朝鮮半島の霊山にして北朝鮮の革命の聖地である白頭山。そのお膝元、両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)には、8階建ての宿泊施設、映画館、食堂、その他の各種施設を備えた「恵山市踏査宿営所」がある。
踏査(タプサ)とは革命の聖地巡礼のことだが、全国から集まった参加者はここに泊まり、白頭山に向けて出発していく。そんな建物が、近年、高級スーパー銭湯として生まれ変わった。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現地の情報筋によると、1980年代初頭に建てられたこの建物だが、映画館の部分は長年使われていなかった。銀河貿易の両江道事務所は、その映画館部分をスーパー銭湯に改装し、4月27日にオープンさせた。
キャパシティは数十人で、ジムやカフェ、軽食を提供する食堂も併設されている。開業初日から、恵山の金持ちや権力者たちが殺到し、予約なしでは入れないという。
かつて、北朝鮮の各市・郡には「恩徳院」と呼ばれるスーパー銭湯が存在した。これは、首都・平壌の「蒼光院」を真似したものだが、1990年代後半の「苦難の行軍」の時期にすべて運営が中止されてしまい、今に至るまで復活していないところが多い。
また、2010年頃からは個人経営の汗蒸幕(ハンジュンマク、蒸し風呂)が恵山などに登場したが、一度に3~4人程度しか入れなかった。市内には各貿易会社が運営する銭湯が7か所あり、10人が入れるほどの規模だったが、2020年に「反動思想文化排撃法」が制定され、資本主義的で退廃的な文化と見なされ、中国からのガスの輸入が止まったことで、ほとんどが閉業に追い込まれた。
一般人が気軽に利用できるホテルが存在しない北朝鮮では、これらスーパー銭湯の個室が不倫や売春の温床となっていた側面も否定できない。
今回オープンした銀河貿易の浴場は、午前11時から午後8時まで営業しており、内部は中国製の高級な資材で装飾されているという。
別の幹部によると、コロナ前にあった銭湯の料金は、一般向けが1人2ドル(約310円)、個室や夫婦湯が1人5ドル(約775円)だった。しかし、今回オープンしたものは、キャパが大きいにもかかわらず、一般向け入場料では1人5ドルと高額だ。ジム、食堂、カフェなどを利用すると追加で15ドル(約2325円)程度を要する。
それでも客足は絶えない。
裕福で権力を持つ人々がここに集まる理由は、何よりも自宅に入浴設備がないからだという。浴室まで備えた住宅は、平壌になら一部存在するが、地方にはほとんどない。
加えて、大衆浴場は普段会えない人と自然に出会える場所でもあるため、さらに多くの人が集まっている。そうした背景から、すでにこの浴場は違法な取り引きやワイロの授受が横行している。
一方で、ある住民は「庶民の目から見ると、権力者にとってこの施設は『体を洗う場所ではなく、カネを塗りたくる場所』だ」と皮肉り、まともな入浴施設すら整っていない国の現実に対して、やるせなさを隠せずにいるという。