原作漫画、テレビアニメともに大ヒットを記録している『呪術廻戦』。その前日譚(たん)であり初の劇場版となる映画『劇場版 呪術廻戦 0』が大ヒット公開中だ。
【写真】夏油傑役を務めた櫻井孝宏
テレビシリーズから表現を変えた劇場版
『劇場版 呪術廻戦 0』の主人公は、怨霊化した幼なじみの祈本里香に憑(つ)かれた高校生・乙骨憂太。彼は里香の呪いを解くために東京都立呪術高等専門学校に編入し、教師の五条悟や同級生の禪院真希、狗巻棘、パンダとともに修行に励んでいく。そこに、現れたのが五条と因縁を持つかつての同級生・夏油傑だ。
――過去編である本作に挑むにあたり、「改めてキャラクターを精査し直した」上で朴性厚監督、音響監督の藤田亜紀子さんと練っていったと伺いました。新たに見えてきた夏油傑の特徴や、テレビシリーズとの違いの部分をぜひ教えてください。
櫻井:「テレビシリーズの夏油とは色分けをする・表現を変える」がまず命題としてあって、原作と台本を読み返しながら「自分の中ではこういうアプローチでいこうかな」というものを準備し、その上で監督のジャッジを仰ぎながら作っていきました。最初にティザー映像用の収録をいくつか行って「こういうフォルムにしようか」というのを決めてから本編の収録に臨みましたね。
テレビシリーズにおいては、初登場が呪霊たちとファミレスに入ってくるシーンだったこともあり(第5話「呪胎戴天-弐-」)、ちょっとおどろおどろしい表現にトライしようかとも考えたのですが「爽やかにやってほしい」とオーダーが来ました。
そして今回の『劇場版 呪術廻戦 0』においては、五条と同級生だったというエピソードがあってからのやり取りになります。呪術高専に乗り込んで「百鬼夜行」というとんでもない宣言をするのに、コンビニに来たくらいの軽い感じで済ませてしまう。そうした彼の立ち振る舞いから、「こうじゃないか、ああじゃないか」と類推して作っていきました。
――櫻井さんのインタビューなどを拝読していると、役との結び付きの深さにいつも驚かされます。台本を何度も精読して、役への理解を深めていくのでしょうか。
櫻井:どちらかというと、収録の時に引き出されているところが大きいかもしれません。私はあまり準備して決め込んでしまうと身動きが取れなくなってしまうので、多少ゆるく組んでおいて現場でかっちり作っていきます。『呪術廻戦』はキャラクターのディテールも個性も強いため、さまざまなアプローチができますし、楽しんでできる作品でもありますね。
――櫻井さんはレコードの収集家でもあり、ご自宅でレコードを聴きながら台本を読むこともあると伺ったのですが、今回もそうでしたか?
櫻井:今回はそうではなく、がっつり読み込んでいました(笑)。もしかけるとしたらプライマル・スクリームのアルバム『スクリーマデリカ』でしょうか。
――ちょっとトリップしちゃうじゃないけど…(笑)。
櫻井:ええ。変な感じになってしまったかもしれません(笑)。
「五条の考え方には共感します」
――そのバージョンも見てみたかったです(笑)。セリフについても伺えればと思いますが、原作ファンからすると「猿」が聞けるのが楽しみの一つでもあります。
櫻井:本当ですか(笑)。聞きたいんですね、猿(笑)。
――念願です(笑)。
櫻井:やはり五条の「愛ほど歪(ゆが)んだ呪いはないよ」ですね。すごい皮肉だなと思いつつ、乙骨と里香の関係性を強く切り取っている気もします。作品全体における、五条の考え方を読み解くヒントにもなるように思います。
――『劇場版 呪術廻戦 0』だけでなく、『呪術廻戦』自体にかかってくる言葉でもありますね。
櫻井:それはあると思います。私自身は「愛」という言葉は照れ臭いというか、その言葉が含む意味合いが重いと思っているので、五条の考え方には共感しますね。
――今回、五条と夏油の対話が見られるのも、本当に楽しみです。
櫻井:緒方恵美さん(乙骨役)と中村悠一さん(五条役)と三人で収録できたのですが「こうやろう」といったやりとりは特になく、スッと入っていくことができました。『劇場版 呪術廻戦 0』以前の五条と夏油の同級生としての関係が独立してあって、二人しか共有できない気持ちもある。そういった流れがしっかりとあるので、やることは自然と決まっていきましたね。
――今回は、原作ファンが歓喜する要素はもちろんのこと、テレビシリーズを見ている方にとっても、伏線が回収されるお話でもあります。細かい部分でいうと、禪院真希が使っていた三節棍(さんせつこん)など…。
櫻井:そうですね。しかし三節棍って、渋い武器ですよね(笑)。
夏油のバトルシーンでいうと、「パンダVS坊さんの闘い」が見られる最初で最後のアニメだと思うので、そこだけでも皆さんに劇場で見ていただきたいです(笑)。やっぱりああいうシーンは、心をくすぐりますよね。パンダの戦闘シーンなんて、普通だったら笑っちゃうじゃないですか。名前も「パンダ」ですし(笑)。でもそれが、ちゃんと成立している。
――パンダの「コイツ体術もいけるクチか‼」というセリフで、夏油の強さが示される重要な場面でもあります。
櫻井:そうそう。カッコいいとすら思っちゃいますよね。それはきっと、作品のリテラシーをわれわれがちゃんと分かっていて、「この作品はこういう世界観なんだ」と理解した上で見ているからなんだと思います。ある種、術にかかっているような状態とも言えますね。
その要因の一つである『呪術廻戦』のディテールへのこだわりは、見る者の心をくすぐりますよね。ジャンプ漫画の文脈もありますし、難読苗字だったりこの作品のためだけに存在している言葉がいっぱいあって、何だろうなと興味を惹(ひ)かれちゃったらもう最後というような“沼感”があります。
――『呪術廻戦』に流れるジャンプイズム、ぜひ幼少期からのジャンプ愛読者である櫻井さんにご意見を伺いたいです。
櫻井:『呪術廻戦』ってジャンプっぽさとジャンプっぽくなさの両方を兼ね備えていると思います。昔はジャンプ、サンデー、マガジンといった少年漫画誌それぞれにはっきり色分けがあって、ジャンプは「友情・努力・勝利」のような熱血のイメージがありました。
『呪術廻戦』はそことはストレートに結び付かないですが、不思議と読んだときに「ジャンプっぽい」と感じたんです。それはきっと、自分が見てきた作品のエッセンスがちょっとずつ含まれており、良い意味でのサンプリングが巧妙に入れ込まれているからな気がします。その上で、“呪い”や“呪術”といったおどろおどろしいものをスタイリッシュかつ素晴らしいデザインで表現されているので、すごくカッコいい作品だと思っています。(取材・文:SYO 写真:松林満美)
『劇場版 呪術廻戦 0』は全国公開中。