田中みな実主演の映画『ずっと独身でいるつもり?』が19日に公開された。ふくだももこが監督を務める本作は、メインスタッフの多くに女性を採用し、ジェンダーバランスにも配慮した作品だ。

日本映画界のジェンダーバランスの問題にあらがいたい」と語るふくだ監督から見た日本の映画業界の現場はどうなっているのか? クランクイン!では、ふくだ監督と映画執筆家の児玉美月氏との対談を実施し、映画業界の未来について考えた。

【写真】対談を行った、ふくだももこ監督&児玉美月氏

■映画業界の現状とこれから

児玉:今回の作品でふくだ監督は宣伝上でもよくジェンダーバランスに配慮されたことをおっしゃられています。

ふくだ:日本映画界のジェンダーバランスの問題にあらがいたいと考えていて、本作の監督を引き受けた理由の1つに、女性を描くということがテーマだったら、メインスタッフに女性を多く起用したいという、ジェンダーバランスに対して発言する権限を得やすいのでは? と思ったからというのがありました。

児玉:ただクレジットをよくよく見ると、プロデューサーなどスタッフより上には男性の名前ばかりが並んでいます。決裁権がある立場に女性たちが就いていかなければ、いくら女性スタッフを多く登用しても、男性支配的な上下の構造は温存されたままで、真の平等とは程遠いですよね。

ふくだ:女性のプロデューサーが増えてほしいということを声を大にして言いたいです。映画業界には本当に少ないですからね。

児玉:ジェンダーバランスを考えて女性を積極的に起用しようとすると、「それは性別で採用しているだけで、きちんと能力を見ていないんじゃないのか?」といった能力主義的な批判が起こることも多いと思います。ふくだ監督はそんなとき、どのように応答していますか?

ふくだ:今回の映画に関しては、意外とその批判は上がりませんでした。なんでだろう…? でも、男性の監督が男性のスタッフばかり集めて撮っても何も言われないし、その状態でこれまで映画業界は成り立ってきた。だから女性の監督が同じ行為をしてもおかしくないはずなのに、女性になった途端にそこで批判が起きるのは明らかに不公平ですよね。それと、もし「性別を見て、能力を見ていない」という馬鹿なことを言ってくる人がいたら、こんなにも男女比が偏った映画業界で、セクハラやパワハラに合うリスクもめちゃくちゃ高くて、それでも助手を経てメインの役職にのぼりつめた女性、能力高いに決まってるやろ! と言いたいです。


児玉:私も某映画誌で女性だけの座談会を定期的に行っていますが、その雑誌ではこれまで男性だけの鼎談や座談会を数多くしてきたのにもかかわらず、女性だけになった瞬間に「弊害がある」などと言われました。男性と女性が反転したときに起こるそうした批判の根は同じですよね。

ふくだ:「弊害がある」! クソみたいな意見ですね。能力ということで言えば、実際に自分が一緒に仕事してみないとやっぱりわからないですよ。『ずっと独身でいるつもり?』の女性のメインスタッフは、皆さん人間的にも能力的にも素晴らしい方たちでした。ただ、演出部と照明部に圧倒的に女性が少ない。とくに照明部は強固な男性社会で、「おいブス!」とか罵詈雑言が平気で飛び交う。

児玉:香港映画に『女は女である』というトランスジェンダーを描いた作品があって、監督いわくスタッフを全員女性にしようと目指したらしいんですが、やはり力仕事に関しては男性スタッフを採用したとお話しされていて。照明部が力仕事だから男性社会が形成されているのかと思っていたんですが、一概にそうとは言えないということですか?

ふくだ:そうではなく、風潮がもう完全に男性社会なんです。言ってしまえば重い機材なんてカートなどで移動できますし、部署関係なくスタッフみんなで運べばいい。方法はいくらでもあるんですよ。ただ、今回の現場は女性のカメラマンである中村さんが連れてきてくれた照明技師の渡辺さんが、本当に照明部なの? と思うくらい、とても温和な方でした。
怒号なんて絶対に飛ばない。それはつまり、女性の中村さんがこれまで仕事してきた中で、やりやすい男性の照明部が温和な渡辺さんだった、ということです。私にとってはそれだけでも、女性のメインスタッフを集めた意義を感じました。これまで映画業界で「当たり前」とされてきたことって、実はとんでもなくストレスなので、私は映画を撮る上できるだけそれを最低限にしたいんです。

児玉:映画業界ならではの男性中心社会のマッチョさに疲弊したり傷ついたりしているのは決して女性だけではなく、男性などほかのジェンダーでも感じられている方はきっとかなり多いでしょうね。

ふくだ:女性が多かった今回の現場では、むしろ男性スタッフもやりやすそうにしていました。最近、私自身の関心が体制や制度の方へと向いている気がします。自分の作家性を維持しつつ、体制や制度にも目配せできれば最高なんですけど、現実的に両立するのは厳しい。最近ではどちらかを取らざるを得ないという割り切りをする場面もあります。

■育児と映画製作の両立

児玉:それで思い出したんですが、ふくだ監督は撮影現場に保育所を作りたいとおっしゃられていますよね。齊藤工さんなども以前ご自身の撮影現場に託児所を作られたそうで、そうした動きも徐々に見えはじめたのかなと思うのですが。

ふくだ:そうですね。
ただ、全然まだまだ広まっていないです。保育部というものを、撮影部と同じくらい当たり前に作らなくてはいけないと思っています。私自身、撮影が産後半年も経たずに行われ、夜中に授乳もしなければいけないなか、どうにか現場に行き、撮影中も搾乳しに化粧室に行って、バッタリ役者さんと会ったり…(笑)。そんな大変な経験を実際にしました。今後もし、女性の監督から「産後半年で復帰しようと思っている」と相談を受けたら「絶対にやめたほうがいい」と答えます。

児玉:ふくだ監督は以前、今後の映画業界のためにも、女性が妊娠・出産・育児などとどう両立しながら仕事していたかを記録に残しておく必要があるとおっしゃられていました。いくら映画界で女性のスタッフをもっと増やして活躍させたくても、そうできる環境自体が整っていないと理念だけが先行して終わりになってしまいますよね。

ふくだ:優秀な女性のスタッフが出産や育児によって業界を去ってしまう問題を嘆いているプロデューサーは多いです。にもかかわらず、その問題の改善策が全然講じられない。私みたいな当事者がいてもなお、彼らの中にはっきりとした意識が芽生えたのかはわかりません。

児玉:それはどうしても映画業界に男性のプロデューサーが多いこととも関係しているんじゃないでしょうか。先ほどふくだ監督が女性のプロデューサーを増やさなければいけないと言っていた課題とつながってくると思います。


ふくだ:本当にその通りです。悔しいのは、もしも女性のプロデューサーが何人かいて、その中に出産を経験していた人もいたら「産後半年での撮影復帰は無理です」と止めてくれていたかもしれないということ。もちろん中には「私は3ヵ月で復帰したから大丈夫」という人もいるかもしれないけれど、とにかく当事者が増えないと、そんな意見すら、ひとつもあがらないんです。「まあ、よくわからんけど大丈夫だろう」という空気だけで話が進んでいきます。

児玉:映画を撮らせる権力のある立場のジェンダーの不均衡もですが、そういった立場にある方々には、そうした配慮に対する意識や映画を撮るべき人間を見極められるような価値観をアップデートしていってもらいたいです。

■「女性監督」という言葉について

児玉:今回の『ずっと独身でいるつもり?』も、女性が主人公で、女性の問題がテーマで、監督ご自身も女性なので、「女性監督ならではの感性」だったり「女性監督だから撮れた」などを「褒め言葉」として投げかけられることもありそうですが、ふくだ監督はそういった言葉をどのように感じていますか? 私はかねてそういった言葉には疑問を感じています。

ふくだ:私は女性の映画監督であり、今回のように女性を描く映画も撮ってきましたが、「女性監督」という言葉はなくなればいいと思っています。例に挙げていただいた言葉は、まったく褒めていないと思いますし、はっきりとそう伝えたこともあります。たとえば今後もし、自分の映画のパンフレットなどで「女性監督うんぬん」のようなコメントがきたとしたら、消してくださいと伝えますね。不均衡をボコボコにしていくというファイトスタイルでやっていくので(笑)。

児玉:ふくだ監督は映画作品そのものにおいても、すでに規範性などを切り崩していっていると思いますが、同時に映画の外の古い慣習までをもパワフルに壊していってほしいと期待しています。今回の対談の企画を持ちかけていただいたのはふくだ監督の方からでしたが、手厳しく新作映画を批判した映画評論家と宣伝のさなかに対談しようとすること自体、普段からあらゆることにおいて闘っていらっしゃるふくだ監督だからできた有意義な試みだったと思います。
映画評論家がしがらみや関係性によって、批判には口をつぐみ、称賛しかしないような映画業界には、はっきりとNOと言っていきたいです。ふくだ監督とは、映画業界内のそれぞれの持ち場で闘う同志のような間柄でありたい。なので今後も、ふくだ監督であっても、ダメな映画はダメだとはっきり批評します。

ふくだ:今回は批判からはじまった本当に珍しい対談だったし、めっちゃ戦闘モードでくる方もいますけど、児玉さんが鋭くも優しさのある切り込み方をしてくださったおかげで、いろんなことを話せました。イチ映画ファンとしては、批評家と監督が批判も含め、フランクに対話ができれば面白いと思っています。(文:児玉美月)

 映画『ずっと独身でいるつもり?』は全国公開中。

■ふくだももこ

1991年生まれ、大阪府出身。2015年、若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)に選出され、短編映画『父の結婚』を監督、脚本。2016年、小説『えん』がすばる文学賞を受賞し小説家デビュー。2017年、小説『ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら』を発表。 2019年、山戸結希企画・プロデュースのオムニバス映画『21世紀の女の子』で『セフレとセックスレス』を監督。また、『父の結婚』を自らリメイクした『おいしい家族』で長編監督デビュー。
監督作として『君が世界のはじまり』(2020)、ドラマ『深夜のダメ恋図鑑』(ABCテレビ・テレビ朝日系/2018)、『カカフカカ−こじらせ大人のシェアハウス−』(MBS/2019)、演劇『夜だけがともだち』など映画、テレビ、舞台演出と幅広く活動中。また本作が自身の出産後初の監督作品でもある。

■児玉美月(映画執筆業)

「リアルサウンド」、『キネマ旬報』(キネマ旬報社)、『映画芸術』(編集プロダクション映芸)、『ユリイカ』(青土社)、劇場用パンフレットほか多数。直近では、『アニエス・ヴァルダ 愛と記憶のシネアスト(ドキュメンタリー叢書)』(neoneo編集室)、『ジョージ・A・ロメロの世界──映画史を変えたゾンビという発明』(Pヴァイン)へ寄稿。共著に『「百合映画」完全ガイド』(星海社新書)がある。

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