北朝鮮の金正恩総書記は今年4月、平安北道(ピョンアンブクト)、慈江道(チャガンド)、両江道(リャンガンド)の学校にピアノ、アコーディオン、ギター、御恩琴(オウングム)、伽倻琴(カヤグム)、ハーモニカなどの楽器を贈った。いずれも昨年7月の水害で大きな被害を受け、建て直された学校だ。
北朝鮮では、人心を物で釣る「贈り物政治」がよく行われており、今回の楽器贈呈もその一環とされる。ところが、贈られた楽器は全く活用されていないという。
平安北道のデイリーNK内部情報筋は、誰が楽器を管理するかを巡り、各学校の担当者が頭を抱えていると伝えた。
情報筋によると、楽器を受け取った学校は5月初め、道の教育当局から「贈られた楽器は代々受け継がれる学校の歴史資料として保管・管理せよ」との指示を受けた。これを受けて各学校では、楽器を管理する責任教員の選定に乗り出したが、率先して引き受ける者はいなかったという。
情報筋は「本来であれば、学校の党書記や青年同盟の指導員が管理すべきだが、紛失や故障が起きた際に責任を負わされることを恐れて、誰も引き受けたがらなかった。その結果、ほとんどの学校では音楽教師が管理を任されることになった」と述べた。
このように道の教育当局から「贈られた楽器は厳格に保管・管理せよ」との指示が下ったことで、各学校では授業や特別活動で楽器を活用すること自体に及び腰になっている。
北朝鮮の初級・高級中学校(中学、高校)では、「音楽舞踊」「芸術」の時間に楽器について教えることになっているが、以前は学校に楽器がなかったため、音楽教師が口頭で説明するにとどまっていた。
今は金正恩氏からの楽器があるが、壊れるようなことがあれば責任を取らされるため、授業では使われていない。
「ギターの弦が切れたり、アコーディオンの鍵盤が壊れたりしても、学校が修理や交換をしてくれる可能性はほとんどない。その費用は教師や生徒に押し付けられるのが目に見えているため、初めから使わないほうがマシという空気だ」(情報筋)
このように生徒も楽器の使用には二の足を踏んでいる。
5月末には、贈り物のギターを弾いた新義州(シニジュ)市の学校の生徒が、「自分のギターのほうが音がいい」「私物の楽器を使いたい」などと口を滑らせてしまい、公開の場で激しい批判を浴びる事態となった。そのため、他の生徒は楽器の使用に大きなプレッシャーを感じているという。
また、御恩琴や伽耶琴など一般的でない楽器については、教えることのできる教員も少なく、新たに学ぶには費用もかかるため、生徒たちは最初から興味を示していないという。
そうした状況のもとで、道の教育当局は贈られた楽器の積極的な活用を促している。5月末には「党の方針に従い、生徒が一つ以上の楽器を必ず演奏できるようにせよ」という朝鮮労働党平安北道委員会(道党)教育部の指示が下されたとのことだ。金正恩氏が下賜した楽器だけに、それを使った教育を推し進めよという意図が込められていると見られる。
だが、現場の教員や生徒たちは、その重圧から楽器の使用をためらっているのが実情だ。消息筋は、「元帥様(金正恩氏)から贈られた楽器は、教育機材ではなく『絵に描いた餅』だ」とし、「これからもただ置かれて眺めるだけの『政治的象徴』であり続ける可能性が高い」と述べた。