韓国政府は、生活困窮者の再起を支援する目的で「長期延滞債権債務調整プログラム」の導入を発表した。これは、1件5000万ウォン(約536万円)以下の個人債務で7年以上返済されていないものについて、政府系機関が買い取り、返済能力がないと判断されれば帳消しにするという救済策だ。

若者や高齢者を含む多重債務者を社会に復帰させることが狙いとされる。

ところが、この政策が北朝鮮国内の一部地域でも波紋を呼んでいる。しかも取り上げたのは、なんと国家保衛部(秘密警察)だった。

咸鏡北道のデイリーNK内部情報筋によると、羅先市保衛部は今月初旬、庁舎内で保衛員や一部の貿易関係者およびその家族を対象に、韓国の情勢をテーマとした講演会を実施した。

「新たに発足した李在明政権は、長期延滞債権を一括買い取りして“焼却(帳消し)”するという大規模な政策を進めている」

講演者はそう述べた上で、「この政策は補正予算案に盛り込まれ、7月4日に国会を通過。対象者は在留外国人を含む約113万人にのぼる」と具体的に紹介した。

また、韓国野党「国民の力」が「モラルハザードや不公平を助長する」として批判していることにも言及したが、会場の反応はまったく別の方向に傾いた。

「われわれもコロナ封鎖で借金を背負ったのに、社会主義国家であるはずのこの国(北朝鮮)で個人の借金は全部個人の責任にされる」
「最大の敵国である韓国がうらやましいと思ったのは初めてだ」

中には「韓国は本当に資本主義国家なのか」と口にする者まで現れた。思想教育の場が、皮肉にも韓国への憧れを高める結果を招いてしまったのだ。

北朝鮮の思想教育では、「資本主義の国に住む人民は借金で苦しんでいる」などといった言い回しが多用されるが、それを根本から覆すような話を、他でもない保衛部の講演者の口から語られたのだ。参加者は少なからぬ衝撃を受けた様子だったという。

その背景には、北朝鮮国内の深刻な債務問題がある。

特に農村では、トンジュ(金主)によるヤミ金が横行し、農民が穀物を担保に借金を背負うケースが後を絶たない。保衛部や安全部(警察)が回収業者と結託し、借金取り立てに加担することもあり、地域社会をさらに疲弊させている。

参考記事:穀物1キロで売られる娘たち…金正恩式「恐怖政治」の農村破壊

市保衛部は、韓国の李在明政権による民生重視の政策が、北朝鮮国民の比較意識を刺激することを警戒して、あえて今回の講演を開いたという。しかし講演後には、むしろ「韓国式資本主義の方が優れている」との声が高まるなど、思想統制の綻びにつながる兆しが見え始めた。

当局は今後、講演参加者への監視や、韓国に関する“正しい”解説を強化する方針だが、情報が口コミで広がれば、韓国への憧れはさらに拡大する可能性がある。今回の講演は、北朝鮮内部における体制不信の火種になりかねない。保衛部の“逆効果”は計り知れないものとなっている。

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