北朝鮮の農場では5月に入り、田植えが始まった。農民のみならず、都市住民も動員されて大々的な「田植え戦闘」を繰り広げるが、農民の中には、田植えそっちのけで出稼ぎに行ってしまう人もいる。

一体どういうことなのか。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

平安南道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、今月19日から龍川(リョンチョン)郡内の各農場で田植え戦闘が始まった。

農民は朝6時から田んぼに出て田植えをすることになっているが、農場に活気は見られない。

「食べるものすらない極貧世帯の農民は、食事もろくに取れない。農場に出ても力が出ず、田んぼの畦道に座り込んでいる。今は『ポリッコゲ』(麦の峠、春窮期)で、農民の暮らしはとても厳しい」(情報筋)

前年の収穫の蓄えが底をつき、初夏の小麦の収穫が始まるまで飢えに苦しむ時期を「ポリッコゲ」という。韓国では歴史用語となったが、北朝鮮ではまだまだ現役の言葉だ。

食べるものがなく、田植えをしようにも力が出ない。育ち盛りの子どもですら何も食べられない。農民の中には、「座して死を待つくらいなら商売をして生き延びよう」と、邑(郡の中心地)に出かけて、市場で商売を始める者が出始めた。

午前中に市場に出て、自宅の畑で育てたニンニクやホウレンソウを売って、トウモロコシを買って帰宅する。

そして、田植えは午後から始める。そんな様子を見た別の農民も、一人、また一人と市場に足を運ぶようになる。

龍川は鴨緑江を挟んで中国と向かい合っている。国境の向こうには、ごく当たり前に食べ物が売られている。コロナ前なら密輸で運ぶという手もあったが、今ではそれも難しくなり、指をくわえて見ているしかない。

平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋も、殷山(ウンサン)郡内の農場では、状況は似たりよったりだと伝えた。4月から「ポリッコゲ」に突入し、5月には絶糧世帯(食べ物もそれを買うカネも底をついた世帯)が増える。そこで農民は、自宅の畑や野原で積んできたヨモギなどを市場で売り、得たカネで食べ物を買って食事を済ませ、午前10時から田んぼに出て田植えをする。

当然のことながら、当局の田植え計画に支障をきたす。報告を受けた里(リ、最小の行政単位)の朝鮮労働党委員会は、田植え戦闘の期間中に商売に出た農民を取り締まり、思想闘争(吊し上げ)を行うように指示した。

情報筋によると、作業班の党の細胞書記は安全員(警察官)と共に、早朝から農場と市場の途中に立ち、取り締まりを行っている。昨日は、市場に向かっていた農民2人が摘発され、他の農民が見守る田んぼのど真ん中で自己批判をさせられた。

しかし、田植えをしたところで、すぐに食べ物にありつけるわけではない。家では子どもが腹をすかせて待っている。農民は、「そんな状況で田植え戦闘に真面目に参加したところで何の意味があるのか」と言って、取り締まりの目をかいくぐって、市場に向かっていると、情報筋は伝えた。

コロナが明けても深刻な食糧事情が続くのは、金正恩総書記の失政のせいと言えよう。

なしくずし的な市場経済化が進んでいたコロナ前、北朝鮮の食糧事情はかなり安定していたと伝えられている。ところが、金正恩氏は、コロナ禍の統制強化をきっかけに、マーケットに奪われていた穀物流通の主導権を国の手に取り戻すことを始めとして、市場経済から中央集権的な計画経済に戻すという無謀な試みを始めた。

だが、関連の施策は概ね失敗し、北朝鮮国民は未だに飢餓に苦しんでいる。

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