初公開から実に30年、『トータル・リコール』が映画館に帰ってくる。言わずと知れたアクション・ヒーロー、アーノルド・シュワルツェネッガーと、オランダから来たバイオレンスの巨匠、監督ポール・ヴァーホーヴェン。

このふたりが最初で最後の電撃合体を果たした1990年の時点で、『トータル・リコール』はすでに映画史における大事件といえた。それが4Kリマスターの超高画質で、いま大スクリーンによみがえる。映画界の内外を問わず、なかなか明るいニュースのなかった2020年にあってこれはとんでもない朗報だ。との思いをかみ締めつつ、改めて同作を観直してみて、これはやはり大事件だとの思いを新たにする(まあ半期に一度は再見して、毎度同じことを考えているのだが)。

【写真】初公開から30年! 映画館に帰ってきた『トータル・リコール』4Kリマスター版フォトギャラリー

■『ターミネーター2』直前に沸点を迎えていたシュワルツェネッガー・アクション

 なにしろ90年当時のシュワルツェネッガーといえば、飛ぶ鳥を(重機関銃で片っ端から撃って)落とす勢いでばく進していた、押しも押されもせぬ肉弾スターであった。そんな男のキャリアは翌91年の『ターミネーター2』でいよいよ頂点に達するが、直前でその暴力性とかわいげとが狂い咲いたのがこの『トータル・リコール』であったといえる。万人が認める最高傑作の、ひとつ前の作品にこそ、アーティストの真価が凝縮されている…という話をかねてから提唱している。音楽の話で例えれば、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの到達点といわれるアルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』(91年)はたしかに名盤ではある。だがその前の『母乳』(89年)のほうがよりタイトで無駄がなく、バンドが本来持っていた荒々しい魅力に溢れていた、と思う。同じことを『トータル・リコール』を観るたびに思う。

 実存SFの第一人者、フィリップ・K・ディックの短編『追憶売ります』を原作にした映画である。何の変哲もない主人公の人生が、実は何者かによって造られた偽りの記憶でしかなかった…という小説。
本来は気弱で冴(さ)えない普通の男が主人公であった物語は、偉丈夫シュワルツェネッガーを主演に迎えたことで、より予測不能な展開を見せることになる。オーストリアからやってきた暴力の権化としてハリウッドを席捲(せっけん)したシュワルツェネッガーの、あまりに危険な存在感。今回はこの男が未来世界でアイデンティティを見失い、自分自身の正体を探し求めて奔走する。当然、その行く先々にはバイオレンスの華が咲く。謎に満ちた物語のなかで不意に乱闘が起こったかと思えば、次の瞬間には地面にいくつもの死体が転がっている。または激しい銃撃戦に巻き込まれ、蜂の巣にされて痙攣(けいれん)する、通りすがりの一般人。ちぎれ飛ぶ悪漢の両の腕。さらに主演俳優の鼻の穴から飛び出す巨大なりんご飴のような物体。

 『ターミネーター』に『コマンドー』、『プレデター』などなど、シュワルツェネッガー・アクションには毎度歓声を上げてきたが、その主演作においてここまで直裁で、もはや視覚ギャグの域にまで達した暴力表現は見たことがなかった。どこへ連れて行かれるのか分からない展開、当時最高峰の技術を駆使した特殊効果が作り出す未来世界(それはいつか見たことのあるようなものでありつつ、実はどこでも見たことのないものだ)。そしてあまりに激しいバイオレンスが渾然一体となって、何度観ても不思議な酩酊(めいてい)感に襲われる。@@separator■シュワルツェネッガーが熱望したヴァーホーヴェンとのタッグ

 小説『追憶売ります』の映画化権を買ったのはダン・オバノン。
盟友ロナルド・シュセットとともに『エイリアン』(79年)の脚本を書いて一世を風靡(ふうび)した才人だ。このコンビがディックの小説の実写化に取り組み始めて以来、デヴィッド・クローネンバーグを含む何人もの監督がプロジェクトに関わり、そして現場を去っていった。映画化権の取得から実に10余年、さまざまな要因からいよいよ企画が暗礁に乗り上げたとき、ついにシュワルツェネッガーが名乗りを上げた。実は80年代初頭から主演の座を狙っていたが、オーストリアのボディビルダーがディック原作のSFなど、と、当時は一笑に付されていた。いまや十分以上に力をつけ、その鶴の一声があれば通らない話はなくなっていた。かくして巨額の製作費を投じた未曾有の超大作が動き始めたが、そこでシュワルツェネッガーが監督に指名したのがポール・ヴァーホーヴェンだった。

 『危険な愛』(73年)に『女王陛下の戦士』(77年)、『スペッターズ』(80年)。いくつもの傑作で映像表現の限界を突破し続けた結果、祖国オランダに居場所がなくなったヴァーホーヴェン。アメリカ進出を果たして以降は『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』(85年)、そして言うまでもなく『ロボコップ』(87年)で観客の度肝を抜き続けた。シュワルツェネッガーは特に後者を観て、いたく感銘を受けていた。ヴァーホーヴェンとしてもこの超・肉体派俳優に大いに魅力を感じ、結末さえ決まっていない映画作品の監督依頼をふたつ返事で受けた。バイオレンスを絵に描いて豪華な額に入れたようなシュワルツェネッガーは、おそらくヴァーホーヴェンとしても血と暴力にまみれたエクストリームな世界を描くにあたって、実に得がたい存在だった。
いままで誰も見たことのない世界のなかで自らの正体を求めて爆走する男を、全力で描き出すヴァーホーヴェン。その熱に呼応して、シュワルツェネッガーもあらゆる場面で全力の芝居を見せた。走って殴って撃ちまくり、うなり、苦悶し、絶叫し続けるアクション・ヒーロー。数多ある主演作品のなかでもトップクラスの熱演に、思わず胸が熱くなる。

 結果として現れた『トータル・リコール』は、おそらくふたりが思い描いた以上に何もかもが過剰でありながらいっさいの無駄がなく、かつ何度観ても夢幻のような物語に翻弄されるしかないという、まさに奇跡のような作品に仕上がった。実は本作以降も続く予定だったヴァーホーヴェン&シュワルツェネッガーの最強タッグ。いろいろあって結局これきりになってしまったことは返す返すも惜しいことだが、唯一のコラボレーションたる『トータル・リコール』はそれぞれのキャリアにおける頂点といって差し支えはないはずだ。30年前に起こった奇跡に触れるチャンスがやってくる。かつて観た人も、または初めて観る人も、ぜひ劇場でその途轍もなさを体感していただきたい。(文・てらさわホーク)

 映画『トータル・リコール 4Kデジタルリマスター』は公開中。

編集部おすすめ