北朝鮮当局が、米国のトランプ前政権による高関税政策や反移民措置をきっかけとした世界経済の混乱を例に挙げ、「だからこそ我が国の自力更生路線は正しかった」と自賛する宣伝活動を展開していることが明らかになった。デイリーNKの現地情報筋によれば、先月末、黄海南道沙里院市で主要貿易会社の責任幹部ら約40人を対象に世界経済情勢に関する特別講演会が開かれ、米国批判と体制擁護を組み合わせた典型的なプロパガンダが行われたという。
講演会は沙里院市党委員会組織部の主催で行われ、冒頭から「米国の貿易覇権主義が国際経済秩序を破壊している」との非難が繰り返された。特に、トランプ政権が推し進めた高関税や移民制限策は、米国自身だけでなく中国や欧州、さらには全世界の貿易の安定性を脅かしたと強調。「世界市場という蜘蛛の巣を一方的に引き裂く行為だ」と表現し、米国主導の経済体制は脆弱で不安定だとの印象づけを図った。
講師はまた、近年の金融不安、国際輸送費の高騰、原材料供給の偏りを「米国中心の経済秩序が危機に瀕している証拠」と指摘。数十年かけて築かれた貿易秩序も米国の一存で容易に崩れ得ると述べ、国際市場依存の危険性を強調した。そのうえで、「輸出入に頼る国々は米国の一方的措置で物流が止まり、金融決済も滞り、国家信用まで揺らいでいる」と警告した。
こうした混乱を引き合いに出し、北朝鮮の「自力更生」路線――つまりは閉鎖体制こそが安定の保障であると自賛する展開へとつなげた。講師は、農業と地方工業を主体に経済を発展させ、輸出入に依存しない体制を築いてきた北朝鮮の政策が「いかに先見性に富んでいたかを我々は再確認すべきだ」と述べた。さらに、金日成による国内生産力強化、金正日による軽工業育成、金正恩による経済・核併進路線を一貫した「時代の正解」として位置づけ、体制の正当性を補強する論理を展開した。
講演後半では、地方経済振興を通じて人民生活を向上させる「地方発展戦略」の重要性が強調された。沙里院の貿易会社に対しても、輸出入依存から脱却し、地域産農産物や軽工業品を自前で加工・流通させる体制を早急に整えるよう促した。また、企業間連携や資源循環型経営、取引先の多角化などを通じて「国際市場に振り回される貿易から、地域経済を支える貿易への転換」を図るべきだと指導した。
情報筋によれば、講演の締めくくりでは「こうした時代だからこそ、貿易担当者は世界経済の本質と変化の流れを見抜き、その中で共和国式哲学をどう実践するかを深く考え、行動に移さなければならない」と再度強調。近く党中央や内閣から、自力更生型経営設計の具体的指針や実務研修計画が下達される見通しだという。
今回の講演会は、国際経済の不安定さを米国のせいにし、それを自国路線の正しさの証拠とする北朝鮮特有の情報操作の一環とみられる。世界経済の混乱を利用して体制支持を固める狙いが鮮明であり、国民に対しては「外部依存は危険」という危機感を植え付けつつ、「我々は間違っていない」という自己正当化を強調する典型的な宣伝活動となっている。