儚さと力強さが同居する特別な存在感を放ち、映画やドラマに引っ張りだことなっている女優の中村ゆり。映画『愛のまなざしを』では悲しい思いを抱えて亡くなった女性を熱演。
ドラマ『ただ離婚してないだけ』(テレビ東京系)では夫に不倫されたのち覚醒していく妻を演じて評判を呼ぶなどいわゆる“薄幸系”といわれる役柄を任されることも多いが、中村は「業の深い役は、役者としてもとてもやりがいがあります」と清々しく語る。アイドルとして芸能界入りをしてから「どんな経験も糧にできるのが女優のお仕事」と進化し続けてきた彼女が、これまでの転機やコロナ禍を経ての仕事への向き合い方の変化を明かした。
【写真】儚さただよう透明感が美しい! 中村ゆり、撮り下ろしショット
◆“悔やみであり、救いでもある”悲しい女性の役作りに試行錯誤
『愛のまなざしを』は、万田邦敏監督による愛憎サスペンス。妻の死に罪悪感を抱き続けている精神科医の貴志(仲村トオル)が、肉親の愛に飢えていた孤独な女性・綾子(杉野希妃)と出会い、激しく求め合うようになるさまを描く。
それぞれが愛を求めながらも、エゴや嫉妬にまみれていく展開が観る者の心をゾクゾクとさせるような物語で、中村は「人のダークな部分をえぐる、これぞ“万田ワールド”といった映画。覗いてはいけないものを覗いているような感じもあります」と本作に感じる魅力を吐露。「登場人物のみんなが苦しんで、狂っているけれど、ヒーローが出ている映画だけではなく、意外とこういった作品が誰かを救ったりすることもあると思っています」と語る。
中村が演じるのは、貴志の亡くなった妻・薫役。貴志の心に住みついている存在として現れる場面もあり、演じるには難しい役どころだ。中村は「悲しい女性」と役柄を分析しつつ、「薫は、貴志にとっての悔やみでもあり、救いでもある存在。幽霊的で幻のようでもあります。“彼女は生きている間にどのようなことを考えていたのだろう”といろいろと想像しました」と万田監督と試行錯誤を重ねたという役作りを述懐。
夫役を演じた仲村については「撮影前に私のことをウィキペディアで調べてきてくださったみたいで、私の出身地について“近くに住んだことがあるんだよ”とお話してくださったり(笑)。穏やかで気遣いのある、とても優しい方。完成作を観ると、トオルさんの持つ繊細な優しさが作品にも出ているなと感じました」と称えながら、「監督を筆頭に映画オタクのような人たちが集まった現場。誰もが心豊かにものづくりをしていました。すごく楽しかったです」と充実の撮影となった様子だ。◆もともと女優志望ではなかった―『パッチギ!』が転機に
9月に最終回を迎えたドラマ『ただ離婚してないだけ』では、夫に不倫されたあげく最悪の方向へと突き進んでいく妻を演じた中村。か弱い女性が変貌していく姿を見事に演じきったが、そういった“薄幸系”と呼ばれる役柄を与えられる機会も多い。「本当に多いんですよね」と楽しそうにほほ笑んだ中村は、「でも役者としては、そういった役をいただけるのはありがたいこと。業の深い役はとても演じがいがあるし、役柄に寄り添って“私はこの人のことを一番理解できたのかも”と思えるとすごくうれしいんです」とキッパリ。
役柄の重たい過去や状況を背負うことは、つらくはないだろうか? すると「以前は撮影以外の時間も役にどっぷりと浸からないといけないと思っていました。でもお芝居をすることって緊張も集中もするし、ヘビーな役はメンタル的にもキツいので、切り替えないといけないなと思うようになって。年々、切り替えが早くなっています!」と目尻を下げ、「たまにラブコメのような明るい作品をやると、“こういうのもいいな”って思います(笑)。
やっぱり人間って多面的なものだから。いろいろな役を演じてみたいです」と意欲をみなぎらせる。
いまや出演作の途切れない人気女優となった中村だが、もともと「女優さんになんてなれるわけがないと思っていた」と明かす。
1998年にアイドルユニットYURIMARIとしてデビューを果たし、1999年の解散後は「高円寺のハンバーガー屋さんでアルバイトをしていた」という彼女。知人の勧めでオーディションを受けたことをきっかけに2003年より女優としての活動をスタートさせた。転機として振り返るのが井筒和幸監督の『パッチギ!LOVE&PEACE』(2007)で、「その後にお仕事がもらえるようになったのも『パッチギ!』のおかげですし、すべてを教えてもらった作品。“ちゃんとお芝居できますように”とお祈りしながら、現場までの電車に乗っていたのを覚えています。映画の世界に入れてもらったときに、すごくムキになれた自分がいた。これは自分の好きなものかもしれない、頑張りたいと心から思いました」としみじみと話す。◆40代への展望は?「プライベートでの幸福が大切」
アイドル時代の経験も「すべてが糧になっています」と感謝をあふれさせた中村だが、「アイドルは明るく元気でいなければいけないと思うと、自分には合っていないのかな…という葛藤もあった」とも。しかしそういった葛藤も力にできるのが、女優の仕事だ。
「『パッチギ!』のオーディションでは、“前作を観てどう思った?”という質問に、“この映画のオーディションを、なぜ私は受けられなかったんだろうと思うとムカついた”と答えたんです(笑)。
でもその答えを“面白い”と言っていただいて、本音でぶつかってそれを面白いと思ってもらえる場所があるんだとうれしく感じました。また葛藤や自分の負の部分だと思うようなことも生かせるのが、役者というお仕事なんだと気付くこともできた。自分のこれまでの経験も、すべてプラスに変えられるものなんだって」と女優業に打ち込むことで、この上ない喜びを感じるようになったという。
女優業への熱意を真っすぐに語る姿が、なんとも魅力的だ。今後の展望は、「これまで私は素晴らしい監督に出会って、たくさんのことを教えていただきました。自分がその作品の中で良く映っているとしたら、それは監督のおかげです。年齢を重ねてきたことで、“もっとこの作品を良くするためにはどうしたらいいのか”と深く考え、自分から提案できるものがないといけないなと思うようになりました」とより誠実なものづくりをしていくこと。
良い仕事をするためには、「プライベートでの幸福」に対する考え方に変化も生まれたという。「35歳くらいまでは、仕事がすべてだと思っていました。プライベートの時間も“映画を観なきゃ”“本も読まなきゃ”と、そういったことを人よりもやっていないと自信がつかなかった。当時の自分にとっては、それがすごく必要な時間だったと思います」と告白。「でもコロナ禍でいろいろなことを考えたこともあって、39歳になった今、“幸福であること”がとても大切だと思うようになりました。
仕事だけに忙殺されるよりも、美しい景色を見たり、リラックスすることがとても大事。“そういった時間を持つために仕事を頑張るぞ!”と“プライベートで幸福を感じるために仕事を頑張ろう”と思うようになったら、なんだか精神的にもとても良い気がしています」とニッコリ。彼女の今後がますます楽しみになるような、晴れやかな笑顔を見せていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
映画『愛のまなざしを』は11月12日より公開。
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