北朝鮮当局はこれまで、白頭山を金日成主席のルーツに連なる「白頭血統」の聖地と位置づけ、「革命と武力闘争の源泉」として神格化してきた。そして国民に対して、思想教育の一環として、白頭山への登山(踏査)を推奨してきた。
しかし最近、両江道のデイリーNK内部情報筋によると、恵山市に住む富裕層の一部が、この“革命の聖地”を避暑地として利用しているという。表向きは思想教育のための登山を装いながら、実際には涼を求めて白頭山を訪れているのだ。
情報筋によれば、これらの富裕層は友人やその家族と共に、小型バスやワンボックスカーをチャーターし、2泊3日のスケジュールで白頭山への私的な旅行を楽しんでいる。標高2744メートルの白頭山は、真夏でも日中の最高気温が18度前後と涼しく、北朝鮮国内でも有数の避暑地とされている。
こうした登山ツアーは新型コロナの影響で一時中断されたが、昨年から徐々に再開されている。しかし物価の上昇により、旅行費用は以前の300元(約6300円)~500元(約1万500円)から、現在では1人あたり800元(約1万6800円)にまで跳ね上がったという。
「800元あれば、市場でコメ200キロ以上が買える」と情報筋は語る。「日々の暮らしで手一杯の庶民にとって、白頭山に登るなんて夢のまた夢だ」
さらに、チャーター車の運転手への手当や、往復のガソリン代、2泊3日の食事代などもすべて自己負担となり、旅行費用はさらに膨らむ。
情報筋は「貧しい庶民は酷暑の中でも休むこともできず、栄養のある食事すらままならない。一方、金持ちは涼しい白頭山で食事を楽しみ、格差はますます広がっている」と指摘した。
それだけではない。白頭山に登ることは、金正恩氏や朝鮮労働党に対する忠誠心の現れとされる。
そんな現状を見た恵山市在住の30代男性はこう語る。
「母も裕福な友人から白頭山登山に誘われたけど、経済的に余裕がなくて行けなかった。仲間はずれになった母の姿を見て、『自分がもっと稼げていたら連れていけたのに』と、申し訳ない気持ちでいっぱいになった」
白頭山は今や、「革命の聖山」ではなく、特権階級だけが登れる「リゾートの山」になってしまった。貧しい人々にとって、届かぬ夢の象徴でもある。