シリーズ累計発行部数6000万部超の、芥見下々による漫画『呪術廻戦』。2018年3月に「週刊少年ジャンプ」で連載開始、そして2020年10月にテレビアニメの放送が始まると爆発的な人気で日本中をとりこにした。

その『呪術廻戦』シリーズより、“すべての始まり”である前日譚『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』を映像化した『劇場版 呪術廻戦 0』が昨年12月24日に公開された。主人公・乙骨憂太を演じるのは緒方恵美。2022年に声優活動30周年を迎える緒方が、本作を通じた成長、芝居へのこだわりと苦悩、音楽活動に対する思いを語った。

【写真】2022年で声優活動30周年 芝居の苦しみと喜びを語った緒方恵美

乙骨憂太役で新たな気付き「『つかめさえすれば大丈夫』と思ってきたのですが、そんなものではない」

 『呪術廻戦』は、2017年に「ジャンプGIGA」に短期集中連載された『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』が好評を博し、週刊少年ジャンプ本誌での連載につながったという経緯がある。単なる前日譚とは一線を画す本作の主人公は乙骨憂太。『呪術廻戦』の虎杖悠仁の先輩にあたる人物で、怨霊化してしまった幼なじみの少女・祈本里香に憑(つ)かれている。彼女の“呪い”を解くため、乙骨は東京都立呪術高等専門学校に編入し、呪術師として踏み出していく――。

 物語をけん引する乙骨を演じるのは、声優の緒方恵美。乙骨のナイーブな心情や成長のプロセスを演じきれるのは彼女しかいない、と思わせる適役だが、本人は「非常に難しい役で、最後のシーンを録るまで悩み続けました」と振り返る。

 「乙骨は作中ですごいスピードで成長していき、話す内容を含めてびっくりするほど飛躍していきます。それこそ、敵の夏油傑に『女誑(たら)しめ!!』と言わしめるまでになっていきますよね。演じるうえで、いかにもそういう風にしゃべることは簡単ですが、そうではなく素でそういう人にならなくてはいけない。
そのためには、その素地がある人物になる必要がある」と語るが、これに苦労したという。「原作はすごく面白いのですが、乙骨が元々どういう人だったのか、憑りつかれる前の人となりに関しては描かれていないんです。監督や音響監督とも相談しましたが、ストライクゾーンがとても狭い役なので、どこに芯を持っていくのかは悩みました」。

 しかし、そこは歴戦のプロ。緒方は「苦労はしましたが、一度芯をつかんでしまえば、後はその人としてその場にいるだけ」とほほ笑む。そして、本作を通じて新たな気付きもあったと話す。「この15年くらいは、一度役の芯をつかんでしまえば、外的要因以外ではほぼダメ出しをされることがない状態でした。自分でも、長いこと『つかめさえすれば大丈夫』と思ってきたのですが、そんなものではないと気付かされましたね。改めて、いろいろな方の目線を含めて作る基本に立ち返り、役との向き合い方を改めて勉強させていただきました」。

 信頼する共演者からの学びもあった。「中村悠一さん(五条悟役)と櫻井孝宏さん(夏油傑役)の2人は安定のカッコいいお芝居でビシッと決めてくれるので、安心して乗っからせていただきました。花澤香菜さん(祈本里香役)は大好きでお芝居も信頼している役者さんの1人ですが、今回は本当に彼女じゃなきゃできない役だったと思います」と称賛を惜しまない。
『劇場版 呪術廻戦 0』のチームに対し、「新しい扉を開いていただけたような気持ちでいます。感謝の気持ちでいっぱいです」と語る。

「どうやったら仮面を剥ぎ取れるか」どんなにつらくても捨てなかった“目線”

 新たなフェーズに突入したことがうかがえる緒方。2022年は声優活動30周年の節目の年でもあり、今後ますますの活躍が期待される。「詳しくは(著書の)『再生(仮)』を見ていただければ」と前置きしつつ、芝居と音楽に対する思いを語ってくれた。

 「お芝居というものはよく『仮面を付ける』という言い方をしますが、私自身は『どうやったら仮面を剥ぎ取れるか』が手段だと思っています。例えば少年を演じるのであれば、大人の自分についてしまった仮面を剥ぎ取り、仮面が付いていなかった年齢の頃にまで行く必要がある」と明かす。「特に自分は器用ではないので“剥ぎ取る”ことを手段にしていたのですけど、やはり過渡期みたいな時期もあって…大人として対応しなきゃいけないことがわっと増えた時期に、その目線を持って生きるというのが非常につらく感じることがあって、『痛いし、きついし、嫌だ。もうその目線は捨ててしまいたい』と思うことはありました」。

 役に“なる”ことを究極的に突き詰める緒方ならではの孤高の苦しみともいえるが、「ただ一方で、『これを失ったらもう絶対、私は声優として生きていけない』という直感がありました。それで仕事が増えるわけではないし、誰かが気付いてくれるわけでもないけど、『自分の中でその目線を捨ててはいけない』ということだけをずっと思いながら作業をしていました」と、決して投げ出すことはなかった。

 そんな緒方の“目線”を理解してくれた人物こそ、長年苦楽を共にしてきた庵野秀明だった。
アフレコ直後、全てを出し尽くしてスタジオの床にへたり込んで立てなくなっていた緒方に歩み寄り、手を握って「その気持ちをずっと持ち続けてくれてありがとう」と声をかけてくれたという。「庵野さんだけが気付いてくれた」と明かす緒方の“継続は力なり”を地で行くエピソードだが、その苦労を経た現在は「いまだにこうやって中学生や高校生の新しい役をやらせていただく機会があって、すごくありがたいです」と晴れやかな表情で語る。

 音楽に関しては、「2010年をきっかけに『これ以降は、人の背中を押す曲しか作らない』と決めて、チームでいろいろな方を元気にするための音楽を作ってきました。音楽業界は現在とてつもなくしんどい状況ですが、その中でも機会があるうちは頑張って作って、歌っていきたい」と意欲を見せる緒方。「自分はよく『言葉の力が強い』と言われるのですが、セリフでも歌でも、カッコいい感じで言うと『言霊』を感じていただき、元気を届けていけたらと思っています」。

 『呪術廻戦』において、呪術師は人の負の感情から生まれる“呪力”を扱い、呪いをはらう。一方で、人々を元気づける「言霊」を扱う緒方は、さながら“祝詞”の使い手のようだ。この先も、表現者として多くの人々を笑顔にしていくことだろう。(取材・文:SYO 写真:高野広美)

 『劇場版 呪術廻戦 0』は全国公開中。

編集部おすすめ