北朝鮮でかつて「確実に儲かる職業」として脚光を浴びていたのが、自家用車を使って人や荷物を運ぶ「ポリ車」または「ソビ車」と呼ばれる業態だ。
北朝鮮では車両が生産手段と見なされ、個人による所有は禁じられている。
国境を越えて中国から運び込まれる物資を各地方の市場に届けたり、頻繁な停電で運行状況が安定していない鉄道の代わりに乗客を乗せたりと、北朝鮮の物流、交通で大きな役割を果たしてきたが、当局は国内移動の統制がすっかり緩んでしまったことを受け、これを再び引き締めようとする意図からか、ポリ車を没収するなど、弾圧を加えていた。
それが最近になって再び脚光を浴びるようになったと、江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えている。
情報筋は、「元山(ウォンサン)市を中心に、30代の若者たちが自家用車をタクシー事業所や企業所に登録して運送業で収益を上げるケースが増えている」と述べ、「車さえあればどうにか食べていけるという認識が広まり、金持ちの親たちが子どもに車を買い与えている」と話した。
いわゆる「太い実家」──裕福な家庭出身でない場合は、配偶者の親から資金を借りて車両を購入、企業所や機関の名義を借りて営業している。中には、自家用車を他人に貸してそのレンタル料で収入を得るケースもあるとのことだ。
また、乗車人数を増やして利益を最大化するやり方も一般化している。例えば、2人乗りの車に5~6人を乗せたり、6人乗りの車に10人を乗せたりするような具合だ。安全上の問題が起きかねないにもかかわらず、定員超過は日常的な慣習として定着している。交通安全員(交通警察)など取り締まり権限を持つ者にいくらかのワイロを渡せば特に問題なく営業できる。
交通事故のリスクが高まることは言うまでもないが、いつまた規制が強化されるかわからないため、儲けられる時に最大限儲けることを考えざるを得ないのだろう。
元山では現在、運送業に適した乗用車やワゴン車を購入するには8万元(約162万円)から15万元(303万円)が要する。
だが、普通の若者にとって、このような仕事に就くのは夢のまた夢だ。
北朝鮮では昨年10月から大幅な賃上げが行われた。例えば、平壌紡績工場では月給が2300北朝鮮ウォン(約13円)から、5万北朝鮮ウォン(約283円)へと21年ぶりに引き上げられた。
ところが北朝鮮ウォンの価値は昨年6月から急激に下がり始めた。デイリーNKの調査によると、昨年5月26日時点で1ドル8920北朝鮮ウォンだった為替レートは、同年10月には1万6000ウォンに、今では2万7700北朝鮮ウォンになっている。
つまり、5万北朝鮮ウォンは約881円だったのが、約283円になってしまったのだ。約21.7倍賃上げされたが、ドル換算では価値が約3分の1にまで落ち込んだことになる。インフレも激しく、賃上げの効果はほぼ相殺されたと言っても過言ではないだろう。
そんな中で、若者たちは職場にワイロを払って出勤したことにしてもらい、商売に取り組むが、運び屋などの単純作業の日給が1日1万5000北朝鮮ウォン(約85円)、つけまつげやかつらの加工の日給は15元(約322円)だ。わずかな収入でなんとか暮らすことはできても、車を買う余裕など到底ない。
情報筋は、「一般家庭の若者には容易に越えられない経済的なハードルだ」と指摘し、「だから結局は、親や配偶者の経済的基盤を活用できる若者たちが、安定的に収益を上げられる自家用車運送業を主導することになる」と述べた。
確実に儲かるが、実家や義実家が太くない限り、手を出せないという現実に直面して、多くの若者達は挫折感に苦しんでいると情報筋は伝えた。
金正恩総書記は、制度上は禁止されているにもかかわらず、過去30年間にわたって現場で実質的に進んできた“なし崩し的”な市場経済化を押し留め、国主導の中央集権型計画経済に戻す経済政策を推し進めているが、どう贔屓目に見ても順調に進んでいるとは言い難い。かくして、市場経済の逆襲が始まりつつある。