韓国との軍事境界線にほど近い、北朝鮮・江原道(カンウォンド)の洗浦(セポ)地区。高地が多い厳しい自然環境にあるところだが、金正恩政権に入ってから大規模な家畜の飼育施設、飼料生産地などが建設された。

国が主導し、畜産の生産量拡大を目指す国家的プロジェクトとされている。

ここには多くの若者が送り込まれているが、次から次へと逃げ出している。これを受けて朝鮮労働党江原道委員会(道党)は対策に乗り出したと、現地のデイリーNKの内部情報筋が伝えている。

北朝鮮は「嘆願事業」と称して、「困難で骨の折れる」地域に若者たちが自ら望んで向かうというキャンペーンを繰り広げている。深刻な労働力不足の解消が目的だが、実際は半強制的に動員され送り込まれるものだ。かつての中国の「下放」と似ている。

冬は極寒となる洗浦地区は、若者にとっても過酷な生活環境だ。

情報筋は、洗浦地区の畜産基地から、働き盛りの若者が現場を離脱する行為があからさまに起きており、道党はその原因を把握し、対策を講じるために、先月中旬に洗浦地区畜産経理委員会と江原道青年同盟の指導部と会議を行ったと伝えた。

道党は、洗浦地区の畜産基地開発のため、毎年道内の若者たちを「嘆願者」として選抜し、送り込んでいるが、1~2か月の教育を受けた後に逃げ出したり、作業班に配属された後も様々な理由をつけて現場に出てこない若者が多数いることを把握している。

このため、道党は畜産経理委員会および青年同盟指導部と共に、「なぜ若者たちが畜産地区への配属を忌避するのか」について重点的に議論し、対策づくりに乗り出した。

その場では、若者たちが中高年の多い作業班で、自主的に働けず、共同体意識が育めないことが主な原因との分析がなされた。

洗浦地区は、北朝鮮の重点開発地区だが、この地区の人口のほとんどが50代以上の中高年で占められているという。

情報筋によると、洗浦地区畜産経理委員会のある幹部はその場で、「若者たちは山奥で年老いた分組長に命じられた仕事をするだけで、まるで『山の中の影のような人生』(消え入りそうな暮らし)を生きている。だからこそ、生活に対する欲求や情熱といったものは失われ、虚しさを感じて現場を離れていくのだ」と述べ、根本的な構造改革の必要性を指摘した。

道党はこうした意見を受け入れ、「青年農場・牧場制」を試験的に導入することを決定し、先月末から本格的に運営を始めた。若者からなる独立した牧場を洗浦地区畜産経理委員会直属とし、独立的かつ自律的に農場や牧場を運営させるというものだ。

情報筋は「洗浦地区畜産基地内に若者専用の作業場、家畜管理区域、宿舎などを設け、外部の干渉なしに若者たちが自主的に運営できるようにした」と語り、「『自分の手で責任を持つ青年農場』というアイデンティティを強調し、自立性と連帯感を与えることに重点を置いている」と話した。

これは、従来の「分組-作業班-農場」という体制とは異なる独立した行政体系で、まずは試験的に運営しながら、生産状況や問題点を詳細に把握していく方針だという。

一方、道党は若者たちが洗浦地区の畜産基地にしっかり定着できるよう、一定期間勤続した若者に対して郡の中心地の住宅を優先的に割り当てたり、結婚の際には新婚用の住居を提供したり、子どもが生まれたら「家族単位の畜産分組」運営資格を付与したりするなど、さまざまな優遇措置や支援策も準備しているとのことだ。

だが、これらの施策がどれほど効果を発揮するか未知数だ。結局のところ、若者たちにとって洗浦は将来の展望が見えない場所であり、そこから離れたいという思いが根底にあるのだ。

北朝鮮は、首都・平壌、地方都市、そして農村の格差が異常に激しい。戸籍も都市と農村では別扱いになっており、都会で生まれ育った若者でも、「嘆願事業」で送り込まれた寒村にしばらく住むことになれば、戸籍が農村のものに書き換えられるとされている。これは、北朝鮮の『成分』制度に基づく居住分類であり、都市出身者でも長期的な農村勤務で『農村成分』に格下げされるリスクがあるとされている。

そうなれば自分自身はもちろんのこと、子々孫々、発展の見込めない地域に縛り付けられ、貧困から抜け出さなくなる。

農村は人口も市場の規模も小さいため、商売を始めても儲からず、物流の主要ルートから離れていれば、物も情報も入ってこない。娯楽もなければインフラも整っていない。上下水道ですら整っていない地域もある。

最新のファッションに身を包み、スマホを持って街を歩き、金儲けをして豊かに暮らす。時にはご禁制の韓ドラを見る。洗浦でそんな暮らしを実現するのはまず無理だろう。村に留まり革命精神に燃えて熱心に仕事に取り組む若者など、現実にはほとんど存在しないに等しい。

地方から都市部への人口流入はどこの国でも見られる現象で、よほどのメリットがなければ、地元に若者を留まらせることは難しい。かくして、底の抜けたバケツのように、若者を送り込んでは逃げられることを繰り返すしかないのだ。

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