかしら~』に続き、3度目の父娘役となった。アフレコはドラマの撮影と同時期だったため、先に収録に入った同じく声優初挑戦の杏に「どんな感じ?」と訊ねることもあったとか。
杏を語る松重の表情はとても温かだ。

 「どこかお栄と似た境遇ともいえると思うんです。お父さんは世界で知られる偉大な俳優で、自分も同じ道で一歩一歩キャリアを積み重ねている。『デート~』でも杏ちゃんは主演だったわけですが、座長として、ただ和気藹々の現場になることのないよう、全体をまとめていかなければならない役割もきっちりと引き受けていた。そんな姿を見るにつけ、親のような気持ちで将来が楽しみになっています。自慢の娘ですね」。

 すっかり馴染んだ感のある松重と杏の親子役。だが、歳の差カップルも珍しくはない今、今度はあえて夫婦役というのはどうだろう。すると松重は「それはないですね」ときっぱり。「なにしろDNAが似ちゃってますから」と笑った。(取材・文・写真:望月ふみ)

 『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』は5月9日より全国公開。
編集部おすすめ