2024年夏、北朝鮮・新義州を襲った記録的な豪雨は、単なる自然災害では済まされない衝撃を北朝鮮当局に与えた。数千世帯が被災し、住民が避難する中、誰一人として金日成・金正日父子の肖像画を持ち出さなかったというのだ。

韓国のサンド研究所が運営するニュースサイト「サンドタイムズ」は18日、北朝鮮の情報筋の話として次のように伝えた。

「昨年の新義州の水害の際、家に飾っていた肖像画を持ち出した人は一人もいなかった。復旧作業の中で、数千枚の肖像画が泥まみれになり、ゴミとして捨てられた」

北朝鮮では、故金日成主席や故金正日総書記の肖像画を家の中に掲げ、日々清掃・手入れをすることが「忠誠心の証」とされている。毎日のように埃を払うだけでなく、抜き打ち検査では額縁の有無や管理状態まで細かくチェックされるのが日常だ。

この豪雨では、鴨緑江の水位が危険水準を超え、約5000人の住民が孤立。金正恩総書記が現地入りし、被災者の救援と平壌への移送を指示するという対応も取られた。

一部では、市内中心部の住民が肖像画を持って避難したとの報告もあるが、被害が深刻だった郊外や鴨緑江の中洲では、「肖像画を抱えて逃げた」という美談は一切報告されなかった。

「たった一人でも肖像画を抱えて避難していれば、忠誠の鑑として美談になったはずなのに」

党内部ではこのような嘆きも上がったという。

「そんな紙切れごときに命をかける理由などない」

そう考えた住民たちは、肖像画を放置し避難を優先。これが朝鮮労働党に報告され、金正恩氏が不快感を示したという。

これを受けて当局は「災害時は真っ先に肖像画を持ち出せ」との新指示を発出。講演会では「肖像画は命と同じ」という教養資料が配布された。

しかし、このような思想教育が通用しなくなってきているのが現実だ。

脱北者A氏はこう語る。

「昔は火事の中から肖像画を取り出そうとして焼死した人もいたが、今そんなことをすれば“バカだ”と笑われる」

近年では、肖像画が印刷された新聞紙を壁紙の下地として使うケースも報告されている。以前は特別に保管されるべきものだったが、今では「見えないように裏返して貼る」人が多くなっているという。

情報筋はこのように分析する。

「北朝鮮国民の(金正恩氏への)忠誠心は、生きるチカラに押し出され、単なる『日常の風景』くらいになってしまった。表向きには『金正恩元帥はわれらの運命』と叫びながらも、災害が起きれば『自分の命が一番大事』という本音が露わになっている」

忠誠より生存──この事件は、北朝鮮社会の価値観が密かに変わりつつあることを象徴している。

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