1997年12月に公開され世界中で大ヒットした映画『タイタニック』が、金曜ロードショー枠で2週にわたって放送される。アカデミー賞作品賞にも輝いた本作だが、撮影中はトラブル続出で予算がどんどん膨れ上がり、当時の最高額となる約2億ドル(約240億円)を記録。

舞台となる豪華客船同様、“沈みゆく船”と揶揄(やゆ)されていた。そこで今回は、世紀の名作の知れば知るほどびっくり! な“狂った”製作エピソードを2週にわたってご紹介する。

【写真】反転して撮影したとは思えない! タイタニック号の出航シーン

●「タイタニック上でロミオとジュリエットをやる!」の裏に隠されたキャメロンの野望

 若い頃より沈没した豪華客船タイタニック号に魅了されていたジェームズ・キャメロン監督。その思いは、大西洋の底に沈む同船の姿を収めた1992年のドキュメンタリー作品『TITANICA(原題)』に触発され、ついに映画化へと動き始める。

 だが、この時点ではろくにストーリーを考えておらず、キャメロン監督を突き動かしていたのは、「海底に行って、自分の手でタイタニックを撮影する!」という強い欲望のみだった。しかし、それには莫大な費用が掛かる。そこで、20世紀フォックスに企画を持ち込んだキャメロン監督は、幹部たちの前で「タイタニック号で、ロミオとジュリエットをやる!」というざっくりしたコンセプトをぶち上げる。さらに「実際に海底のタイタニックを撮影しないなら、映画撮影に入らない!」と高らかに宣言し、まずは200万ドル(約2億4000万円)の撮影資金を確保。この時の重役たちは、このあと映画の完成までに約100倍もの予算が必要になるとは考えもしなかっただろう。

●深海のタイタニックを撮影するため、新カメラを開発

 海底4000mに眠るタイタニック号の撮影は一筋縄ではいかなかった。誰よりも映像のクオリティこだわるキャメロン監督は、潜水艇の中からの撮影だけでは物足りないと考え、より自由な撮影ができるように、潜水艇の外にリモコン制御のカメラを設置。さらに自ら遠隔操作の無人探査カメラまで設計するこだわりよう。
深海4000mの強烈な水圧に耐え、しかも映画のフィルムで撮影できる船外カメラなど存在しなかったが、カメラの容器やガラス、照明など、多数の会社の協力のもと、新たな撮影システムを開発してしまった。ちなみに、このシステムの開発を託されたのは、キャメロン監督の映画技術開発を支える、弟のマイク・キャメロン。兄のリクエストは多岐にわたり、キャメロン監督の『アビス』(1989)では、口からカニがはい出して来る潜水艦の溺死体としても出演している。

●片道10時間以上 深海のタイタニックへ行くこと24回!

 海底のタイタニックまでの道のりは片道10時間以上かかる上に、フィルムの都合で撮影できるのはたったの12分。そのため、海底のタイタニックの精巧な模型が製作され、小型カメラを使ったリハーサルが入念に行われた。結局キャメロン監督は12回タイタニックへと潜航し、さらに本作の公開後に製作されたドキュメンタリー作品『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密』でも12回、計24回も海底のタイタニックを訪れている。

 初めて海底のタイタニックを訪れた際、キャメロン監督は多くの犠牲者を出した実物の船を目の当たりにし、可能な限り史実に沿った物語にしようと思ったという。●東京ドーム3個分以上もある巨大なスタジオを建設!

 実際に起こった世界最大級の海難事故を映画で再現するにあたり、何よりもリアリティを重視したかったキャメロン監督は、実物大のタイタニック号の外観のセットを作ることを提案。予算を握るスタジオの重役たちに「ミニチュアを作って撮影するよりも、実際に作った方が安くできる」と口説き落とした。

 そして総工費4000万ドル(約48億円)以上をかけ、メキシコのロザリト・ビーチに新しいスタジオを建設。東京ドーム3個分以上もある巨大なスタジオでは、ほぼ実物大のタイタニックのレプリカが建造され、それを浮かべる世界最大の野外タンクに加え(なんと移動式!)、屋内にも巨大なタンクが作られた。その建築期間はたった100日間! なんとも恐ろしい話であるが、巨大な海洋シーンを撮影するためになくてはならないスタジオとなり、その後『マスター・アンド・コマンダー』や『パール・ハーバー』などの大作映画でも使用されている。


●完璧主義ゆえのこだわりすぎな撮影(1)

 映画の大きな見どころである出航シーンの撮影では、予算や環境の都合で、船の「右側」がセットとして作られたが、史実ではタイタニックは船の「左側」を接岸させて出航している。そこで史実通りにしたいキャメロン監督は、看板の文字や衣装、車のハンドル、セットや小道具など、すべてを反転させて作成。さらに俳優の髪型や利き手にいたるまでを左右逆にして撮影した後、フィルムを反転させるという非常に手間のかかる手法が用いられた。まさに完璧主義者としても知られる、キャメロン監督のこだわりを象徴するシーンである。

●完璧主義ゆえのこだわりすぎな撮影(2)

 再現されたのは船の外観だけではない。実際のタイタニック号の内装についてはあまり公表されていなかったが、当時撮影された数少ない内部写真や姉妹船のオリンピック号の資料写真などを駆使して忠実に再現。大量のカーペットもわざわざ当時の染料を復元した特注品が用いられた。さらにデッキチェアや窓ガラス、ナイフやフォークなどの食器類一式、乗客の荷物や救命胴衣にいたるまでを完璧に復元。用意された船舶用の小道具は数万個に及んだ。

 ちなみに2012年、沈没から100年という節目の年に本作の3D版が公開されたが、1ヵ所だけ修正が施された。それは、クライマックスシーンに映りこむ星の位置。ある天文学者から正確ではないと指摘されたことがきっかけで、キャメロン監督はその天文学者に対し「1912年4月15日午前4時20分の星図を教えてくれたら、映画を修正する」と約束し、それが実現したというわけだ。
●世界一有名なシーンで起きたミラクル

 本作『タイタニック』の最も印象的なシーンの一つとして数えられるのが、船首でジャックとローズが夕日に照らされキスをするシーンだろう。このシーンでキャメロン監督は本物の夕日で撮影することにこだわった。このシーンを撮るチャンスは8日間あったが、理想的な夕日が訪れるのは1日のうち数分のみ。しかし7日目までキャメロン監督が納得するような夕日は現れず、リハーサルを繰り返した。そしてついに迎えた最終日も曇り空で期待はできなかったが、「うまくいく予感がした」というキャメロン監督はカメラをセット。そして日没が迫ったその時、突然雲が晴れまさに理想的な夕日が出現し、キャストは大急ぎで位置について撮影開始。こうして映画を代表する名シーンが誕生したのだった。

●膨らんだ製作費は当時最高の2億ドルに到達

 本作の企画段階でキャメロン監督は「この映画は8000万ドルで制作できる」と20世紀フォックスの重役たちに主張していた。しかし、20世紀フォックスが改めて製作費を見積もってみると、1億3000万ドルかかることが分かったが、その見積りですら甘かった。撮影スケジュールは138日から160日に延長、夏予定だった公開は5ヵ月遅れて冬へとずれ込み、予算はどんどん膨らんでいった。自分たちだけで製作費のすべてを背負うリスクを回避したかった20世紀フォックスは、全米での本作の配給権を手放す代わりに、同じメージャー配給会社のパラマウント映画から6500万ドルを調達するという異例の事態に。

 それでも予算は足りず、ある時20世紀フォックスの幹部たちは、3時間の映画を2時間にするため、キャメロン監督に1時間カットするように提案する。
3時間の作品は、劇場での1日の上映回数が少なくなり、興行収入に直接響くからだ。しかし、キャメロン監督は「カットするなら解雇しろ! そして解雇するなら殺せ!」と断固拒否したそう。かくして最終的な予算は2億ドルに達し、キャメロン監督自身のギネス記録となっていた『トゥルーライズ』の製作費1億1500万ドルを、たった3年で軽々と超えてしまった。

 未曽有の超大作映画の製作は、前例のない困難の連続だった。かつてない壁にぶつかるたび、知恵とアイデアで乗り越え、新しい技術を開発。膨大な金はかかったが、それによりハリウッドに恩恵も与えている。『タイタニック』は、完璧主義者キャメロン監督の狂気ともいえる情熱がすべてに打ち勝った魂の傑作なのだ。今夜の金曜ロードショーで放送される前編では、実際に深海に潜って撮影された本物のタイタニック号や、反転して撮影されたとは思えない出航シーン、ミラクルが起きた夕日のキスシーンにぜひ注目してほしい。(文:稲生稔)

 まだまだある驚きの苦労話! <後編>は5月14日公開。

※ドルは当時のレート120円で換算

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